顔が醜いから婚約破棄された男爵令嬢は、森で昆虫男爵に出会う。

ありま氷炎

文字の大きさ
5 / 56
第一部

昆虫男爵の不思議な使用人達

しおりを挟む
 ――どこにいったのかしら。

 モリーが旦那様を呼んでくると広間からいなくなり、一人にされたジャスティーナの中に不安が広がっていく。
 そもそも勢いで屋敷についてきてしまったが、あまりにも無作法だったと彼女は思い始めていた。かといって、家には戻りたくない。
 一生監禁同様の生活、そしてルーベル公爵への謝罪。
 思っただけでぶるっと寒気を覚えた。

「お嬢様?」

 椅子に腰掛けたまま両手を抱えてうつむいていると、声をかけられる。
 それはモリーによく似た高齢の女性で、使用人なのか、白い帽子にエプロンをつけていた。

「あの、」

 男性は別としても高齢の女性の使用人を見たことがなかったので、ジャスティーナは戸惑った。

「はじめまして。私は、マデリーンと申します。老いておりますが、この屋敷の使用人の一人でございます」
「あの、私は」
「お母さん!どうしてここに。しかも制服まで」

 モリーのぎょっとした声が、ジャスティーナの言葉をさえぎる。

「モリー。なんて礼儀の悪い子なんだい。お嬢様の言葉をさえぎるなんて!」
「も、申し訳ありません」

 マデリーンに一喝され、モリーははっと気がつき頭を下げた。

「気にしていないから大丈夫よ。でも、マデリーン、だったわね?使用人でもないのに、どうして制服を着ているの?あなたは使用人って確か言っていたわよね?」
「ジャス様。母のことは気にしないでください。とっくに引退しているんですよ。腰が悪いのに、のこのこ出てきて。大方ジャス様のことが気になって、」
「私のこと?」
「モリー!」

 なぜかマデリーンが再び一喝して、モリーはしまったと口を押さえる。

「ジャス様。娘が大変失礼な態度で申し訳ありません。私は引退などしていないのですよ。この子ったら。老いてはおりますが、この子の二倍、三倍は気が利きますので、なんでもおっしゃってくださいませ」
「お、お母さん!」
「まったく。騒がしいと思ったら、マデリーン。あなたまで」

 第一印象は底冷えする低い声、恐ろしい。しかし話をしてみると、とても耳に心地よいイーサンの声が広間に響き、ジャスティーナは席を立つ。

「旦那様!」

 マデリーンとモリーが同時に声を上げた後、頭を垂れた。

「ホ、ジャス嬢。待たせてしまったな」

 昆虫そっくりの顔。
 森で最初に見た時は驚きしかなかった。
 けれどもすっかり見慣れた彼の顔に、ジャスティーナは親しみを覚え始めていた。

 ジャスティーナもそうだが、イーサンもお喋りな方ではない。夕食は静かに進むかと思いきや、二人の話が途切れる度に、ハンク、モリー、そしてマデリーンが口を挟み、食事は賑やかなものになった。

 ホッパー家、いや、貴族の家ではありえないことだろう。
 以前のジャスティーナなら使用人に嫌みの一つも言っただろうが、彼女はにこやかに話を聞いている。
 家を飛び出すまで気がつかなかったが、魔女は顔の美しさを奪うと同時に、彼女の傲慢で短気な性格も一緒に奪っていってくれた。ジャスティーナがそう思えるくらい、心がとても穏やかで、己の顔の造形など気にならなくなっていた。
 それはハンク達が彼女の醜い顔に驚くこともなく、「普通に」接してくれているからだろうとも思った。
 最後のデザートである野いちごのジェリーが運ばれてきて、ジャスティーナはこれで食事が終わることを残念に思う。もう少し、イーサン、そして使用人達の楽しいおしゃべりを聞いていたかった。

「ジャス様。お着替えはシャーロット様のもので構いませんか?」
「シャーロット様?」
「モリー。まったくあんたって子は。ジャス様。シャーロット様は旦那様、イーサン様のお母様なのです」
「そんな、大切なお母様の服を借りるわけにはいかないわ」

 イーサンの両親の話題も出ておらず、こちらに顔を見せないことから、両親はすでに他界していることが予想できた。そうなると、その服は形見同然で、ジャスティーナはすぐに断った。

「気にするな。母もただ仕舞われているだけよりも誰かに着て貰ったほうが喜ぶだろう」
「そうですよ。ジャス様。シャーロット様はそういう方です」
「それでも」
「私は決めましたよ。旦那様、シャーロット様のお部屋からいくつかドレスを借りてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。マデリーン」
「それでは早速そうさせていだきます」

 さっきからモリーばかりを叱りつけてきたが、マデリーンも浮ついた様子で、食事が終わっていないのに綺麗にお辞儀をしてから、足早にいなくなってしまった。

「もう、お母さんたら」

 モリーが呆れたように息を吐き、ジャスティーナはおかしくなってしまい、声を立てて笑ってしまう。

「ジャス様?」
「ごめんなさいね。とてもおかしくて。マデリーンとモリーはとても仲がいい母娘(おやこ)なのね」 

 笑いながらもジャスティーナの顔は少し寂しげだった。
 小さい時は仲がよかった記憶がある。しかし、成長するにつれて、母との距離が大きくなるのを感じていた。どんどん美しくなるジャスティーナを褒め称える父に対して、距離を置くようになってしまった母。
 顔を変えられた時も父のようになじることはなかったが、慰めてくれることもなかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

私を婚約破棄した国王が処刑されたら、新しい国王の妃になれですって? 喜んで…と言うとでも?

あんど もあ
ファンタジー
幼い頃から王子の婚約者だったアイリスは、他の女性を好きになった王子によって冤罪をかけられて、田舎で平民として生きる事に。 面倒な貴族社会から解放されて、田舎暮らしを満喫しているアイリス。 一方、貴族たちの信頼を失った王子は、国王に即位すると隣国に戦争を仕掛けて敗北。処刑される。 隣国は、アイリスを新しい国王の妃にと言い出すが、それには思惑があって…。

婚約破棄で異世界転生を100倍楽しむ方法 ‐漫画喫茶は教育機関ではありません‐

ふわふわ
恋愛
王太子エランから、 「君は優秀すぎて可愛げがない」 ――そう告げられ、あっさり婚約破棄された公爵令嬢アルフェッタ。 だが彼女は動揺しなかった。 なぜなら、その瞬間に前世の記憶を取り戻したからだ。 (これが噂の異世界転生・婚約破棄イベント……!) (体験できる人は少ないんだし、全力で楽しんだほうが得ですわよね?) 復讐? ざまぁ? そんなテンプレは後回し。 自由になったアルフェッタが始めたのは、 公爵邸ライフを百倍楽しむこと―― そして、なぜか異世界マンガ喫茶。 文字が読めなくても楽しめる本。 売らない、複製しない、教えない。 料金は「気兼ねなく使ってもらうため」だけ。 それは教育でも改革でもなく、 ただの趣味の延長だったはずなのに―― 気づけば、世界の空気が少しずつ変わっていく。 ざまぁを忘れた公爵令嬢が、 幸運も不幸もひっくるめて味わい尽くす、 “楽しむこと”がすべての異世界転生スローライフ譚。 ※漫画喫茶は教育機関ではありません。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

婚約破棄されたので隣国で働きます ~追放侯爵令嬢、才覚だけで王妃候補に成り上がる~

鷹 綾
恋愛
内容紹介 王宮改革は、英雄の一声では成し遂げられない。 王太子に招かれ、王宮顧問として改革に携わることになった ルビー・エルヴェール。 彼女が選んだ道は、力で押し切る改革でも、敵を断罪する粛清でもなかった。 評価制度の刷新、情報公開、説明責任、緊急時の判断、責任の分配―― 一つひとつの制度は正しくても、人の恐れや保身が、改革を歪めていく。 噂に揺れ、信頼が試され、 「正しさ」と「速さ」、 「個人の覚悟」と「組織の持続性」が、幾度も衝突する。 それでもルビーは、問い続ける。 ――制度は、誰のためにあるのか。 ――信頼とは、守るものか、耐えるものか。 ――改革者は、いつ去るべきなのか。 やがて彼女は、自らが築いた制度が 自分なしでも動き始めたことを確かめ、静かに王宮を去る。 残されたのは、名前の残らない改革。 英雄のいない成功。 だが確かに「生き続ける仕組み」。 これは、 誰かが称えられるための物語ではない。 考えることを許し、責任を分かち合う―― その文化を残すための、40話の改革譚。 静かで、重く、そして誠実な “大人のための王宮改革ファンタジー”。

処理中です...