夢日記

ラララルルル

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     七

 次に目が覚めた時、子どもは何もかもを悟ったかのように澄まして起き上がった。うなされる日もあった、気怠い日もあった、けれども今日は、ちっとも心に波立たない、平穏な起床である。
 悟りとは、しかし、諦めの境地の事である。子どもは心底全部に諦めのつけられた所為で、こう冷静に居られるのである。そして、こういう風に諦めのつけられるのは、大抵は死の直前である事が多い。どうしても死ぬのだと薄々理解し始めて、万策尽き果て逃れるのに一縷の望みも無いと分かって初めて、人はみっともなくもがくことを止めるのである。
 子どもはだから、もうすぐ死ぬとも知れなかった。どうして死ぬのだかは、一向に分からないが。
 もう特段の意味も無かったが、自然と机に向かった。そして、日記帳を開いた。子どもは、過去の頁をぺらぺらと捲って見てみた。そこに記された細かな所業と、書き捨てられた暴言の数々は、どうも別人の為したもののように思えてならなかった。一体、これは本当に自分なのだろうか。そう考えつつ全てに目を通し終えて、真新しい頁に到った。さて、何を書こうか。
 子どもは、ありったけを綴ってやろうとの意気込みの下に、ペンを握った。そして、何の気無しに、最初の一文字目を書き出した。暫く熱中するように書くが、すぐに筆の勢いは衰えて、文章は句点に閉じられた。子どもの頭の中身は、もう空っぽであった。何にも思いつかなくなった。確か、盛り沢山あったはずなのに、少しも書けなかった。今書いたはずの文章も、みるみるうちに瓦解して、崩れて消えて、頁は真っ新に戻ってしまった。——しかし、どうやら何か書いて、消したあとが、残っているようである。
 子どもは、やはり今日あった出来事を、後から思い出して書くのが良い、と考え直した。そうして日記帳を閉じ、扉の前に立った。
 子どもはもう、扉を前にしても、何とも思わないつもりであった。けれども実際は、やっぱり辛い。嫌だなあ、と思う。もうこれは条件反射のようなもので、いかに目覚めを澄んだ心持ちで迎えられるかどうかとは、全く関係の無い話である。——世の中は酷いのだ、子どもはそう思って、外で自分がどうにかなってしまう事を期待して、一歩を踏み出した。勇敢な、一歩を。
 おかしな感じだった。視界に広がるのは、何か観念的なもので、具体的でなかった。しかし、それは、これまでに子どもが目にしてきたものよりも、ずっと壮大であることには、違いが無かった。細かで些細な事象に、自分は囚われ過ぎていたのだ、と子どもは分かった。その荘厳で、広大な雰囲気から、子どもは宇宙を想起した。
 すると、やがてそこら中で、星が一斉に瞬き出した。何と果てしない——こんなに美しく、計り知れない景色を、目にした事は無い。そして子どもは、そこを自由自在に、飛び回る事ができた。
 良く良く観察してみると、星々は互いに求め合っているようだった。今二つ、離れているものが、一つに結合しようとしているのであった。そうして究極的には、全部が一つになりたがっているように見えた。けれどもその中でも、それぞれの星に好き嫌いはあるようで、どの星とくっつきたいのか、自ら選んでいるようにも思えた。
『相思相愛』なんて、滅多に無い事だ、と子どもは憐れんで、それを見ていた。それでも漸くくっつき合う星があると、偶にはそんなこともあるのだと子どもは目を逸らした。
 そのまま宇宙を揺蕩う。星々の隙間には、種々のお家が浮遊しているのだった。皆あの中にいて、ずっと幻を見ているのである。本当はこうして、外にはずっと際限の無い世界が広がっていると言うのに。そして、ここには何の縛りすらなく、自由に世界を見て回る事ができるのだ。
 子どもはこの場所で、正真正銘の自由を得た。どんな権利も侵されることが無く、また他のどんな権利も侵すことが無い。子どもは永遠、この宙に留まっていることもできたし、どこへ出掛けていっても良かった。そして子どもは、やがて知らない星に着陸した。
 その表面は灰色に塗られていて、平らでなく、ゴツゴツとしていた。見渡しても、特段何も特徴的なものは見当たらなかった。暫く当て所なく歩いてみると、地平線から、また別の星が、頭頂を覗かせた。真っ青な、美しい星であった。白い雲がかかって、青色の中には所々陸地が浮かんでいる。子どもはしゃがみ込み、その星を愛でるようにして掌の内に包み込んだ。
 どうやっても逃れようの無いと思っていた不幸が、ほんの少しのきっかけで、嘘のように消え失せることを子どもは初めて理解した。最初から窓や、扉なんて垣根は無くて、それはいつしか自ずとつくられたものである。そして、内と外などと言う、誰でも無い、自分にしか通用しないような線引きをするのである。
 どちらが小さいのか、大きいのかといった至極当たり前のように思える事さえ、実は曖昧である。自分は宇宙の極一部で、殆どのものが気にも留めないような存在であっても、自分では中心にいるつもりである。——子どもはこの星をひとしきり愛でると、そっと離した。
 子どもの身体は、砂のようにして忽ち崩れていった。今離して漂う星のように、子どもの粉末もキラキラと瞬きながら、溶けるようにして宙を飛んだ。子どもは、和やかな心持ちで目を閉じた。そして——やがて子どもの存在は、もう全く消えてなくなった。
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