36 / 56
第二部
解けない魔法6
しおりを挟む
翌朝、戻ってきたモリーを待っていたジャスティーナは、ハンクの言葉を聞かされ、胸を痛めた。
頭に浮かんだのは破かれた「蜥蜴の王子様」の絵本だ。
なので、彼が喜んでくれればいいと、明日の観劇は心から楽しもうと決める。
そうであれば、明日出かけることを母、そして父に伝えることにした。
その時に、やんわりといわゆる「呪い」は解けていないと説明し、イーサンに余計なことを言わないように釘をさす。
一ヶ月前まであれこと、口うるさい父であったが、彼は娘の言葉に素直に頷き、隣に座る妻に気をつけようなと優しい物言いで同意を求めた。
以前であれば、物言いは強かったのだが、父も母に対して態度が変わりつつあった。母アビゲイルは、父の変化を嬉しそうにしており、娘から見ても可愛らしかった。
そうして二人の関係がよい方向に向かっているようで、ジャスティーナの口元も緩んでしまう。
「ジャスティーナ。新しいドレスを今から作るのは無理でしょ?私のドレスを少しアレンジするわ」
アビゲイルから急遽すばらしい提案がもたらされ、彼女は目頭が熱くなる。マデリーンとモリーの関係が羨ましかったが、こうしてアビゲイルが母親らしい態度で接してくれて、今はモリーに対してそういう意味で妬ましい気持ちを持たなくなっていた。
「お母様。ありがとう」
「イーサン様が惚れ直すような可愛らしいドレスに仕上げましょうね」
モリーも加わり、賑やかに明日の観劇の準備が進められる。
現在、ホッパー家に勤める使用人たちの半分以上が新しい者たちだ。過去のジャスティーナの態度に問題があったとしても、使用人たちの態度は度を越したものであったので、モリーとニコラスが、暗躍したのだ。
ジャスティーナ自身は自分に非があると思っていたので、屋敷を去った使用人たちは「自主退職」の形になっている。
そうして生まれ変わったホッパー家は、ジャスティーナにとって住み心地の良い屋敷になっていた。
☆
翌日の夕方、迎えに来たイーサンは、髪と瞳と同色の漆黒のジュストコールに、中は白銀のジレ。
顔立ちは三日前に見た――美青年。
一瞬見惚れてしまうが、自信溢れる笑みを見せられ、元婚約者のシュリンプを思い出す。
――彼は違う。
彼女が好きになったのは、彼女の外見ではなく、自身の内面と向き合ってくれたイーサンだ。
ジャスティーナは自身に言い聞かせて、足を踏み出した。
「この格好おかしいか?」
先ほど強張った彼女の表情を見て、イーサンはやはり不安になっていたようだ。
「いいえ。とても似合ってるわ」
それは本当に正直な気持ちだった。
似合いすぎて、美青年すぎて、戸惑うくらいだった。
「だったらいいんだが」
イーサンは安堵の息を吐くと彼女に手を差し出す。
その整った顔に躊躇するが、ジャスティーナは意を決して彼の手を取った。
歌劇場にはたくさんの人がいた。
しかし、イーサンとジャスティーナが入ると、しんと静まり返る。人々の視線が二人に集中し、特にイーサンには好奇の目が向けられていた。
おずおずと一人の貴族が彼に近づく。すると時間が動き出したように、再び音が戻った。けれども、人々が自分たちの様子を窺っていることはひしひしと感じた。
「初めまして。ホッパー男爵令嬢。私はウィリアム・ハンズです。失礼だと思いましたが、お隣の紳士をご紹介いただけますか?」
初めましてと言われるように、彼女は目の前のウィリアムと面識はない。けれども自身の名が知られていることは珍しいことではない。なので、イーサンのことをここで紹介していいかと、彼を見上げる。
ゆっくりと頷かれ、彼女は息を小さく吸うと口を開いた。
「こちらはイーサン・デイビス男爵ですわ。私の、」
「婚約者です。お初にお目にかかります。ハンズ伯爵。私はイーサン・デイビスと申します」
――婚約者。
正式に婚約もしてないし、結婚の申し込みもまだだった。
しかし、こうして口に出され、ジャスティーナは嬉しさで舞い上がりそうになった。
けれども喜びに浮かれている暇はなかった。
イーサンが名乗ると、わっと人が寄ってきたのだ
それもそうだろう。
イーサンは昆虫男爵として有名だったのだから。
男性からは興味津々、女性からはその美青年ぶりに惚れ込まれ、次から次へと質問される。あれよあれよと、イーサンは人に囲まれ、ジャスティーナは壁へ追いやられてしまった。
――置いてけぼりだわ。
婚約者発言で嬉しくなったのだが、こうなると寂しい。
けれども、人に囲まれるイーサンは当惑しながらも嬉しそうにしていたので、ジャスティーナは壁の花に徹することにした。
開幕のベルまで話し込み、結局少し遅れて入場することになったのだが、彼が申し訳なさそうだったので、ジャスティーナは何も言うまいと劇に集中した。
頭に浮かんだのは破かれた「蜥蜴の王子様」の絵本だ。
なので、彼が喜んでくれればいいと、明日の観劇は心から楽しもうと決める。
そうであれば、明日出かけることを母、そして父に伝えることにした。
その時に、やんわりといわゆる「呪い」は解けていないと説明し、イーサンに余計なことを言わないように釘をさす。
一ヶ月前まであれこと、口うるさい父であったが、彼は娘の言葉に素直に頷き、隣に座る妻に気をつけようなと優しい物言いで同意を求めた。
以前であれば、物言いは強かったのだが、父も母に対して態度が変わりつつあった。母アビゲイルは、父の変化を嬉しそうにしており、娘から見ても可愛らしかった。
そうして二人の関係がよい方向に向かっているようで、ジャスティーナの口元も緩んでしまう。
「ジャスティーナ。新しいドレスを今から作るのは無理でしょ?私のドレスを少しアレンジするわ」
アビゲイルから急遽すばらしい提案がもたらされ、彼女は目頭が熱くなる。マデリーンとモリーの関係が羨ましかったが、こうしてアビゲイルが母親らしい態度で接してくれて、今はモリーに対してそういう意味で妬ましい気持ちを持たなくなっていた。
「お母様。ありがとう」
「イーサン様が惚れ直すような可愛らしいドレスに仕上げましょうね」
モリーも加わり、賑やかに明日の観劇の準備が進められる。
現在、ホッパー家に勤める使用人たちの半分以上が新しい者たちだ。過去のジャスティーナの態度に問題があったとしても、使用人たちの態度は度を越したものであったので、モリーとニコラスが、暗躍したのだ。
ジャスティーナ自身は自分に非があると思っていたので、屋敷を去った使用人たちは「自主退職」の形になっている。
そうして生まれ変わったホッパー家は、ジャスティーナにとって住み心地の良い屋敷になっていた。
☆
翌日の夕方、迎えに来たイーサンは、髪と瞳と同色の漆黒のジュストコールに、中は白銀のジレ。
顔立ちは三日前に見た――美青年。
一瞬見惚れてしまうが、自信溢れる笑みを見せられ、元婚約者のシュリンプを思い出す。
――彼は違う。
彼女が好きになったのは、彼女の外見ではなく、自身の内面と向き合ってくれたイーサンだ。
ジャスティーナは自身に言い聞かせて、足を踏み出した。
「この格好おかしいか?」
先ほど強張った彼女の表情を見て、イーサンはやはり不安になっていたようだ。
「いいえ。とても似合ってるわ」
それは本当に正直な気持ちだった。
似合いすぎて、美青年すぎて、戸惑うくらいだった。
「だったらいいんだが」
イーサンは安堵の息を吐くと彼女に手を差し出す。
その整った顔に躊躇するが、ジャスティーナは意を決して彼の手を取った。
歌劇場にはたくさんの人がいた。
しかし、イーサンとジャスティーナが入ると、しんと静まり返る。人々の視線が二人に集中し、特にイーサンには好奇の目が向けられていた。
おずおずと一人の貴族が彼に近づく。すると時間が動き出したように、再び音が戻った。けれども、人々が自分たちの様子を窺っていることはひしひしと感じた。
「初めまして。ホッパー男爵令嬢。私はウィリアム・ハンズです。失礼だと思いましたが、お隣の紳士をご紹介いただけますか?」
初めましてと言われるように、彼女は目の前のウィリアムと面識はない。けれども自身の名が知られていることは珍しいことではない。なので、イーサンのことをここで紹介していいかと、彼を見上げる。
ゆっくりと頷かれ、彼女は息を小さく吸うと口を開いた。
「こちらはイーサン・デイビス男爵ですわ。私の、」
「婚約者です。お初にお目にかかります。ハンズ伯爵。私はイーサン・デイビスと申します」
――婚約者。
正式に婚約もしてないし、結婚の申し込みもまだだった。
しかし、こうして口に出され、ジャスティーナは嬉しさで舞い上がりそうになった。
けれども喜びに浮かれている暇はなかった。
イーサンが名乗ると、わっと人が寄ってきたのだ
それもそうだろう。
イーサンは昆虫男爵として有名だったのだから。
男性からは興味津々、女性からはその美青年ぶりに惚れ込まれ、次から次へと質問される。あれよあれよと、イーサンは人に囲まれ、ジャスティーナは壁へ追いやられてしまった。
――置いてけぼりだわ。
婚約者発言で嬉しくなったのだが、こうなると寂しい。
けれども、人に囲まれるイーサンは当惑しながらも嬉しそうにしていたので、ジャスティーナは壁の花に徹することにした。
開幕のベルまで話し込み、結局少し遅れて入場することになったのだが、彼が申し訳なさそうだったので、ジャスティーナは何も言うまいと劇に集中した。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
私を婚約破棄した国王が処刑されたら、新しい国王の妃になれですって? 喜んで…と言うとでも?
あんど もあ
ファンタジー
幼い頃から王子の婚約者だったアイリスは、他の女性を好きになった王子によって冤罪をかけられて、田舎で平民として生きる事に。
面倒な貴族社会から解放されて、田舎暮らしを満喫しているアイリス。
一方、貴族たちの信頼を失った王子は、国王に即位すると隣国に戦争を仕掛けて敗北。処刑される。
隣国は、アイリスを新しい国王の妃にと言い出すが、それには思惑があって…。
婚約破棄で異世界転生を100倍楽しむ方法 ‐漫画喫茶は教育機関ではありません‐
ふわふわ
恋愛
王太子エランから、
「君は優秀すぎて可愛げがない」
――そう告げられ、あっさり婚約破棄された公爵令嬢アルフェッタ。
だが彼女は動揺しなかった。
なぜなら、その瞬間に前世の記憶を取り戻したからだ。
(これが噂の異世界転生・婚約破棄イベント……!)
(体験できる人は少ないんだし、全力で楽しんだほうが得ですわよね?)
復讐? ざまぁ?
そんなテンプレは後回し。
自由になったアルフェッタが始めたのは、
公爵邸ライフを百倍楽しむこと――
そして、なぜか異世界マンガ喫茶。
文字が読めなくても楽しめる本。
売らない、複製しない、教えない。
料金は「気兼ねなく使ってもらうため」だけ。
それは教育でも改革でもなく、
ただの趣味の延長だったはずなのに――
気づけば、世界の空気が少しずつ変わっていく。
ざまぁを忘れた公爵令嬢が、
幸運も不幸もひっくるめて味わい尽くす、
“楽しむこと”がすべての異世界転生スローライフ譚。
※漫画喫茶は教育機関ではありません。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
婚約破棄されたので隣国で働きます ~追放侯爵令嬢、才覚だけで王妃候補に成り上がる~
鷹 綾
恋愛
内容紹介
王宮改革は、英雄の一声では成し遂げられない。
王太子に招かれ、王宮顧問として改革に携わることになった
ルビー・エルヴェール。
彼女が選んだ道は、力で押し切る改革でも、敵を断罪する粛清でもなかった。
評価制度の刷新、情報公開、説明責任、緊急時の判断、責任の分配――
一つひとつの制度は正しくても、人の恐れや保身が、改革を歪めていく。
噂に揺れ、信頼が試され、
「正しさ」と「速さ」、
「個人の覚悟」と「組織の持続性」が、幾度も衝突する。
それでもルビーは、問い続ける。
――制度は、誰のためにあるのか。
――信頼とは、守るものか、耐えるものか。
――改革者は、いつ去るべきなのか。
やがて彼女は、自らが築いた制度が
自分なしでも動き始めたことを確かめ、静かに王宮を去る。
残されたのは、名前の残らない改革。
英雄のいない成功。
だが確かに「生き続ける仕組み」。
これは、
誰かが称えられるための物語ではない。
考えることを許し、責任を分かち合う――
その文化を残すための、40話の改革譚。
静かで、重く、そして誠実な
“大人のための王宮改革ファンタジー”。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる