破滅の足音

hyui

文字の大きさ
上 下
15 / 36

嫉妬

しおりを挟む
「嘘…。信じられない…。」
A夫人は、夫が自分以外の女性とキスをしている写真を偶然にもツイッターで目撃してしまった。
「あの人…、私に内緒でこんな…!許せない…!」

早速、その日の晩に写真を夫に見せて問い詰めた。
「あなた…。この写真、どういうこと?」
「あ、ああ。それは妹との写真だよ。ほら。妹とキスをしたって変じゃないだろ?」
明らかに動揺を見せる夫。A夫人は浮気を確信した。
「あなた!妹がいたなんて話今まで一度も…!」
「うるさいな!妹だと言ったら妹だ!この話はもう終わりだ!僕は疲れてるんだ!寝るぞ!」
「あ!ちょっと!」
夫はそう言って強引に話を打ち切り、部屋に入ってしまった。


(浮気は明らかなのに、謝りもしないなんて…!もう許せない…!)

「奥さんに浮気がバレたんだって!?」
オフィスにて、夫が同僚に昨日の出来事について愚痴をこぼした。
「ああ、参ったよ。家内のやつ、えらい剣幕でなあ…。」
「それで!?どうなったんだ?」
「妹だと言い張ってやったよ。あいつは納得してないようだったけどな。」
「ばっかだねぇ…。そんなわかりやすい嘘ついちゃって。お前、妹なんていないじゃないか。」
「あいつにわかりっこないさ。それに男に女がかなうわけない。」
「お前…、女の怖さ知らねえな?いい加減にしないと、そのうち痛い目見るぞ。」

A夫人はそれからしばらく家を出た。
自宅には夫1人だけとなった。
「ほら、言わんこっちゃない。」
「ふ、ふん!たかだか家を出たくらいで痛くもかゆくもない!むしろ好都合さ!」
「そんなこと言って…。お前、料理できないだろ?」
「……。ここんとこ、カップ麺ばっかだ…。」
「悪いことは言わん。早く謝っとけよ。」


一ヶ月後、夫人は帰ってきた。
「あなた、私が悪かったわ。あなたを疑ったりして、ごめんなさい。私のこと…、許してくれる?」
「ああ、もちろんだとも!俺も声を荒げてしまって悪かった。よく帰ってきてくれたよ。」

「浮気の事は謝らないのね…。」
ボソッと、小声で夫人が呟いた。

「ん?どうかした?」
「ううん。なんでもないわ。それでね、仲直りの印にとっておきの料理をご馳走しようと思うの。」
「とっておきの料理?」
「実は知り合いから沢山貝をもらっちゃったのよ。だから、あなたに貝料理を食べて貰おうと思ってね。」
「貝か。いいね。楽しみだ。実はここのところ、まともな飯を食ってないんだ。」
「あら、じゃあとびきり美味しくしないとね。楽しみにしていて。」


そうして夕食。
食卓には、色取り取りの妻の料理が並んでいた。中央には例の「貝」料理があった。
「おお、うまそう!」
「さあ、冷めないうちにどうぞ。」
「いただきまーす!」
久方ぶりの妻の料理に男は舌鼓をうっていた。
「さあ、じゃあ例の貝料理を…。」
「あ、待って。あなた。」
夫人が、料理に端を伸ばそうとする夫を引き止めた。
「な、なんだよ…。今から食べようって時に…。」
「いや、ちょっとね。この貝料理、ちょっと食べ方があるからあなたに教えようと思って。」
「食べ方?」
「ええ。生のまま、一口に噛まずに飲み込むのよ。」
「また変わった食べ方だな…。」
「でも美味しいらしいわ。知り合いが教えてくれた食べ方なんだから、試して見なきゃ損よ!」
「それもそうだな…。」
訝しながら、夫は「貝」を口に運び、言われるままに噛まずに飲み込んだ。
「どう?」
「うん…。まあ、うまいかな。」
「よかった!さあ、どんどん食べて!」
「お前は食べないのか?」
「実は私、貝たべれないのよ。ちっちゃい時にお腹壊しちゃって。それから貝は苦手なの。」
「そうか…。なんか申し訳ないな。」
「いいの。代わりにあなたに全部あげるから。さあ、どんどん食べて!」

それから、夫人の「貝」料理は毎日続いた。
夫はその料理を毎日残さず食べた。しばらくカップ麺生活をしていた反動と、浮気の後ろめたさからだった。
例の「貝」料理を食べる時も、妻の言いつけ通り、噛まずに一口に飲み込んだ。
そんな生活が一年ほど続いた。

「なんかお前…、やつれてないか?」
オフィス。同僚が夫の様子を心配した。
「そうか?…う~ん。最近そういや調子悪いな。」
「また奥さん怒らせたんじゃないだろな?」
「まさか。あれからはずっと順調さ。言いつけもきちんと守ってるしな。」
「ならいいが…。奥さんを今度こそ怒らせるなよ。女を怒らせたら怖いからな。」
「心配ないさ…。」
心配する同僚にひらひらと手を振って答える夫。…が、夫は突然その場に倒れこんだ。
「おいっ!?どうした!?」
同僚の問いにも答えられない。夫は気を失っていた。
「ッ!?誰か!救急車だ!救急車をよべ!」
そうして夫は搬送された。

「……。死亡、確認されました。」
「手遅れだったか…。」
搬送先の病院で夫は息を引き取った。
「しかし、信じられません。どうしてこんな大量に『こいつ』が…。」
「なぜかはわからん。だが『こいつ』のせいでこの男性は衰弱し、ついには死んでしまった。何を考えていたのか知らんが…。」
狼狽する医師たちが見つめた先には、夫が一年間妻の言いつけを守って飲み込み続けた「ヒル」が、夫の胃の中に蠢めいていた…。
しおりを挟む

処理中です...