37 / 56
第二部
解けない魔法7
しおりを挟む
愛を語る歌声で、劇が終わる。
消されていた照明が再び灯され、人々は物語から現実世界に引き戻された。
ジャスティーナもその一人で、夢から覚めたように周りを見渡す。そうして隣のイーサンと目が合い、いつの彼ではなく役者のような美形だったため、一瞬驚いてしまった。
「どうかしたか?」
少し傷ついたような顔をされたので、ジャスティーナは、これはまずいと劇の感想を口にする。
「本当に感動したわ。誘ってくれてありがとう」
「それはよかった。俺も嬉しい」
心の底からそう思っていたので、浮かべた笑みも自然で、イーサンは安堵したように表情を和らげる。
その後ジャスティーナはニコラスを待たせるのも悪いと、そのまま真っ直ぐ屋敷へ送ってもらうつもりだった。けれども集まった貴族たちはそれを見逃さなかった。
歌劇場は、観劇する場所が中心だが、その隣には社交の場が設けられえていた。軽い食事とワインを含んだ飲み物が用意されており、ジャスティーナたちは押されるようして引き込まれる。
観劇は夫婦又は恋人同士で楽しむものだと彼女は思い込んでいた。しかし女性だけや、その親兄弟を同伴して楽しむ人々も多く、ジャスティーナという婚約者がいるにもかかわらず、イーサンは熱い視線を向ける令嬢たちに囲まれていた。
戸惑っているのはジャスティーナにもわかるが、鼻の下を伸ばしているようにも見えて、苛立ちが募る。
そうして彼女がハンズ伯爵と話をしている間に、イーサンは彼女から離れ、別の女性の群れに連れて行かれてしまった。
――どういうこと?
伯爵との話を打ち切り、追いかけようとしたのだが、足を止める。
顔を変えたイーサンは本当に別人のようだった。
奥手で、触れてくる時もわざわざ確認するような彼だったのに、挨拶に過ぎないが、その手に口づけをしたり、わなわなとジャスティーナの中で怒りが溜まっていく。
けれども、顔を変えた今の彼には、その行動が自然でとても似合っていた。
なので、膨らんだ怒りはあっという間に小さくなり、疑問が沸き起こる。
――あれは、誰なの?イーサン様?私に優しさを教えてくれたイーサン様なの?
彼の行動を見ていると、まるで元婚約者のシュリンプのようで、ジャスティーナは彼を目で追うことが辛くなり、落ち着こうと飲み物を取りにいく。
「これは、これはホッパー男爵令嬢。こんなところでどうしたんです?」
「……ニコラス?」
髪色が違ったが、料理人であり、庭師であり、御者でもある彼が、貴族の身なりをして隣に立っていた。
「モリーに頼まれたんですよ。まったく、本当。旦那様には困ってしまいますね。モリーが知ったら、一発殴ってそうです。そういう俺も同じ気持ちですが。こちらでお待ち下さい。すぐに連れてきますから」
ニコラスは片目をつぶって口角を少し上げると、優雅に女性たちの群れに飛び込んでいった。
程なくして、顔色を変えたイーサンが戻ってきて、ジャスティーナはニコラスがなんといって連れ戻したか気になる。
しかし彼はその答えを言わないまま、先に馬車で待っていると伝え、二人をその場に残した。気まずい雰囲気が流れるがそれを壊したのはイーサンであった。
「あの、悪かった。でもそういうことじゃないんだ。なんだか断れなくて」
――怒っているとでも、ニコラスが言ったのね。確かにそうだけど。断れないって。すごい手慣れている感じだったけど。
いろいろ思うところがあったが、イーサンはしどろもどろで、ジャスティーナはおかしくなって令嬢らしからぬ笑い声をあげたくなった。
このままだと大きな笑い声をあげてしまうと、彼女はイーサンの腕に自分の腕を絡めると、逃げるようにその場を後にした。
歌劇場を出ると、ニコラスが御者の格好に戻り待っていた。目を瞬かせたが、イーサンにも勧められジャスティーナは馬車に乗り込む。
動き出した馬車の中で、最初に口を開いたのは彼女だった。
「イーサン様。今日はとても楽しかったわ」
「そうか。よかった」
――でも他の女性にデレデレするのはやめてほしかったけど。
ジャスティーナはそう言いたかったが、気分が良さそうな彼に水を差すようで、控える。それでも確かめなければとある疑問を口にする。
「イーサン様、今日ものすごく手慣れている感じだったわ。歌劇場に来たことがあるの?」
「すごい手慣れている?歌劇場に来たのは初めてだ。もちろん、観劇も」
「自分では気がつかないのね。やはり薬のせいかしら?」
――イーサン様はまるで別人のように振舞っていた。薬の作用としか思えないわ。
ジャスティーナの声は小さくて、彼には届かなかったようだ。首を傾げて、彼女を見ていた。
「イーサン様。薬を飲んだあなたは顔だけじゃなくて、その振る舞いも別人のようなの。だから、私は心配で」
正直な話、薬を飲んで社交の場に出る彼はまるでシュリンプのようで、ジャスティーナは好きじゃなかった。
心配というのは本当に気持ちではない。
彼の体調には問題がないのだから。
「あの、私はあなたに薬を使ってほしくないの」
彼女の言葉に、イーサンは不快感をそのまま表す。
美しい顔が歪み、ジャスティーナの鼓動が早まる。
「ジャスティーナ。俺は普通の男として、あなたと出かけたいんだ。今日は悪かった。もう女性の誘いに乗ったりしない。だから、また一緒に出かけてほしい」
薬を飲んで、とは付け加えていない。
しかし、それは薬を使って姿を変えた彼と一緒にという、意味に間違いなかった。
「イーサン様……」
――元の彼に戻ってほしい、元の彼と出かけたい。
ジャスティーナはそう言いたかった。けれども、一度夜会で失敗している話を聞いているので、そんなこと言えるはずがなかった。
「ええ」
なので彼女は小さくそう答えただけだった。
消されていた照明が再び灯され、人々は物語から現実世界に引き戻された。
ジャスティーナもその一人で、夢から覚めたように周りを見渡す。そうして隣のイーサンと目が合い、いつの彼ではなく役者のような美形だったため、一瞬驚いてしまった。
「どうかしたか?」
少し傷ついたような顔をされたので、ジャスティーナは、これはまずいと劇の感想を口にする。
「本当に感動したわ。誘ってくれてありがとう」
「それはよかった。俺も嬉しい」
心の底からそう思っていたので、浮かべた笑みも自然で、イーサンは安堵したように表情を和らげる。
その後ジャスティーナはニコラスを待たせるのも悪いと、そのまま真っ直ぐ屋敷へ送ってもらうつもりだった。けれども集まった貴族たちはそれを見逃さなかった。
歌劇場は、観劇する場所が中心だが、その隣には社交の場が設けられえていた。軽い食事とワインを含んだ飲み物が用意されており、ジャスティーナたちは押されるようして引き込まれる。
観劇は夫婦又は恋人同士で楽しむものだと彼女は思い込んでいた。しかし女性だけや、その親兄弟を同伴して楽しむ人々も多く、ジャスティーナという婚約者がいるにもかかわらず、イーサンは熱い視線を向ける令嬢たちに囲まれていた。
戸惑っているのはジャスティーナにもわかるが、鼻の下を伸ばしているようにも見えて、苛立ちが募る。
そうして彼女がハンズ伯爵と話をしている間に、イーサンは彼女から離れ、別の女性の群れに連れて行かれてしまった。
――どういうこと?
伯爵との話を打ち切り、追いかけようとしたのだが、足を止める。
顔を変えたイーサンは本当に別人のようだった。
奥手で、触れてくる時もわざわざ確認するような彼だったのに、挨拶に過ぎないが、その手に口づけをしたり、わなわなとジャスティーナの中で怒りが溜まっていく。
けれども、顔を変えた今の彼には、その行動が自然でとても似合っていた。
なので、膨らんだ怒りはあっという間に小さくなり、疑問が沸き起こる。
――あれは、誰なの?イーサン様?私に優しさを教えてくれたイーサン様なの?
彼の行動を見ていると、まるで元婚約者のシュリンプのようで、ジャスティーナは彼を目で追うことが辛くなり、落ち着こうと飲み物を取りにいく。
「これは、これはホッパー男爵令嬢。こんなところでどうしたんです?」
「……ニコラス?」
髪色が違ったが、料理人であり、庭師であり、御者でもある彼が、貴族の身なりをして隣に立っていた。
「モリーに頼まれたんですよ。まったく、本当。旦那様には困ってしまいますね。モリーが知ったら、一発殴ってそうです。そういう俺も同じ気持ちですが。こちらでお待ち下さい。すぐに連れてきますから」
ニコラスは片目をつぶって口角を少し上げると、優雅に女性たちの群れに飛び込んでいった。
程なくして、顔色を変えたイーサンが戻ってきて、ジャスティーナはニコラスがなんといって連れ戻したか気になる。
しかし彼はその答えを言わないまま、先に馬車で待っていると伝え、二人をその場に残した。気まずい雰囲気が流れるがそれを壊したのはイーサンであった。
「あの、悪かった。でもそういうことじゃないんだ。なんだか断れなくて」
――怒っているとでも、ニコラスが言ったのね。確かにそうだけど。断れないって。すごい手慣れている感じだったけど。
いろいろ思うところがあったが、イーサンはしどろもどろで、ジャスティーナはおかしくなって令嬢らしからぬ笑い声をあげたくなった。
このままだと大きな笑い声をあげてしまうと、彼女はイーサンの腕に自分の腕を絡めると、逃げるようにその場を後にした。
歌劇場を出ると、ニコラスが御者の格好に戻り待っていた。目を瞬かせたが、イーサンにも勧められジャスティーナは馬車に乗り込む。
動き出した馬車の中で、最初に口を開いたのは彼女だった。
「イーサン様。今日はとても楽しかったわ」
「そうか。よかった」
――でも他の女性にデレデレするのはやめてほしかったけど。
ジャスティーナはそう言いたかったが、気分が良さそうな彼に水を差すようで、控える。それでも確かめなければとある疑問を口にする。
「イーサン様、今日ものすごく手慣れている感じだったわ。歌劇場に来たことがあるの?」
「すごい手慣れている?歌劇場に来たのは初めてだ。もちろん、観劇も」
「自分では気がつかないのね。やはり薬のせいかしら?」
――イーサン様はまるで別人のように振舞っていた。薬の作用としか思えないわ。
ジャスティーナの声は小さくて、彼には届かなかったようだ。首を傾げて、彼女を見ていた。
「イーサン様。薬を飲んだあなたは顔だけじゃなくて、その振る舞いも別人のようなの。だから、私は心配で」
正直な話、薬を飲んで社交の場に出る彼はまるでシュリンプのようで、ジャスティーナは好きじゃなかった。
心配というのは本当に気持ちではない。
彼の体調には問題がないのだから。
「あの、私はあなたに薬を使ってほしくないの」
彼女の言葉に、イーサンは不快感をそのまま表す。
美しい顔が歪み、ジャスティーナの鼓動が早まる。
「ジャスティーナ。俺は普通の男として、あなたと出かけたいんだ。今日は悪かった。もう女性の誘いに乗ったりしない。だから、また一緒に出かけてほしい」
薬を飲んで、とは付け加えていない。
しかし、それは薬を使って姿を変えた彼と一緒にという、意味に間違いなかった。
「イーサン様……」
――元の彼に戻ってほしい、元の彼と出かけたい。
ジャスティーナはそう言いたかった。けれども、一度夜会で失敗している話を聞いているので、そんなこと言えるはずがなかった。
「ええ」
なので彼女は小さくそう答えただけだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
私を婚約破棄した国王が処刑されたら、新しい国王の妃になれですって? 喜んで…と言うとでも?
あんど もあ
ファンタジー
幼い頃から王子の婚約者だったアイリスは、他の女性を好きになった王子によって冤罪をかけられて、田舎で平民として生きる事に。
面倒な貴族社会から解放されて、田舎暮らしを満喫しているアイリス。
一方、貴族たちの信頼を失った王子は、国王に即位すると隣国に戦争を仕掛けて敗北。処刑される。
隣国は、アイリスを新しい国王の妃にと言い出すが、それには思惑があって…。
婚約破棄で異世界転生を100倍楽しむ方法 ‐漫画喫茶は教育機関ではありません‐
ふわふわ
恋愛
王太子エランから、
「君は優秀すぎて可愛げがない」
――そう告げられ、あっさり婚約破棄された公爵令嬢アルフェッタ。
だが彼女は動揺しなかった。
なぜなら、その瞬間に前世の記憶を取り戻したからだ。
(これが噂の異世界転生・婚約破棄イベント……!)
(体験できる人は少ないんだし、全力で楽しんだほうが得ですわよね?)
復讐? ざまぁ?
そんなテンプレは後回し。
自由になったアルフェッタが始めたのは、
公爵邸ライフを百倍楽しむこと――
そして、なぜか異世界マンガ喫茶。
文字が読めなくても楽しめる本。
売らない、複製しない、教えない。
料金は「気兼ねなく使ってもらうため」だけ。
それは教育でも改革でもなく、
ただの趣味の延長だったはずなのに――
気づけば、世界の空気が少しずつ変わっていく。
ざまぁを忘れた公爵令嬢が、
幸運も不幸もひっくるめて味わい尽くす、
“楽しむこと”がすべての異世界転生スローライフ譚。
※漫画喫茶は教育機関ではありません。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
婚約破棄されたので隣国で働きます ~追放侯爵令嬢、才覚だけで王妃候補に成り上がる~
鷹 綾
恋愛
内容紹介
王宮改革は、英雄の一声では成し遂げられない。
王太子に招かれ、王宮顧問として改革に携わることになった
ルビー・エルヴェール。
彼女が選んだ道は、力で押し切る改革でも、敵を断罪する粛清でもなかった。
評価制度の刷新、情報公開、説明責任、緊急時の判断、責任の分配――
一つひとつの制度は正しくても、人の恐れや保身が、改革を歪めていく。
噂に揺れ、信頼が試され、
「正しさ」と「速さ」、
「個人の覚悟」と「組織の持続性」が、幾度も衝突する。
それでもルビーは、問い続ける。
――制度は、誰のためにあるのか。
――信頼とは、守るものか、耐えるものか。
――改革者は、いつ去るべきなのか。
やがて彼女は、自らが築いた制度が
自分なしでも動き始めたことを確かめ、静かに王宮を去る。
残されたのは、名前の残らない改革。
英雄のいない成功。
だが確かに「生き続ける仕組み」。
これは、
誰かが称えられるための物語ではない。
考えることを許し、責任を分かち合う――
その文化を残すための、40話の改革譚。
静かで、重く、そして誠実な
“大人のための王宮改革ファンタジー”。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる