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第二章 私はあなたの姉で、恋人ではありません
募る苛立ち
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「逃げたい」
私のぼやきに、メグは苦笑いで答える。
マリーの部屋で暮らし始めて一週間。
私の生活は本当にどうしようもない。
食事はマリーが好きだった献立ばかり。お菓子も午前中と午後に二回。お世話係としてメグがいつも側にいてくれる。
屋敷を歩き回るのは自由、けれども使用人たちの視線がなんだか嫌でどうも出歩く気分になれない。屋敷の外に出るのは今の所、許可されていない。ロン曰く、来週に時間ができるからその時一緒にと。
贅沢な暮らし、何もせずただ享受するだけ。
マリーであれば何も疑問を持たず生活できたかもしれない。
でも私はジャネットだ。マリーだったとしても、今はジャネット。
こうして何もせず怠惰に毎日を送るのは嫌だ。
屋敷の外に出られないのも嫌。
「贅沢だとわかってるけど、逃げたい」
私の言葉にメグは答えない。
どうして、こんなことに。
小さい時から母について何かしら働いていた。こんな怠惰な日々は未だかつてない。けれども楽しめない。
メグはロンに言い含められているのだろう。この話をするといつも黙ってしまう。
「今日のお昼は部屋で一人で食べたい」
マリーの大好物の鮭のクリーム煮。
私(ジャネット)ももちろん好きだ。だけど、大好物というわけではない。今の私はジャネットだから。
「ロンにもそう伝えてくれる?」
「わかったわ」
メグはうなづいてくれて、ほっとする。
食事はいつもロンと一緒だった。夕食はお父様たちと一緒になることが多い。
ロンの気持ちはわかる。
彼はマリーをとても慕っている。だから私がマリーの生まれ変わりだとわかるまで、彼女の思い出に縋り奇行が多かった。
記憶がない私は、それをみて本当に変態だと思っていたくらいだもの。
だから、姉(マリー)を再び失いたくないと、私をある種の軟禁状態に置いている。
メグが部屋を出てからすぐに、扉が叩かれた。
「姉上!」
彼は私の返事を確認するまでもなく、扉を開ける。焦った様子、ロンの髪が乱れていて、背後には困ったような顔をしたメグがいた。
それで私は彼の用件がなんとなくわかった気がした。
「ロン。扉を叩く意味がないと思わない?私が着替え中だったらどうするの?」
それでも言わずにいられなくて、そう口にする。
マリーの部屋に移ってから、このところ、ロンを旦那様と呼んだことがない。悪い傾向だと思うけど、苛立ちが優っていた。
「すみません。姉上。お昼をお一人で取られると聞いて心配になって」
それだけで?
やっぱりロンはどうかしている。
大仰に溜息を吐いてしまう私を許して欲しい。
「一人で食事をしたい気分もあるのよ。別に体調が悪いとかそういうことじゃないから、心配なくても大丈夫よ」
ロンに悪気はない。
だけど、この一週間で苛立ちは高まり続け、爆発寸前だ。
それを堪えて笑顔で彼に答える。
「そうですが。それなら。お茶は一緒にしていただけますか?」
「ロン。あなたは忙しいでしょう?わざわざ時間をとってもらわなくても大丈夫だから」
「わざわざなんて、僕にとっては楽しいお茶の時間です」
ロンは輝かんばかりの笑顔で、無理している様子はない。
昼食は納得してくれたけど、お茶は免れそうもない。
「わかったわ。お茶は一緒にしましょう」
「ありがとうございます。姉上」
ロンの用事はそれだけだったようで、またと言って部屋を出ていく。
なんだかどっと疲れてしまって、大きな溜息を吐く。
「贅沢ってわかっているんだけど……」
「ジャネット。ちょっといい?」
メグが珍しく窺うように私を見ていた。
私のぼやきに、メグは苦笑いで答える。
マリーの部屋で暮らし始めて一週間。
私の生活は本当にどうしようもない。
食事はマリーが好きだった献立ばかり。お菓子も午前中と午後に二回。お世話係としてメグがいつも側にいてくれる。
屋敷を歩き回るのは自由、けれども使用人たちの視線がなんだか嫌でどうも出歩く気分になれない。屋敷の外に出るのは今の所、許可されていない。ロン曰く、来週に時間ができるからその時一緒にと。
贅沢な暮らし、何もせずただ享受するだけ。
マリーであれば何も疑問を持たず生活できたかもしれない。
でも私はジャネットだ。マリーだったとしても、今はジャネット。
こうして何もせず怠惰に毎日を送るのは嫌だ。
屋敷の外に出られないのも嫌。
「贅沢だとわかってるけど、逃げたい」
私の言葉にメグは答えない。
どうして、こんなことに。
小さい時から母について何かしら働いていた。こんな怠惰な日々は未だかつてない。けれども楽しめない。
メグはロンに言い含められているのだろう。この話をするといつも黙ってしまう。
「今日のお昼は部屋で一人で食べたい」
マリーの大好物の鮭のクリーム煮。
私(ジャネット)ももちろん好きだ。だけど、大好物というわけではない。今の私はジャネットだから。
「ロンにもそう伝えてくれる?」
「わかったわ」
メグはうなづいてくれて、ほっとする。
食事はいつもロンと一緒だった。夕食はお父様たちと一緒になることが多い。
ロンの気持ちはわかる。
彼はマリーをとても慕っている。だから私がマリーの生まれ変わりだとわかるまで、彼女の思い出に縋り奇行が多かった。
記憶がない私は、それをみて本当に変態だと思っていたくらいだもの。
だから、姉(マリー)を再び失いたくないと、私をある種の軟禁状態に置いている。
メグが部屋を出てからすぐに、扉が叩かれた。
「姉上!」
彼は私の返事を確認するまでもなく、扉を開ける。焦った様子、ロンの髪が乱れていて、背後には困ったような顔をしたメグがいた。
それで私は彼の用件がなんとなくわかった気がした。
「ロン。扉を叩く意味がないと思わない?私が着替え中だったらどうするの?」
それでも言わずにいられなくて、そう口にする。
マリーの部屋に移ってから、このところ、ロンを旦那様と呼んだことがない。悪い傾向だと思うけど、苛立ちが優っていた。
「すみません。姉上。お昼をお一人で取られると聞いて心配になって」
それだけで?
やっぱりロンはどうかしている。
大仰に溜息を吐いてしまう私を許して欲しい。
「一人で食事をしたい気分もあるのよ。別に体調が悪いとかそういうことじゃないから、心配なくても大丈夫よ」
ロンに悪気はない。
だけど、この一週間で苛立ちは高まり続け、爆発寸前だ。
それを堪えて笑顔で彼に答える。
「そうですが。それなら。お茶は一緒にしていただけますか?」
「ロン。あなたは忙しいでしょう?わざわざ時間をとってもらわなくても大丈夫だから」
「わざわざなんて、僕にとっては楽しいお茶の時間です」
ロンは輝かんばかりの笑顔で、無理している様子はない。
昼食は納得してくれたけど、お茶は免れそうもない。
「わかったわ。お茶は一緒にしましょう」
「ありがとうございます。姉上」
ロンの用事はそれだけだったようで、またと言って部屋を出ていく。
なんだかどっと疲れてしまって、大きな溜息を吐く。
「贅沢ってわかっているんだけど……」
「ジャネット。ちょっといい?」
メグが珍しく窺うように私を見ていた。
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