侯爵令息の数奇な運命

野咲

文字の大きさ
5 / 42
第一章

ハイデル家の箱入りオメガ

しおりを挟む
 僕はソルバリー侯爵ハイデル家の長男として生まれた。6歳の時の性検査でオメガであることが分かってから、僕には常に二人の護衛がつけられ、ほとんど外に出してもらえなくなった。不埒なアルファから身を守るためである。
 オメガは誰彼かまわずアルファを誘い、性交に耽る淫乱で愚かな性だとされている。しかし、だからこそ、たった一人のアルファに操を立て、生涯ただ一人のアルファと番う貞淑なオメガは尊敬された。オメガには二種類しかいない。本能に打ち勝ち、生涯ただ一人の夫を献身的に支える気高いオメガと、本能のまま、獣のように性欲に生きる愚かなオメガ。後者のオメガに人権はない。
 オメガは結婚するまで無垢な体でいること、結婚後は不貞を働かないことが法律で義務付けられている。これを破ったオメガは全ての権利をはく奪され、奉公人となって貴族のアルファの性処理に使われるか、娼館に送られて客を取らされるか、二つに一つの道しかないのだ。だから、オメガはその純潔を大事に守る。しかし、アルファがオメガを襲う事件は後を絶たない。そして、罰せられるのは、いつもアルファを誘惑したオメガだけである。

 僕がオメガであることが分かって、両親はひどく心配した。両親は二人ともベータで、オメガのことをよく分かっていなかった。ともかくオメガは生来淫乱な性で、アルファに迫られれば簡単に身を任せてしまう。父はそう思っていた。
「いいかい、エドワード。決して護衛から離れてはいけない。どんなに親しい間柄の人でも、決して二人きりになってはいけない。いいね? お父様と約束出来るかい?」
 僕がお出かけをするたびに、父は僕にこの約束をさせた。
「はい、お父様!」
 僕にはベータの家庭教師がついて、自宅から出ることもまれだった。それが当たり前だったから、幼い僕は特に不満を感じることもなかった。六歳下のアルファの弟は頻繁に他の貴族の子弟と遊んだり、剣術の稽古へ出かけたりしていたが、僕にはごく少数のオメガの友人がいるだけだった。アルファは社交を担い、オメガは家を守る。そうやって貴族社会は動いていくのだ。

 しかし一六歳を過ぎた頃から、頻繁に色んな家のパーティーに出席させられるようになった。今思えば、あれは婚約者探しだったのだ。たくさんのアルファと引き合わされた。アルファはみんな僕に優しく、僕をちやほやした。侯爵家に生まれた僕は、いうなればステータスの高いオメガだった。僕をモノにすることは、アルファとして最高の誉れだった。王太子すら僕に夢中で、僕もそのことを知っていた。ベータや下位のオメガに尊大な態度をとるアルファたちが、僕の一挙手一投足に気を配り、たった一言でも僕に言葉をかけてもらおうと必死になるのだ。
それまで屋敷の中の狭い人間関係しか知らなかった僕は、このたのしい社交に夢中になってしまった。見目麗しく、聡明な貴族の子弟たちがみんな、僕に夢中なのだ。僕は有頂天だった。これがデビュタント特有の、婚約が決まるまでの間のただ一時の夢だなんて知らなかった。僕は王者にでもなった気分だった。僕はいろんなアルファに気を持たせ、気まぐれに冷たい態度を取り、ときに屈辱的なことばを投げつけたりした。僕はオメガとしての立場をわきまえていなかった。オメガに侮辱されることが、どれほどアルファのプライドを傷つけるかわかっていなかったのだ。

 トマス・オービリーはたくさんいる僕の取り巻きアルファの一人だった。そうそうたるメンバーの中で、トマスはそれほど目立った存在ではなかったから、彼は一生けんめい僕の機嫌を取り、なんでも言うことを聞いて、僕の歓心を得ようとした。しかしバカだった僕は、この便利で言いなりなアルファを軽く見ていた。彼を大勢の前で嘲笑したり、機嫌の悪い日には無視したりした。彼が僕への恨みを募らせていったのは、無理からぬことだったと思う。
 ある日、オービリー家で催された昼餐会に招かれた。そう大きな会ではなかったが、そうそうたるアルファ達がつどう、僕のご機嫌を取るための会であることは明白だった。しかし、その日の僕の関心は彼らアルファではなかった。最近オービリー家で飼いはじめたという猫に会いたかったのだ。
「早く連れてきてよ!」
 僕はご立腹だった。トマスが猫に会わせてやるというからオービリー家まで来てやったのに、トマスが一向に猫を連れてこないのだ。僕は本物の猫をまだ見たことがなかった。ふわふわのかわいい生き物だという知識だけがあって、憧れていたのだ。
「エドワード。猫は繊細な生き物なんだ。こんなにたくさん人がいる場所に連れてきたら、パニックを起こしてしまうよ」
 困ったような顔でトマスが言った。
「じゃあどうすればいいの」
「エドワードから会いに行かないと」
「いいよ。どこにいるの?」
 僕が勢いよく立ち上がると、トマスは慌てた。
「待って、エドワード。大勢で行ったら猫が驚いてしまう。僕とエドワードだけで行こう。護衛も連れて行っちゃだめだ」
「え!?」
 僕は護衛から離れて行動したことがなかったから、さすがに戸惑った。
「エドワードだってもう大人なんだから、護衛なんかいなくたって平気だろ? それとも怖いのかな?」
「怖くなんかない!」
 トマスの物言いは僕のプライドを刺激した。
「じゃあ、こっそり行こう。こっちの扉から出れば、護衛たちには見つからないさ」
 トマスはそう言って、使用人たちが使う、台所とつながっているドアを指した。僕は少し迷った。お父様のいいつけを破ってしまうという不安と、はじめての冒険にワクワクする気持ちの両方があった。でも、どうしても猫というものを見てみたい。僕は胸をドキドキさせながら、トマスに付いていった。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか

まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。 そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。 テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。 そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。 大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。 テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。

たとえば、俺が幸せになってもいいのなら

夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語――― 父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。 弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。 助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。

愛しい番に愛されたいオメガなボクの奮闘記

天田れおぽん
BL
 ボク、アイリス・ロックハートは愛しい番であるオズワルドと出会った。  だけどオズワルドには初恋の人がいる。  でもボクは負けない。  ボクは愛しいオズワルドの唯一になるため、番のオメガであることに甘えることなく頑張るんだっ! ※「可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない」のオズワルド君の番の物語です。 ※他サイトでも連載中

上手に啼いて

紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。 ■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

処理中です...