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先輩の恋人1
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清水は、母親と勤務先の会議室で、上司と会った。
「申し訳ありません。急にこんなことを申しまして」と母は頭を下げた。
「まぁ、体調不良で勤務することが難しいということであれば。仕方ありません」
「本当にすいません」と清水も頭を下げた。
「ところで、清水さん。勤務が難しいことは分かったんだが、デザインの仕事をするのは可能かい?」
「えっ、と言いますと?」
「フリーランスとして、会社から発注したデザインの仕事を受けて、採用されればいくら、ダメだったらいくらって契約をする」
「そっ、そんな、いいんですか?」
「僕としては、清水さんのデザインの感覚を期待していたから、残念で仕方がないんだ」
「はい、ぜひやらせてください」と清水は満面の笑みを浮かべた。
「そうか、良かった」
「本当にありがとうございます。素敵なお話をいただいて」と母は再び頭を下げた。
「いえいえ、そんな。ビジネスとしてお話しているだけですから。細かい手続きは書類を自宅に送るから、確認して」
「はい、分かりました」
3人は会議室を出て別れ、清水達は会社の玄関へと向かおうとした。
すると「清水さん」と声がかかった。
清水が振り返ると同期の鳴海だった。走ってきたらしく肩で息をしていた。
「鳴海君、どうしたの?」
「はぁはぁ。ちょっと時間いいかな」と出てきたばかりの会議室の中に清水と母を入れた。
3人は、椅子に座った。
「はぁはぁ」鳴海はまだ肩で息をしている。
「大丈夫?」
「あぁ、ごめん。お母さんもすいません」
「いいえ」
「会社辞めるって聞いて」
「あぁ、うん。体調がよくなくて」
「そうなんだ。あのさ、ずっと言いたいことがあって」
「えっ?」清水は咄嗟に恋愛の告白をされると思った。
「ちょっと今は、そういう気分じゃないんだ」と申し訳なさそうに言った。
「えっ?」と鳴海は、きょとんとした顔になった。
「好きとかそういうのは、今は」清水は言葉を繋いだ。
「違う、違う」鳴海は、なんだという顔をして、顔の前で手を振ったが、
「いや、結局は違わないんだけど、今話したいのはそれじゃないんだ」と鳴海は真剣な顔になった。
清水は身構えた。
「じゃぁ、何よ」
鳴海は3人の他に誰もいないことを。いちおう確認し、
「君は、トランスジェンダーだろ」と小声で言った。
清水は、ビックリして、
「バレてた。バレてた。逃げなくちゃ」
と心の中で繰り返し、無言で立ち上がって、ドアに向かった。
鳴海は咄嗟に清水の腕をつかみ、
「ビックリさせてごめん。僕もそうなんだ」
パニックになっていた清水は「僕もそう」という言葉を頭の中で繰り返した。
そして、やっとその言葉の意味を理解して、振り返り、鳴海の顔をじっと見た。
「えぇ~」と大声を上げた。
「しぃぃぃ」と鳴海が口に指を立てた。
清水は、あっと口に手を当てた。
「ごめんなさい」清水は顔を赤らめた。
「いいから座って」
清水は、座りながら、鳴海の顔を見た。
「全然気が付かなかった」
「そう?僕ももしかしてと思ったのは、最近だよ」
「ふ~ん。私、何か変なことしてた?」
「いや、なんとなくさ。もし違っても、デートしてって言うつもりだったし」
「そうなんだ。でも、さっきも言ったけど、そういうことは、ちょっときついかな」
「そっか。でも今はダメでも、待っててもいいかな?」
「う~ん。どれくらいかかるか分からないよ」
「鳴海さんとおっしゃいましたか?」と母がいきなり話に割り込んできた。
「はい、鳴海恭介と申します」と背筋を伸ばして答えた。
「今度、うちに食事をしにいらっしゃい」
「えっ、お宅にですか?」
「そうです」
「お母さん、いきなりそんなこと言っても」
「分かりました。お邪魔させていただきます」と鳴海は頭を下げた。
「詳しい日時は、後で由紀と決めてください」
「はい」鳴海と清水は電話番号の交換をした。
「では、失礼いたします」と母が立ち上がったので、清水も続いた。
会社の玄関を出ると、
「お母さん、勝手に決めないでよ」
「私が食事に招待しただけでしょ。あなたに付き合えと言ったわけじゃない」
「それはそうだけど」
そして食事の日がやってきた。
清水は車で駅まで鳴海を迎えに行き、鳴海を乗せて家に戻ってきた。
「冗談だろ、ここが清水さんの家なの?」
「残念ながら、ここが私の家です」
2人は車から降り、玄関の中に入った。
「おいおい、僕の部屋より広いぞ、この玄関。靴は脱がないのか?」
「そのままでいいわよ」
そしてまた扉を開くと、十数人は座れるテーブルのある部屋に出た。
清水はさらに奥に行った。
そこは台所だった。
「この台所だけでも、僕の部屋の3倍はあるぞ。あっ、お母さん、本日はお招きいただきありがとうございます」
「お母さんって」清水は吹き出した。
鳴海も、その言葉の意味に気が付いたらしく
「あっ、え~っと。なんてお呼びすればいいですか?」
「お母さんでいいわよ」
「あっ、はい。そう呼ばせていただきます。誰かをお母さんなんて呼ぶの久しぶりだなぁ」
鳴海は少し照れた。
「あなた、ご両親は?」
「父は僕が小さいころに事故で死にました。母も僕が小学生の時に、無理がたたって病気で死にました。兄弟はいません」
「お母さんが亡くなった後は?」
「高校まで施設にいました。卒業したらアルバイトしながら、好きだったデザインの学校に通ってました」
「そう、大変だったのね」
「僕にはそれが当たり前だったので、大変だったかどうかは分かりません」
「そう」
そこに、清水の父が帰ってきた。
「こんばんは。君が鳴海君だね」
鳴海は立ち上がり、
「初めまして、鳴海恭介です」と礼をした。
「でも、その恰好は?」
父はコックの服を着ていた。
「今日の食事は、この人が作るから」
「嫌いな物はないって聞いてるけど」
「はい、嫌いな物はないです」
父は頷いて、料理にとりかかった。
「お父さん、レストランでもやっているのかい?」
「フフフ、そうよ。けっこう有名みたい」
「ふ~ん。高そうだから、きっと僕が聞いても分からないね」
「いいのよ。有名とか、高そうとか。この人は料理が大好きなだけだから」
「はぁ」と鳴海は少し緊張した。
「それで、体のことはいつから?」
「あぁ、小学生6年生くらいですかね、やっぱり体の違和感がすごくて。お風呂の時間は他の子供と一緒なので、地獄でしたね」
「私は学校の泊りの旅行は行かなかったわ。お風呂が怖くて」
「それを毎日だよ。わがまま言えないしさ」
「大変」
「一人暮らし始めて一番良かったのは、風呂だね」
「そっか」
「それから、いろんなことして、お金貯めて、手術して、今の会社に就職したってところです」
「そう、わかったわ」
『由紀、手伝ってくれ』と父親が声を掛ける。
『え~。分かったわよ』清水は渋々席を立ち、父が作った前菜を配った。
『うわ~、美味しそう』と満面の笑みになる。
『どうぞ召し上がって』と母が声を掛ける。
『いただきます』と鳴海は声を出し、テーブルに並べられた多くのフォークとナイフを見つめて、固まった。
『別に気にしないで、好きなものから使っていいけど、一応、右端から使ってみて』と清水が声を出す。
鳴海は言われた通り、右端のフォークをとって、清水の顔を見る。
清水は頷いた。
鳴海は笑みを浮かべ、料理にフォークを刺し、口に運んだ。
『上手い!』と叫び、あっと言う間に食べてしまった。
鳴海は、しまったという顔をして、恐る恐る清水と母の顔を覗き込んだ。
清水と母は、予想していたことのように、満足げな笑みを浮かべた。
『すいません。がっついてしまって』
『これから、いっぱい出てくるから、大丈夫よ』と清水が言う。
そんな鳴海の前に先に、新しい料理を父は運んできた。
鳴海が父の顔を見上げると、父は嬉しそうな顔をして、
『由紀達より、多く作るつもりだから、いっぱい食べておくれ』
鳴海はまた満面の笑みを浮かべ、
『はい、いただきます』
と新しい料理をフォークとナイフと格闘しながら食べ始めた。
『上手い。上手い』と一口ごとに声を出した。
そうして、
『あぁ、お腹いっぱい。こんなに美味しい料理を腹いっぱい食べられるなんて夢みたいだ』
『そう、良かったわ』と母が嬉しそうに言った。
『さすが、これなら、大きい家を建てられるのも納得できました』
『フフフッ。でも、初めは小さい店からだったのよ』
『そうなんですか?』
『お父さん、自信がなくてね、私が尻を叩いて、ここまでになったのよ』
『母さん、勘弁してくれよ』と父が情けない声を出す。
『事実でしょ』
『まぁ、そうなんだけど』と父は降参と言ったみたいな声を出した。
『由紀も同じくらい美味しく作れるわよ』
『お母さん、やめてよ』
『本当ですか!』と鳴海は心から嬉しそうな声を出した、
『お父さんみたいには無理よ。私はお遊びで作ってるだけだから』と清水は申し訳無さそうな顔をして、下を向いた。
『清水さん』と鳴海は座り直して、背筋を伸ばした。
清水は顔を上げて、鳴海を見る。
『僕は、育ちも悪いし、天涯孤独です。家柄から言ったら、僕は清水さんには相応しくないかもかもしれない』
『そんな家柄なんて』と清水はかしこまる。
『でも、僕は清水さんを、この体以上に大切にすることを約束する』
清水の目には涙が溢れた。
『ありがとう。でも、今は無理なの。ごめんなさい』
『由紀、別にすぐに付き合えとか、結婚しろとか言うつもりはないわ』
『結婚!』鳴海は思いがけない言葉にビックリした。
『だけど、一緒に出かけたり、食事をしたりするくらいなら、問題ないでしょ』
『あぁ、うん。それくらいなら』
母は鳴海を真剣な顔で見た。
『鳴海さん、由紀はこんな感じだけど、いいかしら?』
鳴海は改めて背筋を伸ばし、
『はい、よろしくお願いします』とはっきりとした口調で、言った。
『清水さん、僕は、急ぐつもりはないよ。何か理由があるんなら、ゆっくりと解決していこう』
『うん。分かったわ。よろしくお願いします』
清水は、鳴海を駅まで送って行った。
「申し訳ありません。急にこんなことを申しまして」と母は頭を下げた。
「まぁ、体調不良で勤務することが難しいということであれば。仕方ありません」
「本当にすいません」と清水も頭を下げた。
「ところで、清水さん。勤務が難しいことは分かったんだが、デザインの仕事をするのは可能かい?」
「えっ、と言いますと?」
「フリーランスとして、会社から発注したデザインの仕事を受けて、採用されればいくら、ダメだったらいくらって契約をする」
「そっ、そんな、いいんですか?」
「僕としては、清水さんのデザインの感覚を期待していたから、残念で仕方がないんだ」
「はい、ぜひやらせてください」と清水は満面の笑みを浮かべた。
「そうか、良かった」
「本当にありがとうございます。素敵なお話をいただいて」と母は再び頭を下げた。
「いえいえ、そんな。ビジネスとしてお話しているだけですから。細かい手続きは書類を自宅に送るから、確認して」
「はい、分かりました」
3人は会議室を出て別れ、清水達は会社の玄関へと向かおうとした。
すると「清水さん」と声がかかった。
清水が振り返ると同期の鳴海だった。走ってきたらしく肩で息をしていた。
「鳴海君、どうしたの?」
「はぁはぁ。ちょっと時間いいかな」と出てきたばかりの会議室の中に清水と母を入れた。
3人は、椅子に座った。
「はぁはぁ」鳴海はまだ肩で息をしている。
「大丈夫?」
「あぁ、ごめん。お母さんもすいません」
「いいえ」
「会社辞めるって聞いて」
「あぁ、うん。体調がよくなくて」
「そうなんだ。あのさ、ずっと言いたいことがあって」
「えっ?」清水は咄嗟に恋愛の告白をされると思った。
「ちょっと今は、そういう気分じゃないんだ」と申し訳なさそうに言った。
「えっ?」と鳴海は、きょとんとした顔になった。
「好きとかそういうのは、今は」清水は言葉を繋いだ。
「違う、違う」鳴海は、なんだという顔をして、顔の前で手を振ったが、
「いや、結局は違わないんだけど、今話したいのはそれじゃないんだ」と鳴海は真剣な顔になった。
清水は身構えた。
「じゃぁ、何よ」
鳴海は3人の他に誰もいないことを。いちおう確認し、
「君は、トランスジェンダーだろ」と小声で言った。
清水は、ビックリして、
「バレてた。バレてた。逃げなくちゃ」
と心の中で繰り返し、無言で立ち上がって、ドアに向かった。
鳴海は咄嗟に清水の腕をつかみ、
「ビックリさせてごめん。僕もそうなんだ」
パニックになっていた清水は「僕もそう」という言葉を頭の中で繰り返した。
そして、やっとその言葉の意味を理解して、振り返り、鳴海の顔をじっと見た。
「えぇ~」と大声を上げた。
「しぃぃぃ」と鳴海が口に指を立てた。
清水は、あっと口に手を当てた。
「ごめんなさい」清水は顔を赤らめた。
「いいから座って」
清水は、座りながら、鳴海の顔を見た。
「全然気が付かなかった」
「そう?僕ももしかしてと思ったのは、最近だよ」
「ふ~ん。私、何か変なことしてた?」
「いや、なんとなくさ。もし違っても、デートしてって言うつもりだったし」
「そうなんだ。でも、さっきも言ったけど、そういうことは、ちょっときついかな」
「そっか。でも今はダメでも、待っててもいいかな?」
「う~ん。どれくらいかかるか分からないよ」
「鳴海さんとおっしゃいましたか?」と母がいきなり話に割り込んできた。
「はい、鳴海恭介と申します」と背筋を伸ばして答えた。
「今度、うちに食事をしにいらっしゃい」
「えっ、お宅にですか?」
「そうです」
「お母さん、いきなりそんなこと言っても」
「分かりました。お邪魔させていただきます」と鳴海は頭を下げた。
「詳しい日時は、後で由紀と決めてください」
「はい」鳴海と清水は電話番号の交換をした。
「では、失礼いたします」と母が立ち上がったので、清水も続いた。
会社の玄関を出ると、
「お母さん、勝手に決めないでよ」
「私が食事に招待しただけでしょ。あなたに付き合えと言ったわけじゃない」
「それはそうだけど」
そして食事の日がやってきた。
清水は車で駅まで鳴海を迎えに行き、鳴海を乗せて家に戻ってきた。
「冗談だろ、ここが清水さんの家なの?」
「残念ながら、ここが私の家です」
2人は車から降り、玄関の中に入った。
「おいおい、僕の部屋より広いぞ、この玄関。靴は脱がないのか?」
「そのままでいいわよ」
そしてまた扉を開くと、十数人は座れるテーブルのある部屋に出た。
清水はさらに奥に行った。
そこは台所だった。
「この台所だけでも、僕の部屋の3倍はあるぞ。あっ、お母さん、本日はお招きいただきありがとうございます」
「お母さんって」清水は吹き出した。
鳴海も、その言葉の意味に気が付いたらしく
「あっ、え~っと。なんてお呼びすればいいですか?」
「お母さんでいいわよ」
「あっ、はい。そう呼ばせていただきます。誰かをお母さんなんて呼ぶの久しぶりだなぁ」
鳴海は少し照れた。
「あなた、ご両親は?」
「父は僕が小さいころに事故で死にました。母も僕が小学生の時に、無理がたたって病気で死にました。兄弟はいません」
「お母さんが亡くなった後は?」
「高校まで施設にいました。卒業したらアルバイトしながら、好きだったデザインの学校に通ってました」
「そう、大変だったのね」
「僕にはそれが当たり前だったので、大変だったかどうかは分かりません」
「そう」
そこに、清水の父が帰ってきた。
「こんばんは。君が鳴海君だね」
鳴海は立ち上がり、
「初めまして、鳴海恭介です」と礼をした。
「でも、その恰好は?」
父はコックの服を着ていた。
「今日の食事は、この人が作るから」
「嫌いな物はないって聞いてるけど」
「はい、嫌いな物はないです」
父は頷いて、料理にとりかかった。
「お父さん、レストランでもやっているのかい?」
「フフフ、そうよ。けっこう有名みたい」
「ふ~ん。高そうだから、きっと僕が聞いても分からないね」
「いいのよ。有名とか、高そうとか。この人は料理が大好きなだけだから」
「はぁ」と鳴海は少し緊張した。
「それで、体のことはいつから?」
「あぁ、小学生6年生くらいですかね、やっぱり体の違和感がすごくて。お風呂の時間は他の子供と一緒なので、地獄でしたね」
「私は学校の泊りの旅行は行かなかったわ。お風呂が怖くて」
「それを毎日だよ。わがまま言えないしさ」
「大変」
「一人暮らし始めて一番良かったのは、風呂だね」
「そっか」
「それから、いろんなことして、お金貯めて、手術して、今の会社に就職したってところです」
「そう、わかったわ」
『由紀、手伝ってくれ』と父親が声を掛ける。
『え~。分かったわよ』清水は渋々席を立ち、父が作った前菜を配った。
『うわ~、美味しそう』と満面の笑みになる。
『どうぞ召し上がって』と母が声を掛ける。
『いただきます』と鳴海は声を出し、テーブルに並べられた多くのフォークとナイフを見つめて、固まった。
『別に気にしないで、好きなものから使っていいけど、一応、右端から使ってみて』と清水が声を出す。
鳴海は言われた通り、右端のフォークをとって、清水の顔を見る。
清水は頷いた。
鳴海は笑みを浮かべ、料理にフォークを刺し、口に運んだ。
『上手い!』と叫び、あっと言う間に食べてしまった。
鳴海は、しまったという顔をして、恐る恐る清水と母の顔を覗き込んだ。
清水と母は、予想していたことのように、満足げな笑みを浮かべた。
『すいません。がっついてしまって』
『これから、いっぱい出てくるから、大丈夫よ』と清水が言う。
そんな鳴海の前に先に、新しい料理を父は運んできた。
鳴海が父の顔を見上げると、父は嬉しそうな顔をして、
『由紀達より、多く作るつもりだから、いっぱい食べておくれ』
鳴海はまた満面の笑みを浮かべ、
『はい、いただきます』
と新しい料理をフォークとナイフと格闘しながら食べ始めた。
『上手い。上手い』と一口ごとに声を出した。
そうして、
『あぁ、お腹いっぱい。こんなに美味しい料理を腹いっぱい食べられるなんて夢みたいだ』
『そう、良かったわ』と母が嬉しそうに言った。
『さすが、これなら、大きい家を建てられるのも納得できました』
『フフフッ。でも、初めは小さい店からだったのよ』
『そうなんですか?』
『お父さん、自信がなくてね、私が尻を叩いて、ここまでになったのよ』
『母さん、勘弁してくれよ』と父が情けない声を出す。
『事実でしょ』
『まぁ、そうなんだけど』と父は降参と言ったみたいな声を出した。
『由紀も同じくらい美味しく作れるわよ』
『お母さん、やめてよ』
『本当ですか!』と鳴海は心から嬉しそうな声を出した、
『お父さんみたいには無理よ。私はお遊びで作ってるだけだから』と清水は申し訳無さそうな顔をして、下を向いた。
『清水さん』と鳴海は座り直して、背筋を伸ばした。
清水は顔を上げて、鳴海を見る。
『僕は、育ちも悪いし、天涯孤独です。家柄から言ったら、僕は清水さんには相応しくないかもかもしれない』
『そんな家柄なんて』と清水はかしこまる。
『でも、僕は清水さんを、この体以上に大切にすることを約束する』
清水の目には涙が溢れた。
『ありがとう。でも、今は無理なの。ごめんなさい』
『由紀、別にすぐに付き合えとか、結婚しろとか言うつもりはないわ』
『結婚!』鳴海は思いがけない言葉にビックリした。
『だけど、一緒に出かけたり、食事をしたりするくらいなら、問題ないでしょ』
『あぁ、うん。それくらいなら』
母は鳴海を真剣な顔で見た。
『鳴海さん、由紀はこんな感じだけど、いいかしら?』
鳴海は改めて背筋を伸ばし、
『はい、よろしくお願いします』とはっきりとした口調で、言った。
『清水さん、僕は、急ぐつもりはないよ。何か理由があるんなら、ゆっくりと解決していこう』
『うん。分かったわ。よろしくお願いします』
清水は、鳴海を駅まで送って行った。
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