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真田家
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はぁ、とうとうこの日が来てしまった。
仕事の納期も来て欲しくないが、今回は比べ物にならない。
また、この一週間くらいは、まともに食べられなくなってしまった。とてもじゃないが、呑気にいく気分にもなれず、ホテルにも行っていない。
しかし、楓はいつも通りだ。本当に羨ましい性格をしている。
まぁ、今更取り繕うものは何も無いのに、本当の自分をさらけ出す勇気が、私にないだけなのだが。
真田さんに買ってもらった服を着始める。
「この服も緊張するよね」
真田さんが買ってくれると言うから嫌な予感はしていたが、私の一ヶ月分の給料なみだ。
更にこのアクセサリー類とバッグ。私はテーブルに置いた箱を見た。真田さんは、どうせ必要になるんだからと買おうとしたが、さすがにレンタルにした。
確かに高いものなりに、いいものだとは思うが、この服のために一ヶ月働く気にはなれない。
ひと通り、身につけて、鏡を見る。
うん、やっぱりテンションは上がる。我ながら、お姫様になった気分だ。
少し驚かせてみようかとリビングに行くことにした。
扉をこっそり開けると、母さんと楓がテレビを見ていた。
私は、扉を大きく開けて、中に入った。
「どう?』
2人が振り向くと、目が丸くなった。
「えっ?何かないの?』無言で見つめる2人に私は心配になった。
「姉ちゃん、綺麗だよ」
「素敵じゃない、花音」
ふんふん、まぁまぁな反応だ。真田さんなら、もっと喜んでくれるだろう。
時計を見ると、もうすぐ真田さんが迎えに来てくれるはずだ。
「楓は、もういいの?」
「うん、大丈夫だよ」
私はバッグの中を確認した。
うん、大丈夫そうだ。
「花音、座れば?」
「皺になりそうだから、いい」
「あらら、大変ね。そんなことより、大丈夫?落ち着いた?」
「それは無理。諦めたわ」
「それもそうね。私もドキドキしたわ。お父さんの両親に会う時は」
「なんかアドバイスはないの?経験者として」
「私はお父さんが、私にゾッコンだったから、最後はなんとかしてくれるって思ってたわよ」
「それしかないわよね、結局」
「まぁ、今更、どうしようもないんだから、腹をくくりなさい」
「は~い」
そして、家のインターホンが鳴った。
「楓、行くわよ」
「うん」
母さんも立ち上がった。
「何で、母さんまで」
「生で見るのは初めてでしょ」
私は母さんを改めて見た。確かに今から出かけるみたいな装いだ。
「まさか、そのために、そんなカッコしてるの?」
「当たり前じゃない」
母さんは先陣を切って、玄関に行った。
「はぁ」
「ほら、姉ちゃんも行くよ」楓が肩を叩く。
私達も玄関に行った。
「は~い」と今まで聞いたことのない声で、母さんが扉を開く。
真田さんは、私が出てくると思っていたのだろう。見知らぬ女の人が出てきて、
「あっ、はっ、初めまして、真田真司と申します」と頭を下げた。
「母の弥生です。今日は、花音のことよろしくお願いします」
「こっ、こちらこそ」また真田さんは頭を下げた。
「実物の方が何倍もいいわね」
「あぁ、そうですか。あっはっはっはっ」
「母さん、止めてよ。恥ずかしいから」
真田さんは私の方を見た。
「あぁ、花音」
ホッとした顔をした後、全身を上から下へと眺めた。
「うん、花音、綺麗だ」
「真司も恥ずかしいから、止めて」私は照れた。
「私は?」母さんが脇から入ってくる。
「あぁ、もちろん、お母様もお綺麗ですよ」
「うわっ、若い子に言われると、嬉しい!」
楓は、茶番に付き合わず、靴を履いて、立ち上がると、
「真司兄さん、行くよ」とサラッと言って、出て行った。
「はぁぁ」真田さんは今にも泣き出しそうだ。
私は低めのヒールのパンプスを履いた。
「真司さん、花音と楓はのこと、よろしくお願いします」と母さんは頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。改めて小百合とお邪魔します」
「はい」
「真司、行こう」
真田さんは改めて会釈をして、私についてきた。
車に乗ろうとすると、母さんが玄関から出ていた。
私は軽く手を振って、助手席に乗った。
楓は後部座席に既に座っている。
車は走り出した。
「ねぇ、真司兄さん」
真田さんは、またぐっときたようだが、
「何だい?」
「小百合も、綺麗にしてるの?」
「あぁ、バッチリ着飾ってるよ」
「うわぁ、楽しみだなぁ」
「はぁ、楓が羨ましい」
「なんだよ。別に親に会うだけじゃないか」
「そうなんだけど。私は人生でこういうことがないと思って生きてきたのよ」
「じやあ、止めれば?」
「楓くん!」真田さんは焦った。
「真司兄さん、楓でいいよ」
「あっ、うん。慣れるようにする」
「楓は対応力が凄いわね」
「だって、今更姉ちゃんのことを真司兄さんから取り戻すのが無理なんだから、受け入れるしかないだろ」
「まぁ、それはそうだけど」
「姉ちゃんは、真司兄さんに嫌われない限り、何の問題もない。幸せになれるよ」
「確かにそうなんだけど」
真田さんは私の手を握った。
「大丈夫。僕がいるから」
「うん」私は何も考えないことにした。
そして、車は真田家に着き、駐車場に止まった。
「改めて見ると、でかい家だなぁ。前は全然見る余裕なかったけど」
「そうね、前は気が付かなかったわ」
真田さんを先頭に玄関へと進む。
私は少し震える足をゆっくりと進める。
真田さんが振り返って、手を伸ばした、
私は藁にもすがる思いでその手を掴む。
真田さんが私の身体を引き寄せる。
「キスしたら、落ち着く?」
「楓もいるんだから、止めて」
私は体を離した。目の前は大きな扉だ。この先に私は進んでいいのだろうか?
場違いなドラゴンクエストのゲームを思い出す。S君が何かの塔に入ったが、あっさりと全滅して、棺桶になった姿になり、悔しがるS君を眺めていた思い出。
まぁ、死ぬことはない、と私は思った。
真田さんが扉を開く。
「いらっしゃい、花音ちゃん、楓」
「ただいま、姉さん、僕は?」
「はいはい。お帰りなさい、真司」
「小百合さん、素敵です」
「花音ちゃんこそ、似合ってるわよ」
定番の女子あるあるを終えて、私が振り返ると、楓は目を見開いて、笑顔になっていた。
「小百合、凄い綺麗だ」
「楓は服着てない方がいいんでしょ」
「それもいいけど、今日は違うよ」
「あら?そう?ありがと」
「いつまで玄関で立ち話してるつもり?」とリビングから女性が出てきた。
「あぉ、母さん、今行くよ」
「おっ、お母さん!はっ、初めまして、山上花音です。真司さんと・・・」
「あぁ、主人が中でドキドキしながら待ってるから、それからにしてくれる?」
「あっ!はい。すいません」私は下を向いた。
「山上楓です。さすが、小百合さんのお母さんだけあって、とっても美人ですね」
「あら、そう?」
「楓!」私は焦った。
「変な意味じゃないよ。そう思ったから言っただけだよ」
はぁ、この天真爛漫さは誰の遺伝子なんだろうか?
「フフフッ、ほら、みんな中に入って」
私達は、お母さんを先頭に中に入った。
大きなテーブルの奥に、男の人が座っている。
「じゃあ、座って」真田さん、私、楓、小百合さんの順で、横に並ぶ。
私は座る前に、
「初めまして、山上花音と申します。真田さんと同じ会社で働いています」と頭を下げた。
「え~っと、山上・・・」
「楓はちょっと待ってて、花音ちゃんが先」小百合さんは、楓の手を引っ張って座らせた。
「花音、座って」真田さんが促す。
「はい」私は座って、バッグを膝に置いた。
「コーヒーか紅茶、どちらがよろしいかしら?」
「僕はコーヒーかな?花音は紅茶にする?」
「はい、紅茶でお願いします」
「楓はコーヒーよね。私もコーヒーで」
いつの間にかテーブルの後ろで立っていた。家政婦さんなのだろうか?女の人が去っていった。
「まずは花音さん。真司のことを好きになってくれて、ありがとう。私もお父さんもとっても感謝してるわ」
「そんな、真司さん、とっても優しいですし、私なんかのことを好きって言ってくれるので」
「花音!それ止めてって言ってるだろ」
「あぁ、ごめんなさい」
「真司の昔のことは聞いたんでしょ」
「はい。あぁ、この前、美幸さんに会いました。野球場で」
空気が凍りついた。でも、私はちゃんと伝えたい。
「実は真司さんには黙ってたんですけど、真司さんがいなくなった時に話したんです」
「えっ!そうなの?」
「美幸さん、後悔してました。若い頃のこととは言え、許されないことをしたとも言ってました。でも、今は結婚して、子供もできて、平凡だけど、とても幸せそうでした。
みんなさんが怒るのも、無理はないと思います。もし、楓が同じことされたら、私は許せないかもしれません。
でも、そのお陰で、私は真司さんに出会えたんじゃないかと思うと、そんなに怒る気になれなくて。
だから、私は美幸さんに負けないくらい、真司さんを幸せにしてみせます!」
両親は、呆気に取られた顔をしていた。真田さん、小百合さん、そして楓はニヤニヤしていた。
「あっ、あぁ~、すいません。余計なこと話してしまって。ご両親もご苦労されたのに」私は耳まで熱くなって下を向いた。
「そうだったんだ。花音。やっぱりおかしいと思ったんだよ。写真撮りましょうか?なんて言い出すから」
私は真司の方を向いた。
「だって、昔は取り返せないんだよ。でも、それを未来まで持っていく必要はないでしょ。いい思い出にはならないかもしれないけど、笑顔で終わりにしたいの!」
「そうだね。美幸も最後は笑顔だった」
「真司は最後まで不貞腐れてたけど」
「だったら、教えてくれればよかったじゃないか!」
「たって、美幸さんが今更恥ずかしいから言うなって」
「花音さん」
あっ!こんな場所でする話じゃなかったかも・・・
「ありがとうね。真司が結婚する気になった理由が分かるような気がするわ。本当に素敵な人ね」
「えっ、いや、すいません。どっちかと言うと、突っ走ってしまうタイプで」
「真司、まぁ、昔のことは置いといても、結果的に、こんな素敵な人と出会えて良かったな」と父親が口を開いた。
「あぁ、父さん。本当にそう思うよ」
「いや、そんな褒められるような人間ではないので」
「本当に姉ちゃんは、人の心配ばっかりしちゃうからな」
「それは長女の宿命よね?花音ちゃん」
「そうですね。特に甘えん坊の弟を持つと」
「ホント!」
楓と真田さんは口籠った。
失礼します。楓達の前に飲み物が置かれていく。
紅茶のいい香りがする。ひと口飲む。
「うん、美味しい。キーマンですか?』
「あら?、よく分かったわね」
「職場が男ばかりで紅茶飲むのは私くらいなので、好きなもの買わせてもらってるので」
それから、ショートブレッドが置かれた。
「楓、良かったわね」
「姉ちゃん、うるさい」
「楓くんが甘いものは食べられないって言うから、佳代さんに作ってもらったのよ」
「えっ、作れるんですか?」私は家政婦を観た。
「簡単ですよ。若奥様。フフフッ」と佳代さんは少しドヤ顔で言った。
若奥様?私は照れたが。
「いつか教えてください」
「はい。近い内に」
なんか気に入られたようだ。
「それで、花音さんのご両親は、結婚について何て仰ってるの?」
「私の両親は大歓迎ですよ。早く孫の顔が見たいって言ってます」
「そう、それは良かったわ」母親は父親を見た。
「うん…それじゃ、これから両家の顔合わせもあるが、式の話は進めてもいいのか?」
私は真田さんを見て、頷いた。
真田さんは「うん、任せるよ。父さん」
「あぁ、こんな日が来るとは。もう諦めなくちゃダメかと思ってたのに」母親は目尻をハンカチで拭った。
父親も目が潤んでいる。
「良かった。本当に良かった」
「もう、大袈裟だよ」と言う真田さんの目にも涙が溢れた。私はハンカチでそれを拭いなから、自分の目は手で拭った。
すると、涙目の小百合さんがハンカチを差し出した。
楓はひたすら頷いていた。
しばらくして落ち着いてきた。新しい、紅茶とコーヒーが運ばれてきた。
「それで、楓くん、小百合のことなんだけど」
「はい、姉さん達に負けないくらい幸せにします」
母親は父親と顔を見合わせた。
「楓くんが小百合のことをそう思ってくれてるのは、嬉しいんだけど」
「真司兄さんが姉さんを待っていたように、僕のことを小百合さんが待っていてくれたんだと思ってます。
僕は必ずプロ野球選手になって、小百合さんを迎えに来ます」
「プロになれなかったら、どうするんだい?」父親が口を挟む。
「プロは野球だけではないと思ってます。僕ができることで、いや、できなくても、必ずなにかのプロになって、小百合さんを養います」
「私が必ずプロ野球選手にしてみせるわ」
「小百合がそこまで言うなら」
「大丈夫よ。楓は私を裏切らない」
「僕は野球でも小百合さんに対しても、嘘をつきたくありません。野球と同じくらい小百合さんを大切に思ってます」
「まぁ、いいわ。結婚は卒業してからなんでしょ」
「うん、そのつもり」小百合さんは楓を見た。
楓は頷いた。
仕事の納期も来て欲しくないが、今回は比べ物にならない。
また、この一週間くらいは、まともに食べられなくなってしまった。とてもじゃないが、呑気にいく気分にもなれず、ホテルにも行っていない。
しかし、楓はいつも通りだ。本当に羨ましい性格をしている。
まぁ、今更取り繕うものは何も無いのに、本当の自分をさらけ出す勇気が、私にないだけなのだが。
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「素敵じゃない、花音」
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「楓は、もういいの?」
「うん、大丈夫だよ」
私はバッグの中を確認した。
うん、大丈夫そうだ。
「花音、座れば?」
「皺になりそうだから、いい」
「あらら、大変ね。そんなことより、大丈夫?落ち着いた?」
「それは無理。諦めたわ」
「それもそうね。私もドキドキしたわ。お父さんの両親に会う時は」
「なんかアドバイスはないの?経験者として」
「私はお父さんが、私にゾッコンだったから、最後はなんとかしてくれるって思ってたわよ」
「それしかないわよね、結局」
「まぁ、今更、どうしようもないんだから、腹をくくりなさい」
「は~い」
そして、家のインターホンが鳴った。
「楓、行くわよ」
「うん」
母さんも立ち上がった。
「何で、母さんまで」
「生で見るのは初めてでしょ」
私は母さんを改めて見た。確かに今から出かけるみたいな装いだ。
「まさか、そのために、そんなカッコしてるの?」
「当たり前じゃない」
母さんは先陣を切って、玄関に行った。
「はぁ」
「ほら、姉ちゃんも行くよ」楓が肩を叩く。
私達も玄関に行った。
「は~い」と今まで聞いたことのない声で、母さんが扉を開く。
真田さんは、私が出てくると思っていたのだろう。見知らぬ女の人が出てきて、
「あっ、はっ、初めまして、真田真司と申します」と頭を下げた。
「母の弥生です。今日は、花音のことよろしくお願いします」
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「実物の方が何倍もいいわね」
「あぁ、そうですか。あっはっはっはっ」
「母さん、止めてよ。恥ずかしいから」
真田さんは私の方を見た。
「あぁ、花音」
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「うん、花音、綺麗だ」
「真司も恥ずかしいから、止めて」私は照れた。
「私は?」母さんが脇から入ってくる。
「あぁ、もちろん、お母様もお綺麗ですよ」
「うわっ、若い子に言われると、嬉しい!」
楓は、茶番に付き合わず、靴を履いて、立ち上がると、
「真司兄さん、行くよ」とサラッと言って、出て行った。
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私は低めのヒールのパンプスを履いた。
「真司さん、花音と楓はのこと、よろしくお願いします」と母さんは頭を下げた。
「いえ、こちらこそ。改めて小百合とお邪魔します」
「はい」
「真司、行こう」
真田さんは改めて会釈をして、私についてきた。
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「ねぇ、真司兄さん」
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「何だい?」
「小百合も、綺麗にしてるの?」
「あぁ、バッチリ着飾ってるよ」
「うわぁ、楽しみだなぁ」
「はぁ、楓が羨ましい」
「なんだよ。別に親に会うだけじゃないか」
「そうなんだけど。私は人生でこういうことがないと思って生きてきたのよ」
「じやあ、止めれば?」
「楓くん!」真田さんは焦った。
「真司兄さん、楓でいいよ」
「あっ、うん。慣れるようにする」
「楓は対応力が凄いわね」
「だって、今更姉ちゃんのことを真司兄さんから取り戻すのが無理なんだから、受け入れるしかないだろ」
「まぁ、それはそうだけど」
「姉ちゃんは、真司兄さんに嫌われない限り、何の問題もない。幸せになれるよ」
「確かにそうなんだけど」
真田さんは私の手を握った。
「大丈夫。僕がいるから」
「うん」私は何も考えないことにした。
そして、車は真田家に着き、駐車場に止まった。
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「そうね、前は気が付かなかったわ」
真田さんを先頭に玄関へと進む。
私は少し震える足をゆっくりと進める。
真田さんが振り返って、手を伸ばした、
私は藁にもすがる思いでその手を掴む。
真田さんが私の身体を引き寄せる。
「キスしたら、落ち着く?」
「楓もいるんだから、止めて」
私は体を離した。目の前は大きな扉だ。この先に私は進んでいいのだろうか?
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「ただいま、姉さん、僕は?」
「はいはい。お帰りなさい、真司」
「小百合さん、素敵です」
「花音ちゃんこそ、似合ってるわよ」
定番の女子あるあるを終えて、私が振り返ると、楓は目を見開いて、笑顔になっていた。
「小百合、凄い綺麗だ」
「楓は服着てない方がいいんでしょ」
「それもいいけど、今日は違うよ」
「あら?そう?ありがと」
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「あっ!はい。すいません」私は下を向いた。
「山上楓です。さすが、小百合さんのお母さんだけあって、とっても美人ですね」
「あら、そう?」
「楓!」私は焦った。
「変な意味じゃないよ。そう思ったから言っただけだよ」
はぁ、この天真爛漫さは誰の遺伝子なんだろうか?
「フフフッ、ほら、みんな中に入って」
私達は、お母さんを先頭に中に入った。
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「じゃあ、座って」真田さん、私、楓、小百合さんの順で、横に並ぶ。
私は座る前に、
「初めまして、山上花音と申します。真田さんと同じ会社で働いています」と頭を下げた。
「え~っと、山上・・・」
「楓はちょっと待ってて、花音ちゃんが先」小百合さんは、楓の手を引っ張って座らせた。
「花音、座って」真田さんが促す。
「はい」私は座って、バッグを膝に置いた。
「コーヒーか紅茶、どちらがよろしいかしら?」
「僕はコーヒーかな?花音は紅茶にする?」
「はい、紅茶でお願いします」
「楓はコーヒーよね。私もコーヒーで」
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「あっ、あぁ~、すいません。余計なこと話してしまって。ご両親もご苦労されたのに」私は耳まで熱くなって下を向いた。
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私は真司の方を向いた。
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「ホント!」
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「えっ、作れるんですか?」私は家政婦を観た。
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父親も目が潤んでいる。
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すると、涙目の小百合さんがハンカチを差し出した。
楓はひたすら頷いていた。
しばらくして落ち着いてきた。新しい、紅茶とコーヒーが運ばれてきた。
「それで、楓くん、小百合のことなんだけど」
「はい、姉さん達に負けないくらい幸せにします」
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「楓くんが小百合のことをそう思ってくれてるのは、嬉しいんだけど」
「真司兄さんが姉さんを待っていたように、僕のことを小百合さんが待っていてくれたんだと思ってます。
僕は必ずプロ野球選手になって、小百合さんを迎えに来ます」
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「プロは野球だけではないと思ってます。僕ができることで、いや、できなくても、必ずなにかのプロになって、小百合さんを養います」
「私が必ずプロ野球選手にしてみせるわ」
「小百合がそこまで言うなら」
「大丈夫よ。楓は私を裏切らない」
「僕は野球でも小百合さんに対しても、嘘をつきたくありません。野球と同じくらい小百合さんを大切に思ってます」
「まぁ、いいわ。結婚は卒業してからなんでしょ」
「うん、そのつもり」小百合さんは楓を見た。
楓は頷いた。
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