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第三章 暴かれる秘密
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王女アレナの訪問を祝う、歓迎の晩餐会は明日行われる。
本日は、王族のみの晩餐だ。
味など堪能する余裕もなく、アレナは王、王妃、第一王子たちと歓談する。時折、第二王子ヴィートが可笑しな話題を提供し、その度にアレナは緊張を解され、少しばかり彼に感謝もしていた。
半年前、ヴィートはハランデンに二週間ほど滞在した。
その際、アレナとの婚約などの話もなく、接触もお茶会、夕食を共にするくらいだった。
その日彼女は酷く疲れていて、中庭にあるお気に入りの花園の片隅でぼんやりしていた。そこは彼女の秘密の場所ともいえる場所で、気分が滅入った時によくきていた。
「本当に疲れるわ。あのハゲ、どうしていつも誰かを薦めてくるのかしら。結婚なんてまだしなくてもいいってお父様もおっしゃってるのに」
誰もいないと思っていたので、思わず素で彼女はつぶやきをもらしていた。
すると、突然背後から笑い声が聞こえて、飛びのく。
「おもっしろいなあ。ハゲって。ははは。それってフレク宰相のことだろう?」
「ヴィ、ヴィート様!」
よりにもよって隣国の王子に聞かれるなんてと、アレナはへなへなとその場に座り込んでしまった。
これまで清楚で純粋な王女を演じてきたのにそれがすべて無に帰してしまうと、眩暈まで覚える。
同時にボミフルの冷たい瞳が思い起こさせられ、逃げ出してしまいたくなった。
「あ、ごめん。大丈夫。大丈夫。君がそんなこと言うなんて、誰にも言わないからさ。そうだ。いいこと思いついた。君さ。僕と結婚する?そうすれば、そのハゲから何も言われなくなるでしょう」
これが、アレナとヴィートの婚約の経緯で、そこには一目ぼれなどの要素は少しもなかった。なので、王宮と巷で噂されている話を聞くと苦笑しかなかった。
婚約によって「恋人」の関係を得て二人で話すことも多くなった。ヴィートにはアレナがすでに清楚で純真無垢ではないと気づかれているので、取り繕う必要もなく、彼と話すのは気が楽であった。そして結婚すれば、ハランデンから、ボフミルの監視から逃げられると、アレナはヴィートとの結婚を待ち望んでいた。
「アレナ王女。二人で庭を散歩しない?セシュセの夜の中庭はとても綺麗なんだ」
セシュセの王族との晩餐を終え、自室に戻ろうとしたアレナにヴィートが声をかけた。婚約者に誘われ断るのも不自然で、彼女は誘いに応じた。
彼の腕をとり、仲むつまじく夜の庭を散歩する。
ヴィートが自慢げに話したように、色がついたグラスを使った外灯に照らされる庭の光景はとても幻想的で美しかった。
「アレナ王女。君の父上の瞳はとても綺麗な緑色の瞳だよね」
「……はい。父上の瞳はとても綺麗です」
一瞬戸惑ったが、ヴィートの突飛な言葉はいつも通りですぐに返答した。
「僕さ。最近、同じ色の瞳をした娘に会ったんだ。その子、九年前の記憶がないんだって。確か、君がハランデンの王宮へ帰還したのも九年前だったよね」
アレナは息が止まるのではないかと思うくらい衝撃を受けた。その腕から手を放し、ただ彼を見上げる。
「アレナ。僕は君のことが好きだよ。だから本当のことを僕に話してくれないか」
「ヴィート様……」
琥珀色の瞳が懇願するように見ていた。
(アレナ。いいえ。ラウラ。正直に言うのよ。そうすればあなたはラウラに戻れるわ)
九年間ずっと苦しんできた思い、それが噴き出してきて、アレナを諭す。
(だめよ。王女じゃなくなったら、もとの貧しい娘にもどるだけ。しかも、ハランデンの王族、国民。それだけじゃなくて、セシュセの王族も国民も騙したのよ。どんな罰が下るのかしら)
罪の意識が彼女の恐怖心を煽る。
震える彼女は口を開いた。
「何をおっしゃっているのでしょうか。父上の瞳はたしかに美しい緑色の瞳。けれどもこの世に一つということでもありません。ハランデンでも少ないですが緑色の瞳の者もおります。セシュセにもきっと……」
「アレナ……。僕を信じて。だから本当のことを教えて欲しい。君の口から聞きたいんだ」
(信じてもいいの?でも、私は実の両親とアレナを見殺しにして、彼女に成り代わった。そうして王女として九年も生きてきた。私は罪を犯した。何を信じるの。話したところで何も変らない。何も……)
「本当の事とはどういうことでしょうか。緑色の瞳の娘には同情しますけれども、私には何も関わりがありません」
口から零れる言葉。自分自身がおぞましく思えたが、それはアレナ自身が選んだ言葉だ。
「アレナ……。アレナ王女。おかしなこと聞いて悪かったね。今のは忘れて。さて、夜風が冷たくなってきたみたいだ。戻ろうか」
ヴィートは微笑んでいた。
けれどもその笑みは、以前のものと印象が違う。
胸が痛くなって、思わず胸元を掴んだ。
彼は振り返ることもなく先を歩き始める。
アレナは顔を上げると、ヴィートの後を追った。
本日は、王族のみの晩餐だ。
味など堪能する余裕もなく、アレナは王、王妃、第一王子たちと歓談する。時折、第二王子ヴィートが可笑しな話題を提供し、その度にアレナは緊張を解され、少しばかり彼に感謝もしていた。
半年前、ヴィートはハランデンに二週間ほど滞在した。
その際、アレナとの婚約などの話もなく、接触もお茶会、夕食を共にするくらいだった。
その日彼女は酷く疲れていて、中庭にあるお気に入りの花園の片隅でぼんやりしていた。そこは彼女の秘密の場所ともいえる場所で、気分が滅入った時によくきていた。
「本当に疲れるわ。あのハゲ、どうしていつも誰かを薦めてくるのかしら。結婚なんてまだしなくてもいいってお父様もおっしゃってるのに」
誰もいないと思っていたので、思わず素で彼女はつぶやきをもらしていた。
すると、突然背後から笑い声が聞こえて、飛びのく。
「おもっしろいなあ。ハゲって。ははは。それってフレク宰相のことだろう?」
「ヴィ、ヴィート様!」
よりにもよって隣国の王子に聞かれるなんてと、アレナはへなへなとその場に座り込んでしまった。
これまで清楚で純粋な王女を演じてきたのにそれがすべて無に帰してしまうと、眩暈まで覚える。
同時にボミフルの冷たい瞳が思い起こさせられ、逃げ出してしまいたくなった。
「あ、ごめん。大丈夫。大丈夫。君がそんなこと言うなんて、誰にも言わないからさ。そうだ。いいこと思いついた。君さ。僕と結婚する?そうすれば、そのハゲから何も言われなくなるでしょう」
これが、アレナとヴィートの婚約の経緯で、そこには一目ぼれなどの要素は少しもなかった。なので、王宮と巷で噂されている話を聞くと苦笑しかなかった。
婚約によって「恋人」の関係を得て二人で話すことも多くなった。ヴィートにはアレナがすでに清楚で純真無垢ではないと気づかれているので、取り繕う必要もなく、彼と話すのは気が楽であった。そして結婚すれば、ハランデンから、ボフミルの監視から逃げられると、アレナはヴィートとの結婚を待ち望んでいた。
「アレナ王女。二人で庭を散歩しない?セシュセの夜の中庭はとても綺麗なんだ」
セシュセの王族との晩餐を終え、自室に戻ろうとしたアレナにヴィートが声をかけた。婚約者に誘われ断るのも不自然で、彼女は誘いに応じた。
彼の腕をとり、仲むつまじく夜の庭を散歩する。
ヴィートが自慢げに話したように、色がついたグラスを使った外灯に照らされる庭の光景はとても幻想的で美しかった。
「アレナ王女。君の父上の瞳はとても綺麗な緑色の瞳だよね」
「……はい。父上の瞳はとても綺麗です」
一瞬戸惑ったが、ヴィートの突飛な言葉はいつも通りですぐに返答した。
「僕さ。最近、同じ色の瞳をした娘に会ったんだ。その子、九年前の記憶がないんだって。確か、君がハランデンの王宮へ帰還したのも九年前だったよね」
アレナは息が止まるのではないかと思うくらい衝撃を受けた。その腕から手を放し、ただ彼を見上げる。
「アレナ。僕は君のことが好きだよ。だから本当のことを僕に話してくれないか」
「ヴィート様……」
琥珀色の瞳が懇願するように見ていた。
(アレナ。いいえ。ラウラ。正直に言うのよ。そうすればあなたはラウラに戻れるわ)
九年間ずっと苦しんできた思い、それが噴き出してきて、アレナを諭す。
(だめよ。王女じゃなくなったら、もとの貧しい娘にもどるだけ。しかも、ハランデンの王族、国民。それだけじゃなくて、セシュセの王族も国民も騙したのよ。どんな罰が下るのかしら)
罪の意識が彼女の恐怖心を煽る。
震える彼女は口を開いた。
「何をおっしゃっているのでしょうか。父上の瞳はたしかに美しい緑色の瞳。けれどもこの世に一つということでもありません。ハランデンでも少ないですが緑色の瞳の者もおります。セシュセにもきっと……」
「アレナ……。僕を信じて。だから本当のことを教えて欲しい。君の口から聞きたいんだ」
(信じてもいいの?でも、私は実の両親とアレナを見殺しにして、彼女に成り代わった。そうして王女として九年も生きてきた。私は罪を犯した。何を信じるの。話したところで何も変らない。何も……)
「本当の事とはどういうことでしょうか。緑色の瞳の娘には同情しますけれども、私には何も関わりがありません」
口から零れる言葉。自分自身がおぞましく思えたが、それはアレナ自身が選んだ言葉だ。
「アレナ……。アレナ王女。おかしなこと聞いて悪かったね。今のは忘れて。さて、夜風が冷たくなってきたみたいだ。戻ろうか」
ヴィートは微笑んでいた。
けれどもその笑みは、以前のものと印象が違う。
胸が痛くなって、思わず胸元を掴んだ。
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