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一章 愛している
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しおりを挟む「ローズ様!大変です!」
ウィットリー家は財政難で、使用人は執事、料理長、メイド長しかいない。他にメイドがいないのに、長とつけるのもおかしいことだが、数年前まではメイドも料理人も他数人いたので、役職はそのままにしていた。
少ない使用人ため手が回らずローズも仕事を手伝う事がある。裏庭でトマトやナスを栽培しており、ローズは頃合いのトマトを収穫しようとしていた。そこにそのメイド長のサマンサが珍しく慌てた様子で飛び込んできた。驚いた拍子でローズはまだ熟しきってないトマトの柄を切ってしまう。
「ローズ様。ハ、ハイゼランド様がいらっしゃいました!直ぐに御仕度をしませんと!」
「ハイゼランド様!?」
若干青いトマトを掴んで仰天してる彼女に構わず、メイド長のサマンサはその腕を掴むと引きずるように屋敷内で連れ戻した。
ウィットリー夫妻と執事がケヴィンを粗末なお茶でもてなしている間に、ローズの準備を整えようとサマンサは必死だった。
(どうして、ハイゼランド様が?!)
サマンサに着替えを手伝ってもらいながら、ローズは心を落ち着かせようと試みる。
脳裏に浮かぶのは、前世で迷惑をかけたジェイスそっくりのケヴィン・ハイゼランド。
(……とりあえず大人しくしておくのが一番ね)
「ローズ様。ドレスを準備されていてよかったですね」
「本当。まさか人が訪ねてくるなんて思わなかったわ」
「人、ではなくてハイゼランド様です。ローズ様。夜会の後にお手紙を送っていらっしゃったし、これはひょっとして、ローズ様にメロメロになったかもしれませんよ!」
「メロメロって。サマンサったら、ありえないわよ。ハイゼランド様は令嬢の憧れの的よ。私のことが珍しく思っていらっしゃるかもしれないわ」
ローズに面会を求めているので、興味は持たれていることは否定しない。
けれども好意とはちょっと違うと思い、彼女はサマンサに応える。
(……まさかと思うけど、私が前世の記憶があるように、ハイゼランド様も……?)
容姿があまりにも似ているし、その可能性を見出して、ローズはぞっとしてしまった。
前世ではロイとしてジェイスには嫌われることばかりをしていた。あまりにも慎重的な彼が面白くなくて、ロイはいつも彼の制止を振り切って戦いに挑む。上司にも怒られることが多く、その怒りがジェイスに向けられることもあった。
(どうしようもないわね。前の私)
以前と異なり女性らしく生まれ変わったローズは、ロイの二の舞にはならないと淑女として頑張った。ロイであった頃は身長が高く、骨格も太かったので、ドレスなど着ようとしたらとんでもないことになった。また胸も押さえる必要はないのではというくらい細やかな大きさだったが、油断大敵と布を巻いた。お尻も男性のように小さめで、ロイはどこから見ても男性にしか見えない体つきだった。
(まあ、そのおかげで最後まで女であることがばれなかったわけだけど)
「ローズ様。準備が整いました。さあ、参りましょう」
「ええ。サマンサ。ありがとう」
(ハイゼランド様がジェイスであれば、私に声などかけるはずはないわ。姿は変わっても、この緑色の瞳と髪色は一緒だもの。ロイのことが嫌いなジェイスはこの瞳のことも嫌いのはずだし)
ローズはそう自身に言い聞かせて、ケヴィンが待っている応接間へ向かった。
☆
「ハイゼランド様。大変申し訳ありませんが、これから出かける用事がありますので、娘のことをよろしくお願いします」
(え?)
ローズが応接間に到着し、ケヴィンとも挨拶を交わして、間も無くローズの父はそう断りを入れてきた。
(ど、どういうこと?!)
「ローズ。ハイゼランド様に失礼がないようにね」
母も父に追随して二人は応接間から出ていってしまった。
流石に二人きりではなく、メイド長のサマンサが壁に控えている。だが、状況的には二人っきりのようなものだった。
「あの、なんだか両親が申し訳ありません。気を悪くされたのではないですか?」
「そんなことはない。むしろ有難い。あなたの二人きりになれて」
(ええ?!)
にっこりと微笑まれ、ローズは背中に汗が流れるのがわかった。
(え、っと)
「……お茶のおかわりはいかがですか?」
何を言っていいかわからなず、空になったカップを見て彼女はそう口にした。サマンサが少しがっかりした様子だが給仕をしようと動く。
「いや、いらない。あなたのことでいっぱいだから」
(え?)
ケヴィンの言葉にサマンサは動きを止め、再び壁側に戻った。心なしか嬉しそうで、ローズは微妙な気持ちになる。ケヴィンの背後の壁に控えているため、サマンサの動きや表情は彼には伝わることはない。だがローズにはばっちり見える。応援しているように頷かれているが、正直ローズにとってはゲンナリだ。
(どうしよう。早く帰ってもらいたいのに)
「ローズと呼んでもいいかな?」
「えっ、はい」
身分的にローズのほうがかなり下なので、断ることはできないし、理由がない。なので答えは決まっている。戸惑いながら返事をするとケヴィンは嬉しそうに微笑む。
(そういえば、この顔で笑顔をみたのは初めてからもしれないわ。ジェイスの時はいつも顰めっ面していたし、メガネをかけていたし)
ケヴィンは美形の部類に入るし、その笑顔は令嬢を虜にする破壊力があった。しかしローズはぼおっと見ているだけだ。
「ローズ。私のこともケヴィンと呼んでくれないか?」
「……それは…」
さすがに伯爵令息を名前で呼ぶのは、まだ会って二回目にすぎないとローズは戸惑いをそのまま伝えた。
「ローズ。これからもあなたともっと近づきたいと思っている。だから名前で呼んでくれないか?」
(ええ??そういうことなの?……遠慮したい。ジェイスの顔、無理。無理。私が悪かったとわかっているけど)
ちらっと壁に目をむけるとサマンサがものすごく怒った顔をしていて、ローズは項垂れた。
「はい。ケヴィン様」
彼女は内心イヤイヤながらも頷く。するとケヴィンは目を細め蕩けるように微笑んだ。
(ジェイスの顔で、この笑顔。破壊力が半端ないわ。私、生きていけるかしら)
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