永遠の伴侶(改定前)

白藤桜空

文字の大きさ
76 / 91
蛇の生殺しは人を噛む

76

しおりを挟む
「何? 淑蘭シュンランが殺された?」
 宮殿の政務室。文生ウェンシェンは兵からの知らせに耳を疑い、もう一度聞き返す。
「は、はい。先程後宮から侍女が知らせに参りまして……今はご遺体を宮殿に運んでいるところです」
 だが返ってきたのは報告を裏づける言葉だけであった。
「……誰がった」
「そ、それが……」
 言い淀む兵に、文生は不審がる。
「どうした。まさか逃がした訳ではなかろう?」
「そ、それは勿論捕まえております。ただ、王の御耳に入れるには……」
「何か問題があったのか?」
「そう、とも言えます」
「ならばそれに対処するのが我の仕事だ。早く言うが良い」
 苛立ちを露わにした文生に、兵は唾を呑み込む。
「は、犯人は……王位継承第一位である文礼ウェンリィ王子です」



 部屋の外から物々しい足音が聞こえてくる。直後、剣呑な男の声が部屋に届く。
「失礼します! 文礼様をお連れしました!」
 その声に反応して文生が腰を上げる。が、すぐに座り直す。
「……入れ」
「はッ!」
 すると全身血塗れで興奮状態の少年が複数の兵に連れられてきた。すかさず彼が声を上げる。
「父上! お久し振りです!」
「お前が……文礼か」
「はい! 覚えていてくださってたんですね」
 そう言って文礼は頬を紅潮させ、文生に満面の笑みを向ける。
「やりましたよ父上。母上を奪ったあの女を仕留めました。褒めてくれますよね?」
 嬉々として言ってのける文礼に、文生は眉根を寄せる。
「どういう、ことだ」
「だって、あいつは美琳メイリン母上から父上を奪った悪い奴なんでしょう? 私の母を騙っていた極悪非道な女だったんでしょう? そんな奴、死んで当たり前ですよね!」
「……!」
 その言に場にいた全員にどよめきが走り、文生も二の句が継げなかった。
 誰も何も言えなくなっていると、部屋の奥から嗄れ声が入ってきた。
「文礼……文礼様。それは本当のことですかな?」
 声の主は禿頭の老人である。彼は杖を突きながら文礼に近づく。文礼はどことなく見覚えのある姿に小首を傾げ、そしてその正体に行き着く。
「もしかして、お爺様ですか?」
 じっと、見上げる文礼。老人……仁顺レンシュンは杖を床に落として、文礼の顔に触れる。
「本当に、本当に文礼様なんですな」
 仁顺の目に涙が浮かぶ。少年らしい丸い頬を皺だらけの手で撫で、愛おしそうに呟く。
 だが文礼は嫌悪感丸出しでその手を振り解く。
「触らないでください」
 冷え切った声色に、仁顺は愕然とする。
「な、貴方様のじいですよ? 昔はよく遊びました。覚えておいででしょう?」
「覚えてますよ」
 その言葉に仁顺はほっと胸を撫で下ろす。
「では何故なにゆえこんなことを……」
 それに文礼は弾けるように言う。
「だって、母上を追い出すことを決めたのはお爺様なんでしょう?」
「ッ! 文礼様、目をお覚ましになってくださいませ。貴方様の母上は淑蘭唯一人でございますよ!」
「嘘です。お爺様と言えど、そのような世迷言は慎んで頂きたい」
 曇りなき眼で言う文礼に、仁顺は絶句する。
「そんな、そんな馬鹿な……」
 仁顺は膝から崩れ落ちる。それを周りに控えていた兵たちが支える。
 文生は額に手を当てて俯き、重くのしかかるような声で話す。
「……仁顺を連れ出せ。この場に居るのは酷すぎる」
「はッ!」
 その言葉に従って兵たちは仁顺を連れ出す。仁顺はうわ言のようにぶつぶつと何かを呟きながら、彼らに引きずられて去っていく。
 文生は再び文礼に目を向ける。
其方そちは……自分が何をしたのか分かっておるのか?」
「はい! 母上の雪辱を果たし、今こうして父上と再会出来たのです! これ程嬉しい日はありません!」
 晴れ晴れとした顔で言う文礼に、もはや掛ける言葉はなかった。
「……追って沙汰を言い渡す。その者を牢屋に入れろ」
 そう文生が言うと、押しかけていた兵たちはぞろぞろと部屋を出ていくのであった。



 一人残された文生は、椅子の上でぐったりと脱力する。
「美琳。君はそれ程にまで僕を憎んでいるんだね」
 文生の頬を一筋の涙が伝っていく。
「だが、我は国を守らねばならぬのだ。これから先、其方そちがどんなことを企もうとも、絶対に防いでみせる」
 そう呟いた文生は、椅子の傍にある机から木簡もっかんを一枚取って書き記す。
 ――――きさき殺しの罪によって、〝けい〟の子、文礼を斬首刑に処す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...