偽りの王女と真の王女

ありま氷炎

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第二章 王女アレナ

04

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 ハランデンの王女アレナは国民に人気の王女だった。特に母親が平民あがりで、王妃によって城を追い出された過去があることから、悲劇の王女として皆に知られている。
 八年のも間消息不明その存在すら知られていなかった王女は、九年前に騎士ボフミル・アデミツによって保護され、ハランデンの王宮に帰還した。
 蜂蜜色の髪に青い瞳の美しい少女は、国民を熱狂させ、その人気は今だに高い。
 そんな王女だが、来年には隣国セシュセの第二王子の元へ嫁ぐことが決まっている。
 第二王子ヴィートは栗色の髪に琥珀色の瞳のどことなく中性的な青年であり、二人が並ぶとまるで物語の世界に迷い込んだような幻想的な雰囲気があった。
 結婚を申し込んだのはヴィートからで短期訪問中にアレナに一目ぼれして、二人は恋仲になったと国民に知られており、これまた悲劇の王女アレナの話に付け加えられた。

「君の国民は面白いよね。君はもっと面白いけどね」

 ヴィートがハランデンを去る前に残した言葉がこれだ。 
 実際は彼がアレナに一目ぼれした事実は存在していない。気に入られたのは確かなはずなのだが、それは恋とは無縁の感情だと彼女は思っている。
 王宮に入ってから、アレナは王女になるために必死に努力した。それこそ血が滲むくらいの努力だ。
 傍にはいつもボフミル・アデミツがいて、努力を怠れば嫌な事を思い出させる。
 アレナ――ラウラの記憶として強烈に残っているもの。それは目の前で崖に吸い込まれていく馬車だ。ボフミルはラウラをその手に抱くと、馬車から飛び降り、彼女の目の前で馬車はゆっくりと落ちていった。耳をつんざく悲鳴と共に。

「ラウラ。いや、今日から君はアレナだ。ハランデンの王女アレナだ。王女になりたかったのだろう。君の願いは叶った。よかったな」

 ボフミルの言葉を聞きながらラウラは気を失った。
次に目が覚めた時、彼女はすでにハランデンにいて、煌びやかなドレスを身につけていた。

「アレナ殿下。これからあなたは望むものはなんでも手にいられる。美しいドレスも宝石も、名声も」
「私は……」

 脳裏に蘇るのは悲鳴と落下していく馬車。
 悲鳴を上げようとしたが、その口はボフミルによって塞がれた。

「これはあなたが望んだことでしょう。王女になりたい。妹ではなく、あなた自身が。あなたの思いが妹君を、両親を殺したのです」

 違う、違うと、彼女は首を横に振る。
 けれどもボフミルはぞっとする声で耳元で囁きかけた。

「私があなたの願いをかなえてあげたのです。王女アレナ」

(私はラウラ。アレナじゃない)

 彼女は必死に抗議する。
 けれども彼女の中のもう一人の彼女はボフミルの言葉に頷き、笑っていた。

(あなた。妹も、妹に優しくする両親も嫌いだったじゃない。馬車の中で、何度も私が王女だったらって思ったでしょう。願いは叶ったじゃないの)
 
「王女アレナ。さあ、王宮へ参りましょう。あなたのお城へ」

(そう、私はラウラじゃない。私は王女よ)

 その日、彼女は差し出された手をとり、王女アレナになった。



「このドレスの生地などいかがでしょうか?ヴィート殿下の瞳の色と同じ琥珀色の生地でございます」
「綺麗。お願いするわ。ありがとう」

 アレナが微笑むと、仕立て屋はその可憐さに見惚れてしまい一瞬動きを止めた。

「ドレスはあまり派手にならないようにお願いできるかしら。ヴィート様やセシュセの方に派手な王女だと思われなくないの。お願いね」
「は、はい。畏まりました」

 仕立て屋はやっと我に返ると返事をして、片付けに入った。
 三ヵ月後、王女アレナは婚約の挨拶もかねて、隣国サシュセに訪問することになっていた。正式訪問となるので、自国の威信をかけてアレナのためにドレスを新調するために、朝から仕立て屋が訪ねて来て、寸法、ドレスの形、生地の選択を終わらせたところだ。

「お疲れでしょう。殿下」
 
 仕立て屋と入れ替わるように部屋に入ってきたのは、ボフミルだ。
 幼い王女を保護した騎士と名高い彼は、王女の最も信頼する騎士であり、男爵であった身分は今では伯爵位まで昇り詰めた。
 当時は無精ひげを生やしやせこけた男であったが、現在は手入れされた顎鬚に丁寧に整えられた髪、健康的な肉体を得て伯爵に相応しい風貌をしていた。

「そんなことはないわ。ボフミル」

 内心溜息をつきそうになりながらも、アレナは微笑んでそう答える。

「隣国へ、ヴィート殿下に会われるのが楽しみですか」
「ええ」
「気持ちが緩んで、粗相をしないようにしなければなりませんね」

 王女とボフミルの関係は親子のようだと囁かれるくらい近い。悪い意味ではなく信頼し合っているというところだ。このようにボフミルが小言を言うのは普通で、侍女たちは穏やかに見守っている。
 実際、アレナにとっては彼は親子などそのような優しい関係ではなく、共犯者に過ぎない。
今回の本当の意味も、「気持ちが緩んでボロをださないように」というもので、彼女は
きゅっと誰にも見られないようにドレスの裾を握る。

「ええ。気をつけるわ。私はハランデンの代表ですもの。ヴィート様の婚約者としてセシュセの国王にも認めてもいただかなければいけないもの」
「さすが殿下。心得てらっしゃいますね。このアデミツ、言葉が過ぎました」

 アレナはボフミルとの茶番を早く終わらせたいと彼に背を向ける。
 けれども彼の視線から彼女は一生逃げることはできなかった。

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