妻が聖女だと思い出した夫の神官は、何もなかったことにして異世界へ聖女を連れ戻すことにした。

ありま氷炎

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2章 西の神殿

08 怪しい動き

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 馬車による旅は思ったより、江衣子には堪えた。
 かなり揺れる車内で気分を悪くしながら進む。

 村を通る時には立ち止まり、村人に笑顔を向ける。とりあえずこの世界でいう聖女っぽい格好をしており、聖女には見えているはずと信じて、彼女は笑顔を振りまいた。
  村を越え、しばらく馬車を走らせたところで限界がきた。申し訳ないと思いながら車内に吐くよりはいいだろうと、休憩を取ってもらう。

「聖女様、体調はいかがでしょうか?」

 敷き物の上に横になって、江衣子は休みを取っていた。
 西の神殿への行程は3日となっているが、恐らくもっとかかるかもしれない。
 様子を見に来た騎士団の副団長が彼女に声をかける。
 規模は小隊だが、派遣されているのは今回の一団のリーダーとして、王宮騎士団の副団長、そして王宮騎士団の精鋭である第一小隊だった。

「ごめんなさい。もう少しやすんでもいい?ぐらぐら揺れていて気持ちが悪いの」
「それではもう少しこちらで休憩をとりましょう」

 聖女を責めるようなものは誰もいなくて、江衣子はほっとする。
 騎士たちも、かなりリラックスした面持ちでそれぞれが各々の場所で休みを取っているようだ。

(この旅は時間はかかるけど、安全にいけそうね)

 いわゆる小説や映画の中では、旅の途中で襲われるのが基本だが、そういったこともなさそうで江衣子は安堵する。

「聖女エイコー様。何かお召し上がりになりますか?御昼もなにも食べていなかったようですので」
「ううん。いらないわ。何処かにキャンプ……違った。えーと野営だっけ。それをするんでしょ?その時に食べるからいいわ」

 日はまだ高いので、もう一つの村を通ってから野営になるはずだった。
 そう予想して、江衣子は今食べるとまた吐いてしまうと思い、ミリアの申し出を断る。

「聖女様。お加減いかがでしょうか?」

 眠りそうでウトウトしていると、王子様ルックスのチェスターが魅惑の笑みを浮かべながらやってきた。
 こうしてやってくるのはもう何度目かわからない。馬車に乗っていても窓から彼は話しかけてきた。他の神官からあまり話しかけてきておらず、彼が江衣子のお守り役なのかと、ご苦労なことだと彼女は彼に同情する。

「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
「当然です。私にとって一番大切なのは聖女様ですから」

 江衣子は気障なセリフに砂糖を吐きそうになったが、こちら向きで俯いているミリアの頬はほんのり赤かった。

(まあ、ルックス通りの軽い人。苦手なタイプ。ミリアは純粋そうだから心配だわ)

「心配してくれてありがとう。えっと……」
「チェスターです。聖女様」
「あ、チェスターね。私は少し休むのでごめんね」

 相手にするのも面倒なので寝てしまえと江衣子は目を閉じた。
 残念そうな吐息がミリアから漏れ、彼がどこかに行ったことがわかる。江衣子はほっとして少し眠ることにした。



「うーん」

 木陰で休んでいるジャファードのところへ戻ってくると、チェスターは唸った。その口はへの字に曲げられている。
 彼が何度も江衣子に話しかけているのを見ていた。けれども思ったような反応を得られないようで、ジャファードは内心舌を出していた。

(江衣子、様は、チェスターのようなタイプは苦手だもんな。こう何度もとなれば、かなり冷たくあしらわれたに違いない)

 ジャファードはその状況を想像して可笑しくなり、慌てて表情を引き締める。

「うーん。よっし。ちょっと作戦変更する。次はジャファード。お前も一緒に連れていく」
「は?どうして私まで?」
「ほら、聖女様はなんかお前には気を許してるんだろう?だから一緒にいけば油断しそうだなあって」

(油断とか、なんか違う気がするんだけど)

 しかし、頷かないと面倒なことになるので、ジャファードはとりあえず頷く。
 そのタイミングで角笛が吹かれ、聖女一行は再び出発した。
 ゆっくりと動き出す一団。
 ジャファードも馬に乗り、馬車の後ろに着こうとする。
 騎士の一人が遅れていて、その動きを追っていたらおかしいことに気が付いた。

(わざとらしい?)

 騎士が何かを落としたように見えて、ジャファードがそれを拾うために馬を走らせようとした。

「そこの神官。こちらへ」

 しかし先頭付近にいた騎士から呼び出され、彼は馬の動きを変えるしかなかった。騎士のところへ向かうとどうでもいい事を聞かれる。
 名前、出身地、などと雑談としか思えない話を振られたが、答えないわけにもいかず、彼は今夜の野営予定地に到着するまで、その騎士の話に付き合わされた。
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