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「なあ、聞いてもいいか?」

 騎士の名前はハリー。
 茶色の髪に、同色の瞳。ゼフィアより少し年上の青年だった。
 顔立ちは整っている部類には入らないが、愛嬌のある優しい顔立ちをしていた。

「なんでしょう?」

 王都までの道のりは二日。
 馬車できていたため、寝るのは場所の中だ。
 ハリーは外で火の番をするとかで、馬車で寝るのはゼフィア一人だった。
 食事を終え、ハリーがおずおずと尋ね、ゼフィアは何を聞きたいのだろうと返した。

「あんた、オリバー様の恋人なのか?」
「そ、そんなこと、とんでもないです!」

 ゼフィアは立ち上がり、両手を振って否定する。

(私が勝手に思い込んでいただけ。恋人なんてとんでもない!)

「じゃあ、なんでわざわざ村を出て王都まで?」
「か、返してほしいものがあるのです」
「返してほしいもの?大事なものか?」
「はい。私のお守りです」
「そんな大切なもの。やっぱり。あんた、オリバー様の、」
「だから、違うんです。お慕いしていたのは本当です。けれどもそれは勝手な私の想いで……」

 気がつくとゼフィアの視界が歪んでいた。 
 涙が頬を伝い、ぼたぼたと水滴がこぼれていく。

「泣くなよ。ほら、これで拭け。綺麗なものだ」

 ハリーは慌てて馬車から小綺麗な布を持ってくる。

「あ、ありがとうございます」
「つれーなあ。俺から返すように伝えようか?会うのは辛くないか?」
「だ、大丈夫です。大切なものなので自分で伝えます」
「そうか。頑張れよ。俺も何か手伝うから」
「ありがとうございます!」

 布で鼻水まで拭き、べちょべちょになった布は恐縮するゼフィアに構わず、ハリーが回収した。まとめて王宮で洗ってもらうと言っていて、話はそれで終わる。

「じゃあ、おやすみ。気にするな。そう言ってもダメかもな」

 ゼフィアの頭を撫で、ハリーは焚き火近くに戻る。
 ハリーから、オリバーが魔王を倒したと聞かされた。どうやら、魔王を倒せば彼の呪いは解けることになっていたらしい。旅の途中、姿を魔物に変えられた王女を救い、打倒魔王の旅の中、二人は愛を育み、遂に魔王を倒した。
 王女と共に凱旋したオリバーは今や英雄で、王女との婚姻を王は祝福した。
 オリバーの両親はすでに亡くなっており、だからこそ結婚前に村に知らせがなかったようだった。
 魔王が消滅し、魔物の数は激変した。けれどもまだ存在しているので油断はできないとハリーは火の番を続ける。
 翌日の夕方には王都に到着するはずだからと、心配するゼフィアに笑って答えた。

 ☆

 夕方には到着したいと、朝日が登ると二人は簡単な食事を終え出発する。
 魔王が存在していた頃は、魔性の森には魔物が多く住み脅威とされた。けれども現在では馬車であれば森を抜けることに危険性はないとされている。
 ハリーもゼフィアの村へ行くために魔性の森を通り抜けており、今回もその進路を選択した。

 しかしそれは誤りだったようだ。

 森に入ると動物の声とは違う何かの声が聞こえ、ハリーはゼフィアに幌の中で何かに掴まって伏せるように伝える。馬車で逃げ切ることに決め、彼は馬を叱咤し、鞭を振り速度を増した。
 目の前に急に現れた大きな魔物によって、馬が動揺する。繋がれているせいで、逃げようとしても逃げられない。馬の暴走に巻き込まれた馬車は大きく転倒した。

「ゼフィア!」

 地面に投げ出されたハリーは体の痛みを覚えながらも、必死にゼフィアを探す。

「ハリー様……」

 力無い声で名を呼ばれ、近づくとゼフィアは壊れた荷台に埋もれるようにして倒れていた。

「今、助けてやるから!」

 自身も怪我をしているが彼女の方が優先であり、布や板を除け、彼女を救い出せそうとする。けれども、救出作業は魔物の雄叫びによって断念させられた。

「……私に、構わず逃げてください。私、もう、いいのです」
「そんなことは絶対にしない。俺はあんたを助ける」

 ゼフィアの体を覆っていた板と布は取り除いたが、体の骨を折っているのか、彼女は横になったまま動けないようだった。
 そんな中、彼女はハリーに懇願した。

「いい…え。元はと言えばついてきた私が悪いのです。ハリー様お一人であればこんなことにならなかったはずです」

 ゼフィアは薄く笑うと口を動かす。

「ゼフィア。自分を責めるのはやめろ。俺があんたを連れて行くことを決めた。それだけだ。待ってろ。魔物をやっつけて二人で王都へいく。この森を抜ければすぐだ」

 ハリーは屈んでいた体を起こすと、剣を抜いて魔物に対峙する。
 魔王消滅によって強力な魔物は姿を消したはずだった。
 大きく息を吸うと、彼は駆け出した。

 


 
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