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最後の夜
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私は家に帰る前に母に電話した。
「何か買って帰るものない?」
「大丈夫よ、気を付けて帰ってきなさい」
「うん」
私は帰り道をゆっくりと歩いた。
「この道も最後なんだ」
いつもは気にもならない景色が、新鮮に見える。
そして、家に着いた。
別に2度と帰れないわけじゃない。明後日には、忘れ物したと帰ってくるかもしれない。
どうしても感傷的になってしまう。
玄関を開けて、小さく「ただいま」と言う。
靴を脱いで、リビングに行く。元気に「ただいま」と言った。
「お帰りなさい」、「お帰り、姉ちゃん」と母と楓の声が聞こえる。
この当たり前も、最後だ。
「何つったってるの?早く着替えてきなさい」
「今日は、このままで」
「何よ、いつも通りでしょ。何も変わらないわ。ほら、行ってきなさい」
「うん、分かった」私は部屋に行き、いつものスエットを着た。
リビングの行くと、父が帰ってきていた。
「父さん、お帰りなさい」
「ただいま。いや~、クリスマスが近づいてくると、週末は電車が混んでるな」
「そうね。みんな厚着だから、尚更混んでるように感じるわね」
「あぁ、そうだな」
「お父さん、今日はビールとワイン買っておいたわよ」
「おぉ、豪勢だな。ビールからもらおうか」
「はい、2人も飲むでしょ」
「うん」
私は母を手伝いに行った。
「今日はいいのに」
「今日だから、やりたいの」
テーブルには、所狭しと料理が並んでいる。
「はい、お父さん」私はビール瓶を傾ける。
そして、楓、母と注ぐ。
私のグラスには母が注いでくれた。
「花音、今更だが、結婚おめでとう。少し淋しくなるが、真田さんはとても優しくて、花音のことを本当に愛してくれている。まぁ、無理だとは思うが、あんまり張り切りすぎないようにな。結婚生活は長い。いい部分だけを見せようとすると、息が切れて、全てが嫌になってしまう。
だから、自分のことを信じること、大切にすること。ちょっとやそっとじゃ、真田さんは花音のことを嫌いにならない。
それは真田さんに対する花音の気持ちも同じだ。ちょっとやそっとじゃ嫌いにならない。
だから、許すこと、話し合うことをちゃんとやっていけば、何も心配することはない。
まぁ、長くなったてしまったが、花音が嫁に行こうとも、父さんと母さんの娘で、楓のお姉ちゃんであることは、一生変わらない。
辛く感じる前に、ふらっと帰って、そこに座りなさい。いつも通りの家族がいるからな」
私は涙が溢れた。
「うん、ありがとう、父さん」
「ほら、早く飲みましょう。泡がなくなっちゃったわ」母さんの目にも涙が溢れていた。
「カンパ~イ」楓が声を出す。皆でグラスを合わせる。
「いただきま~す。うん、美味しいよ、母さん」
「そう?ありがと」
涙を堪えがてら、今日あった大立ち回りを私は話した。みんな思ったよりもビックリしたらしく、唖然としていた。
「凄いな、姉ちゃん」
「終わったら、足の震えが止まらなかったわ」
「誰に似たのかしらね」
「母さんだろ」
「何言ってるの?みんなの前で、私のことを好きだ!って言ったのは、お父さんでしょ」
「その話は止めてくれ」
「うそ!お父さんが?」
「そうよ。私もビックリしたけど。その後、私の手を握って、外に連れたして」
「おいおい、どこまで話すつもりなんだ」
「いいじゃない、今日くらい」
父さんはグラスを空けたので、ビールを注いだ。
「外に連れ出して、絶対に後悔させないから、僕と結婚してくれって。まだ付き合ってもないのに。フフフッ」
「男らしい」楓が感心した。
「お父さんが凄いのは、それが口だけで終わらなかったところよ。一流大学に合格して、一流企業に就職して、まぁ、そこからは運が尽きたのかもしれないけど。こうして、花音と楓が産まれて、後悔の欠片もないわ」
「お父さんは、後悔してないの?」
父さんは真っ赤になった。
「こら、からかわないの」母さんが間に入る。
「こんな幸せを手にすることができて、後悔なんてあるわけがない」とぼそっと言った。
「もう、お父さんったら」
「うん、お父さん。私も父さんと母さんの子供で良かったよ。これからは孫も作って、みんなで旅行しよう。だから、ずっと元気でいてね」
「まだ、そんな年じゃないわよね。お父さん」
「そうだな。まだまだ現役だ」
「はいはい」
食事も飲み物も終わり、お開きとなった。
母さんと片付けをする。
「不思議よね。明日から、このキッチンじゃなくなる」
「そうね。ついつい昔のクセで物を探して、あれ、ない?なんて思ったりしてね」
「そうなるのかな」
「けっこう暮らしてきたクセって抜けないものよ」
「ふ~ん」
「それがいつの間にか新しいクセに変わっている。新しい当たり前になる。大昔は、旦那の家に入るのが当たり前だったから、その家の当たり前を覚えれば良かった。でも、今は2人の当たり前を2人で探さないとならない。
料理の味もそう。昔からの味付けは間違いないから安心するけど、ちょっと変えたら、もっと美味しくなるかもしれない。そういうのを2人でよく話して決めていくのよ」
「うん、頑張ります」
父の後に入った楓が風呂を出てきた。父は酔っ払ったのか、寝室に駆け込んだ。
「姉ちゃん、最後にいい?」
「何?」
「膝枕」
「あぁ、そうね。分かったわ」
片付けを母さんに任せ、ソファーに座った。楓は嬉しそうに頭を乗せてきた。
耳を覗き込む。
「なんだ、きれいじゃない。小百合さん?」
「うん、そうだけど、姉ちゃんにもして欲しい」
「でも、取るものないよ」
「いいから、やってよ」
私は少しあるゴミを掬った。
「はい、逆」
楓は頭を載せ替える。もう手は伸ばしてこない。
私はまた少ないゴミを取り、
「もうないよ」
「でも、もう少しだけ」
「うん、いいよ」
「この当たり前もなくなっちゃうんだね」
「そうね。次は私の子供がするからね」
「いいなぁ、姉ちゃんの子供」
「小百合さんに言っちゃうぞ」
「止めてよ。怒られる」
「怒って欲しいんでしょ。自分のこと本気で考えてくれるって思えるから」
「・・・でも、そんなに甘えられないよ」
「そこはメリハリよ。甘える時は甘える。それ以外はしっかりしたところを見せる。それが大切よ」
「それは分かってるんだけど」
「大丈夫。楓が一生懸命なら、小百合さんもそれに応えてくれるわよ」
「うん、やっぱり姉ちゃんは、最高だ」
「楓は、ずっと可愛い弟だよ」
楓は頭を上げた。
「じゃぁ、明日、頑張るから」
「うん、お願いね」
私は母に促され、風呂に入った。途中で母が入ってきた。
「いつ以来かしら?」
「分かんない」
「こんなにアチコチ大っきくなって」
「いつの間にかね」
「本当に良かったね。素敵な人と巡り会えて」
「そこは母さんの遺伝かな」
「フフフッ、そうかもね」
「母さん、背中洗ってあげる」
「そう?」
私達は洗い場に出た。
「母さん、まだまだ綺麗な背中ね」
「年を取るのをただ手をこまねいているわけじゃないのよ」
「ねぇ、母さん」
「な~に」
「私を産む時、怖かった?」
「なんでよ」
「だって痛いんでしょ」
「痛くないわと言ってあげたいけど、覚悟しなさい。まぁ、今は帝王切開も昔ほど抵抗がなくなってるし、わざわざ痛い思いをする必要もないわ」
「そうかな?」
「えっ、まさか、あなた」
「大丈夫、してないから。フフフッ」
「ビックリさせないでよ、もう」
「結婚式が終ったら、すぐにでも欲しい。真司の赤ちゃん。でも、少しは怖い気もする」
「夢で語っている分には気楽だけど、目の前に突きつけられるとね。もう一回考えさせてって思うわよね」
「でも、やっぱり欲しいな」
「できたら産むしかないんだし、覚悟を決めるには、まだ早いわよ」
「そうね。気ばかり張って疲れちゃうね。はい、オシマイ」
「次は、私がやるわ」
反対側に向く。
「あなたは肌が疲れてるわよ」
「うん、気をつける。真田さんと付き合ってみて、如何に自分に何もしてあげてなかったか、身にしみたわ」
「急に綺麗にはなれないわよ」
「ホントに」
少し沈黙が流れた。
「早く孫欲しい?」
「まぁ、早いに越したことはないかな?孫なんです。えっ、全然そんな年には見えないです。そうですか?オホホホホッってね」
「言う方も大変だ。フフフッ」
「こら!30年もすれば、あなたもなるんだからね」
「なれるかな?母さんと父さんみたいに」
「どうかしらね。あなた達のベストを探しなさい」
「うん」
そして、最後の自分のベッドに入った。
「これが私の最後の当たり前。次の当たり前は目覚めると、真司がいること」
私は眠りに落ちた。
「何か買って帰るものない?」
「大丈夫よ、気を付けて帰ってきなさい」
「うん」
私は帰り道をゆっくりと歩いた。
「この道も最後なんだ」
いつもは気にもならない景色が、新鮮に見える。
そして、家に着いた。
別に2度と帰れないわけじゃない。明後日には、忘れ物したと帰ってくるかもしれない。
どうしても感傷的になってしまう。
玄関を開けて、小さく「ただいま」と言う。
靴を脱いで、リビングに行く。元気に「ただいま」と言った。
「お帰りなさい」、「お帰り、姉ちゃん」と母と楓の声が聞こえる。
この当たり前も、最後だ。
「何つったってるの?早く着替えてきなさい」
「今日は、このままで」
「何よ、いつも通りでしょ。何も変わらないわ。ほら、行ってきなさい」
「うん、分かった」私は部屋に行き、いつものスエットを着た。
リビングの行くと、父が帰ってきていた。
「父さん、お帰りなさい」
「ただいま。いや~、クリスマスが近づいてくると、週末は電車が混んでるな」
「そうね。みんな厚着だから、尚更混んでるように感じるわね」
「あぁ、そうだな」
「お父さん、今日はビールとワイン買っておいたわよ」
「おぉ、豪勢だな。ビールからもらおうか」
「はい、2人も飲むでしょ」
「うん」
私は母を手伝いに行った。
「今日はいいのに」
「今日だから、やりたいの」
テーブルには、所狭しと料理が並んでいる。
「はい、お父さん」私はビール瓶を傾ける。
そして、楓、母と注ぐ。
私のグラスには母が注いでくれた。
「花音、今更だが、結婚おめでとう。少し淋しくなるが、真田さんはとても優しくて、花音のことを本当に愛してくれている。まぁ、無理だとは思うが、あんまり張り切りすぎないようにな。結婚生活は長い。いい部分だけを見せようとすると、息が切れて、全てが嫌になってしまう。
だから、自分のことを信じること、大切にすること。ちょっとやそっとじゃ、真田さんは花音のことを嫌いにならない。
それは真田さんに対する花音の気持ちも同じだ。ちょっとやそっとじゃ嫌いにならない。
だから、許すこと、話し合うことをちゃんとやっていけば、何も心配することはない。
まぁ、長くなったてしまったが、花音が嫁に行こうとも、父さんと母さんの娘で、楓のお姉ちゃんであることは、一生変わらない。
辛く感じる前に、ふらっと帰って、そこに座りなさい。いつも通りの家族がいるからな」
私は涙が溢れた。
「うん、ありがとう、父さん」
「ほら、早く飲みましょう。泡がなくなっちゃったわ」母さんの目にも涙が溢れていた。
「カンパ~イ」楓が声を出す。皆でグラスを合わせる。
「いただきま~す。うん、美味しいよ、母さん」
「そう?ありがと」
涙を堪えがてら、今日あった大立ち回りを私は話した。みんな思ったよりもビックリしたらしく、唖然としていた。
「凄いな、姉ちゃん」
「終わったら、足の震えが止まらなかったわ」
「誰に似たのかしらね」
「母さんだろ」
「何言ってるの?みんなの前で、私のことを好きだ!って言ったのは、お父さんでしょ」
「その話は止めてくれ」
「うそ!お父さんが?」
「そうよ。私もビックリしたけど。その後、私の手を握って、外に連れたして」
「おいおい、どこまで話すつもりなんだ」
「いいじゃない、今日くらい」
父さんはグラスを空けたので、ビールを注いだ。
「外に連れ出して、絶対に後悔させないから、僕と結婚してくれって。まだ付き合ってもないのに。フフフッ」
「男らしい」楓が感心した。
「お父さんが凄いのは、それが口だけで終わらなかったところよ。一流大学に合格して、一流企業に就職して、まぁ、そこからは運が尽きたのかもしれないけど。こうして、花音と楓が産まれて、後悔の欠片もないわ」
「お父さんは、後悔してないの?」
父さんは真っ赤になった。
「こら、からかわないの」母さんが間に入る。
「こんな幸せを手にすることができて、後悔なんてあるわけがない」とぼそっと言った。
「もう、お父さんったら」
「うん、お父さん。私も父さんと母さんの子供で良かったよ。これからは孫も作って、みんなで旅行しよう。だから、ずっと元気でいてね」
「まだ、そんな年じゃないわよね。お父さん」
「そうだな。まだまだ現役だ」
「はいはい」
食事も飲み物も終わり、お開きとなった。
母さんと片付けをする。
「不思議よね。明日から、このキッチンじゃなくなる」
「そうね。ついつい昔のクセで物を探して、あれ、ない?なんて思ったりしてね」
「そうなるのかな」
「けっこう暮らしてきたクセって抜けないものよ」
「ふ~ん」
「それがいつの間にか新しいクセに変わっている。新しい当たり前になる。大昔は、旦那の家に入るのが当たり前だったから、その家の当たり前を覚えれば良かった。でも、今は2人の当たり前を2人で探さないとならない。
料理の味もそう。昔からの味付けは間違いないから安心するけど、ちょっと変えたら、もっと美味しくなるかもしれない。そういうのを2人でよく話して決めていくのよ」
「うん、頑張ります」
父の後に入った楓が風呂を出てきた。父は酔っ払ったのか、寝室に駆け込んだ。
「姉ちゃん、最後にいい?」
「何?」
「膝枕」
「あぁ、そうね。分かったわ」
片付けを母さんに任せ、ソファーに座った。楓は嬉しそうに頭を乗せてきた。
耳を覗き込む。
「なんだ、きれいじゃない。小百合さん?」
「うん、そうだけど、姉ちゃんにもして欲しい」
「でも、取るものないよ」
「いいから、やってよ」
私は少しあるゴミを掬った。
「はい、逆」
楓は頭を載せ替える。もう手は伸ばしてこない。
私はまた少ないゴミを取り、
「もうないよ」
「でも、もう少しだけ」
「うん、いいよ」
「この当たり前もなくなっちゃうんだね」
「そうね。次は私の子供がするからね」
「いいなぁ、姉ちゃんの子供」
「小百合さんに言っちゃうぞ」
「止めてよ。怒られる」
「怒って欲しいんでしょ。自分のこと本気で考えてくれるって思えるから」
「・・・でも、そんなに甘えられないよ」
「そこはメリハリよ。甘える時は甘える。それ以外はしっかりしたところを見せる。それが大切よ」
「それは分かってるんだけど」
「大丈夫。楓が一生懸命なら、小百合さんもそれに応えてくれるわよ」
「うん、やっぱり姉ちゃんは、最高だ」
「楓は、ずっと可愛い弟だよ」
楓は頭を上げた。
「じゃぁ、明日、頑張るから」
「うん、お願いね」
私は母に促され、風呂に入った。途中で母が入ってきた。
「いつ以来かしら?」
「分かんない」
「こんなにアチコチ大っきくなって」
「いつの間にかね」
「本当に良かったね。素敵な人と巡り会えて」
「そこは母さんの遺伝かな」
「フフフッ、そうかもね」
「母さん、背中洗ってあげる」
「そう?」
私達は洗い場に出た。
「母さん、まだまだ綺麗な背中ね」
「年を取るのをただ手をこまねいているわけじゃないのよ」
「ねぇ、母さん」
「な~に」
「私を産む時、怖かった?」
「なんでよ」
「だって痛いんでしょ」
「痛くないわと言ってあげたいけど、覚悟しなさい。まぁ、今は帝王切開も昔ほど抵抗がなくなってるし、わざわざ痛い思いをする必要もないわ」
「そうかな?」
「えっ、まさか、あなた」
「大丈夫、してないから。フフフッ」
「ビックリさせないでよ、もう」
「結婚式が終ったら、すぐにでも欲しい。真司の赤ちゃん。でも、少しは怖い気もする」
「夢で語っている分には気楽だけど、目の前に突きつけられるとね。もう一回考えさせてって思うわよね」
「でも、やっぱり欲しいな」
「できたら産むしかないんだし、覚悟を決めるには、まだ早いわよ」
「そうね。気ばかり張って疲れちゃうね。はい、オシマイ」
「次は、私がやるわ」
反対側に向く。
「あなたは肌が疲れてるわよ」
「うん、気をつける。真田さんと付き合ってみて、如何に自分に何もしてあげてなかったか、身にしみたわ」
「急に綺麗にはなれないわよ」
「ホントに」
少し沈黙が流れた。
「早く孫欲しい?」
「まぁ、早いに越したことはないかな?孫なんです。えっ、全然そんな年には見えないです。そうですか?オホホホホッってね」
「言う方も大変だ。フフフッ」
「こら!30年もすれば、あなたもなるんだからね」
「なれるかな?母さんと父さんみたいに」
「どうかしらね。あなた達のベストを探しなさい」
「うん」
そして、最後の自分のベッドに入った。
「これが私の最後の当たり前。次の当たり前は目覚めると、真司がいること」
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