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お題「知ったかぶり」「富士山」「一年後」
かぐや姫
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「知ってる? 富士山の名前の由来」
彼女の突然の言葉に、翁長は品出し中の手を止めて、同じく隣で品出しをしていた彼女の方を見やる。
「知ってるか、って言われましても」
翁長は上目遣いに見つめてくる彼女のまなざしに胸がぎゅっと締まるのを感じた。
コンビニバイトを始めて一年。それは彼女と出会ってからの年月を指し示しつつ、こじらせた恋心がくすぶり続けている月日の長さでもあった。
「あ~、その顔は知らないと見た!」
「そ、そんなことは……!」
してやったり、と言わんばかりの顔で笑う彼女に、翁長は慌てて手を横に振る。
翁長は〝知らない〟と答えるのが嫌だった。そのせいで彼女に幻滅されるのではないかというのが怖かったのだ。
地味で冴えない翁長に対して、いつだって優しく明るく話しかけてくれる彼女。たった一つの会話のミスで自分に声を掛けてくれなくなるのではないか、という不安が、翁長の頭には常につきまとっていた。だから、苦し紛れにこう答えるしかなかった。
「み、美竹さんはどうして気になったんですか?」
「私? 私はねー」
彼女は艶やかな唇に人差し指を押し当てながら、考える素振りをする。
「あのね、話の流れで友達と富士山ってでかくね? ってなったのよ。それで私が実際どんだけ大きいのか見てみたいね、って言ってみたのよ。そしたら行くしかないっしょ! ってなったの。じゃあ山梨と静岡どっち行くよ? って話になったのね。だからどっちの方がいいか、って調べてたら、たまたま富士山の名前の由来的なページ見つけて、読んでみたら結構面白くて! これ翁長君知ってるかな? って思って、聞いてみた訳! だって翁長君、色んな本読んでるじゃん? いつもあたしの知らないこと知ってるし、でも翁長君がこれ知らなかったらあたしどや顔できるじゃん?」
「そ、そういうことだったんですね……」
翁長の心の中は喜びで満ちあふれていた。他愛もない話の、ふとした拍子に、自分の好きな人が自分のことを思い出してくれていたという事実が何よりもうれしかった。だからこそ、彼女の期待に応えたかった。が、いくら記憶の引き出しを漁っても、富士山にまつわる情報は出てこなかった。
困り果てた様子の翁長に、美竹はにやにやとほくそ笑む。その笑みのまま立ち上がると、空になったコンテナを翁長の分まで持ち上げる。
「あ、僕やりますよ!」
「いいのいいの、あたしが早く上がりたいだけだから、気にしないで。じゃ、残りはよろしくね~」
そう言って美竹は、少しパサついた金髪をなびかせて、バックヤードに戻っていく。深夜の店内にいるのはただ翁長一人だけになり、彼は心ここにあらずのままで品出しを再開し始めた。
「じゃ、後はよろしくね!」
彼女はバックヤードから軽やかな様子で出てくる。その姿はいつものティーシャツとジーパン、といういで立ちではなく、女性らしい花柄のワンピースを着ていた。
「お、お疲れ様です」
「おつかれ~」
フリフリと手を振りながら店の外に出ようとする彼女。それを翁長は慌てて呼び止める。
「あの!」
すると美竹はきょとん、と振り返る。翁長は生唾を呑み込むと、意を決して口を開く。
「きょ、今日の恰好、その、かわ……素敵ですね!」
「……本当?」
「は、はい!」
「そっかあ……。翁長君が言ってくれるなら間違いないね!」
美竹は破顔する。その笑顔がキラキラとまぶしくて、翁長は目を細める。
「ありがとう! 翁長君のおかげで自信持てた! 彼氏も喜んでくれるかな」
「ッ、あ、そ、そうですね、彼氏さんも喜ばれると思いますよ」
「うん! じゃあまたシフトかぶったらよろしくね!」
パタパタと足音を立てて去っていく美竹。満月に照らされた夜道に消えていくその姿を、翁長はなす術もなくただ見送ることしかできなかった。
彼女の突然の言葉に、翁長は品出し中の手を止めて、同じく隣で品出しをしていた彼女の方を見やる。
「知ってるか、って言われましても」
翁長は上目遣いに見つめてくる彼女のまなざしに胸がぎゅっと締まるのを感じた。
コンビニバイトを始めて一年。それは彼女と出会ってからの年月を指し示しつつ、こじらせた恋心がくすぶり続けている月日の長さでもあった。
「あ~、その顔は知らないと見た!」
「そ、そんなことは……!」
してやったり、と言わんばかりの顔で笑う彼女に、翁長は慌てて手を横に振る。
翁長は〝知らない〟と答えるのが嫌だった。そのせいで彼女に幻滅されるのではないかというのが怖かったのだ。
地味で冴えない翁長に対して、いつだって優しく明るく話しかけてくれる彼女。たった一つの会話のミスで自分に声を掛けてくれなくなるのではないか、という不安が、翁長の頭には常につきまとっていた。だから、苦し紛れにこう答えるしかなかった。
「み、美竹さんはどうして気になったんですか?」
「私? 私はねー」
彼女は艶やかな唇に人差し指を押し当てながら、考える素振りをする。
「あのね、話の流れで友達と富士山ってでかくね? ってなったのよ。それで私が実際どんだけ大きいのか見てみたいね、って言ってみたのよ。そしたら行くしかないっしょ! ってなったの。じゃあ山梨と静岡どっち行くよ? って話になったのね。だからどっちの方がいいか、って調べてたら、たまたま富士山の名前の由来的なページ見つけて、読んでみたら結構面白くて! これ翁長君知ってるかな? って思って、聞いてみた訳! だって翁長君、色んな本読んでるじゃん? いつもあたしの知らないこと知ってるし、でも翁長君がこれ知らなかったらあたしどや顔できるじゃん?」
「そ、そういうことだったんですね……」
翁長の心の中は喜びで満ちあふれていた。他愛もない話の、ふとした拍子に、自分の好きな人が自分のことを思い出してくれていたという事実が何よりもうれしかった。だからこそ、彼女の期待に応えたかった。が、いくら記憶の引き出しを漁っても、富士山にまつわる情報は出てこなかった。
困り果てた様子の翁長に、美竹はにやにやとほくそ笑む。その笑みのまま立ち上がると、空になったコンテナを翁長の分まで持ち上げる。
「あ、僕やりますよ!」
「いいのいいの、あたしが早く上がりたいだけだから、気にしないで。じゃ、残りはよろしくね~」
そう言って美竹は、少しパサついた金髪をなびかせて、バックヤードに戻っていく。深夜の店内にいるのはただ翁長一人だけになり、彼は心ここにあらずのままで品出しを再開し始めた。
「じゃ、後はよろしくね!」
彼女はバックヤードから軽やかな様子で出てくる。その姿はいつものティーシャツとジーパン、といういで立ちではなく、女性らしい花柄のワンピースを着ていた。
「お、お疲れ様です」
「おつかれ~」
フリフリと手を振りながら店の外に出ようとする彼女。それを翁長は慌てて呼び止める。
「あの!」
すると美竹はきょとん、と振り返る。翁長は生唾を呑み込むと、意を決して口を開く。
「きょ、今日の恰好、その、かわ……素敵ですね!」
「……本当?」
「は、はい!」
「そっかあ……。翁長君が言ってくれるなら間違いないね!」
美竹は破顔する。その笑顔がキラキラとまぶしくて、翁長は目を細める。
「ありがとう! 翁長君のおかげで自信持てた! 彼氏も喜んでくれるかな」
「ッ、あ、そ、そうですね、彼氏さんも喜ばれると思いますよ」
「うん! じゃあまたシフトかぶったらよろしくね!」
パタパタと足音を立てて去っていく美竹。満月に照らされた夜道に消えていくその姿を、翁長はなす術もなくただ見送ることしかできなかった。
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