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5.センメツ
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ラスクは朦朧としていた。
火薬の匂い。
血の匂い。
誰かの叫び。
誰かの笑い。
記憶の底から湧き上がる光景。
けたたましく鳴り続ける銃声。
倒れていく仲間。
倒れていく敵。
積み上げられていく、骸。骸。骸。
その顔は、その姿は、どれも自分と同じ…。
『遂行せよ。』
一切の疑問が。感情が。塗りつぶされていく。
黒く。黒く。黒く。
『遂行せよ。』
遂行…。
そう、遂行しなければ。
自分の存在理由。存在価値はただそれだけ。
だが、何を遂行すればよいのか。思い出せない。
『死んじまえ!お前らみたいな奴らはみんな死んじまえ!』
誰かの叫びが聞こえる。
自分に言っているのだろうか。
自分にかけられる声。それは「任務」だ。
それ以外ない。
それ以外があるわけがない。
自分は「人間」ではない。
「道具」だ。
「道具」は考えてはいけない。
「道具」はただ与えられた「任務」を為すだけ。
こちらに銃を向ける者がいる。
あれが敵だ。多分、おそらく、きっと。
ならば「実行」しなければ。「実行」しなければ。
そうしてラスクはその銃口を掴んだ。
「任務…了解…。敵対勢力を…殲滅…。」
「なっ…⁉︎」
ラスクは被っているウエスタンハットとマフラーを脱ぎ捨てると、戸惑う男の腕を引っ張り、右肘で顎を砕き、その流れで続いて掴んだ腕に垂直に振り落とした。鈍い音を立てて、男の腕がくの字に折れる。
「ゲェッ…⁉︎」
たまらず男は握っていた銃を手放した。ラスクはその銃を空中で手に取り、苦痛で叫ぶ男の口に向けて引き金を弾いた。
1発の銃声と共に、男の頭部が弾け飛ぶ。
ラスクが放り投げたハットとマフラーが、それと同時に地面に落ちた。
「ら…ラスク…?」
ソーニャは恐る恐る顔を見上げた。
そこには、至近距離で鮮血を浴びておきながら、表情一つ変えずに標的を見据えるラスクの顔があった。
「標的…確認…。対象…8…。」
彼の目に、既に人間は映っていなかった。
目の前にいるのは、ただの「的」。「任務」を果たすための「的」であった。
「コイツ!仲間を!」
「テメェ!何しやがる!」
思わぬ反撃でラスクに一斉に視線が注がれる。だがその顔を見た者はすぐに恐怖で縮み上がった。
獲物を狙う冷たい眼光。
マフラーに隠されていた、口元のコードナンバー。
戦場を経験した者で、その姿を知らない者はいなかった。
「こいつ、DALLSだ!」
「な、何い⁉︎」
背中を向けていたスーツの男が振り返る。
その視線の先、怯えた子分達の向こうに、脳漿を垂れ流す子分を掴みながらこちらを見ている奴がいる。
(ど、DALLSだと…!馬鹿な!何故ここに!)
男は焦った。
戦場でDALLSに出会った時、生き残る者はいない。出会ってしまったなら撤退以外を考えてはならない。
それは最早絶対と言っても良いほどの鉄則であった。
それほどの恐怖の存在が目の前にいる。
既に子分の何人かは逃げ腰になりかけていた。
(落ち着け…!小隊で来たならともかく、相手は一人。しかも見たところ丸腰だ。対してこっちは機関銃を持った奴らがゾロゾロいるんだ。何をビビる事がある…!)
「お前ら!何をやってる!奴は1人だ!逃げ場所もねえ!撃って撃って撃ちまくれ!」
スーツの男が手下達に発破をかける。
その一言で狼狽えていた手下達も踏みとどまる。
そう、頭数でも装備でもこちらが上。やられる要素なんてない。
その考えが再び手下たちに銃を握らせた。
「くたばれぇぇ!」
その声を皮切りに、ラスクに一斉射撃が行われた。
轟音と共に硝煙が巻き上がり、見る見るうちにラスクを覆い隠してしまった。だが、それにも構わずに手下たちは各々が持つ銃を撃ち続ける。
「死ね!人形野郎!」
「ふははは!」
勝てる。
易々と勝てる。
手下達の脳裏に確信がよぎった、その時だ。
硝煙の向こうから、3発の銃声。
その直後、3人が眉間を撃ち抜かれて倒れた。
「な…⁉︎」
さらに2発の銃声、そして2人が倒れる。この2人も眉間を正確に撃ち抜かれていた。
「な…何だ⁉︎奴にやられちまったのか⁉︎」
「そんなはずねえ!アイツは向こうで蜂の巣になってるはずだ!それに煙で見えない中で俺たちに弾を当てられるはずがねえ!」
「じゃあなんでコイツらは死んでんだ!なんで…!」
彼らが言い争う内に、煙が少しずつ晴れていく。
段々と晴れていくうちに、こちらに歩いてくる2人分ののシルエットが浮かび上がってきた。
「あ…!」
3人は戦慄した。
そのシルエットは、ラスクと、彼が最初に撃ち殺した手下だった。その手下は全身を撃ち抜かれ、もはや肉塊と化していた。その肉塊を持ったまま、ラスクは男たちに歩み寄っていた。
「こ…こいつ!人を盾にしやがったんだ!信じられねえ!」
「銃は奴の持っていたものを使ったのか!だが分からねえ!なんで硝煙で見えない俺たちを正確に撃ち抜いたんだ!」
手下たちは知らなかった。
ラスクが最初の男を殺した後の一瞬、標的を一瞥した時に、その位置と身長を全て把握、記憶した事を。
そして、たとえ煙に紛れて見えなくとも、銃の発砲炎から、対象の位置、急所をラスクなら特定可能だということ言うことを。
「対象…残り3…。」
全身を血に染めて、ラスクはなおも男たちに歩み寄る。
手下たちはあまりの恐怖に、完全に戦意を失っていた。
「ば、バケモンだ…!やっぱり相手にしちゃいけなかったんだ…!」
「うああああ!」
混乱した手下の1人が引き金を弾く。だが、銃はカチカチと空しい音を立てるだけだった。そう。先程の銃撃で全ての弾丸を撃ち尽くしたのだ。
だがその手下はそれに気づかず、息を荒げながら夢中で引き金を弾く。震える銃口を必死に両手で抑えながら。まるで神に祈りを捧げる様に。
そんな手下の様子など意に介さず、ラスクはゆっくりと近づいていく。羽織ったコートから、スラリと自前のアーミーナイフを引き抜く。
「来るなっ!く、来るなぁっ!」
後退りする手下の目前まで迫ったラスクは、ナイフをその頸動脈に当てて、一息に引き抜いた。
夥しい程の血が一気に噴き出し、辺りを真っ赤に染めていく。
「対象…残り2…。」
「ヒッ…!」
たまらず残った手下は翻って駆け出した。
なるべく遠くへ。なるべく疾く。
頭の中には「逃げる」こと。ただそれだけが支配していた。
ラスクはそんな手下を目で追うと、持っていた肉塊から頭部を捻じ切り、その男目掛けて放り投げた。それは放物線を描き、20Mほど先の男の頭頂に落下した。
人間の頭部はボーリングの球とほぼ同じ重さだという。そんなものが不意に叩きつけられたのならたまったものではない。その手下は途端に意識白濁となり、その場に倒れ込んだ。
「ハァッ…!ハァッ…!」
親玉であるスーツの男は恐怖でへたれこんでいた。下半身は弛緩し、力が入らない。失禁してしまっていることにも気づかないほどに、感覚が麻痺している。体全体がガタガタ震えて、それでいて目は前方の光景から離せないでいた。
DALLSの男が、今首を当てられて気を失った手下の元へ歩を進めている。振り上げられたアーミーナイフが月明かりに照らされ、いやに光ってみえる。さながら「死神の鎌」だ。
やがてその鎌が振り下ろされた。
刃を突き立てられた手下は、しばらくビクビクと痙攣していたが、やがて息を引き取ったのか、全く身動きをしなくなった。
「…対象…残り1…。」
死神がゆっくりと立ち上がりこちらへ顔を向ける。鎌をもたげてゆっくりとゆっくりとこちらへやってくる。
「や、やめろ!待ってくれ!話し合おう!儲けの3割…いや、半分出す!だから命だけは…!」
男は必死に命乞いをする。
だがラスクの耳には届かない。理解できない。
例えるなら、「虫が何かやかましく騒いでいる」。ラスクにとって、男の命乞いなどそんな程度の認識だった。
「対象…残り1…。」
その刹那、ラスクの脳裏にある映像が浮かぶ。
何ごとかを必死に訴える少年。それを蹴り飛ばす男。
少年は壁に叩きつけられ、血を吐き出す。
「ジ……ロ……。」
ラスクはナイフを持つ手を下ろした。
説得が届いたと思った男は安堵の表情を浮かべて上体を起こした…。
ドンッ
ラスクはその男の上体を蹴り上げた。
ミシリ、と肋骨の折れる音と同時に、男は血を吐き出す。
「ゲェッ…⁉︎」
蹴り上げられた男はそのまま前方に身体を倒れようとしたが、ラスクはそれも許さず、もう一撃前蹴りを叩きつけて、男を吹き飛ばした。
「ウグゥッ…!」
もはや死に体の男に、ラスクはなおも歩み寄る。
その脳裏に、また映像が流れる。
片腕、片足を無くした少女。
その少女を「バケモノ」となじり、さもおかしそうに嗤う男。
「サ……チ……。」
ナイフを持つ手に力がこもる。
ラスクの頭に言葉が浮かぶ。
『…コイツを許すな…。…決して許すな…。…思い知らせろ…。…同じ痛みを…。』
それは、ラスクにとって初めての感覚だった。
「任務」さえも忘れてしまいそうな、どこからか沸々と湧き上がる「熱」。その「熱」がラスクの胸を焼き、脳を焦がしていく。
眩暈すら覚えるその感覚に、ラスクは身を委ねる。
『同じ痛み…。痛みを…。』
苦しそうに咳き込む男の腕を取り、上腕部にナイフを突き立てる。
途端に男の叫びが上がったが、そんな事はどうでもよかった。
ラスクの頭の中にあったのは、「この男が嗤った少女の痛みを少しでも味合わせてやる」というただ一点のみであった。
深々と刺さったナイフを引き抜き、また同じ場所に刺す。
それをただただ繰り返す。腕が引きちぎれるまで。
刃がこぼれ、欠け、折れて、それでも何度も刺し続ける。
何度も。
何度も。何度も。
何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も…。
…気がつけば、叫び声はしなくなっていた。
見下ろすと、まるで壊れた人形のように、片腕のちぎれたスーツの男が横たわっていた。
「任務…完了…。」
誰に言うでもなく、ラスクはそっと呟く。
彼にとって、これは日常だった。「任務」を受け、「遂行」し、「報告」する。それの繰り返し。
淡々と、それを何度も何度も行ってきた。
そう、それは今回も同じ…。
『本当に?』
あってはならない言葉が、彼の鎌首をもたげ始める。
『いつも通りに終わらせたなら、何故いたずらに最後の標的を傷つけた?何故そんな無駄な行為をした?』
「何故…。わからない…。」
自らの問いに答えが出せないまま、意識がまたまどろみ始める。
そうして、彼は血溜まりの中に倒れ、気を失ったのだった。
火薬の匂い。
血の匂い。
誰かの叫び。
誰かの笑い。
記憶の底から湧き上がる光景。
けたたましく鳴り続ける銃声。
倒れていく仲間。
倒れていく敵。
積み上げられていく、骸。骸。骸。
その顔は、その姿は、どれも自分と同じ…。
『遂行せよ。』
一切の疑問が。感情が。塗りつぶされていく。
黒く。黒く。黒く。
『遂行せよ。』
遂行…。
そう、遂行しなければ。
自分の存在理由。存在価値はただそれだけ。
だが、何を遂行すればよいのか。思い出せない。
『死んじまえ!お前らみたいな奴らはみんな死んじまえ!』
誰かの叫びが聞こえる。
自分に言っているのだろうか。
自分にかけられる声。それは「任務」だ。
それ以外ない。
それ以外があるわけがない。
自分は「人間」ではない。
「道具」だ。
「道具」は考えてはいけない。
「道具」はただ与えられた「任務」を為すだけ。
こちらに銃を向ける者がいる。
あれが敵だ。多分、おそらく、きっと。
ならば「実行」しなければ。「実行」しなければ。
そうしてラスクはその銃口を掴んだ。
「任務…了解…。敵対勢力を…殲滅…。」
「なっ…⁉︎」
ラスクは被っているウエスタンハットとマフラーを脱ぎ捨てると、戸惑う男の腕を引っ張り、右肘で顎を砕き、その流れで続いて掴んだ腕に垂直に振り落とした。鈍い音を立てて、男の腕がくの字に折れる。
「ゲェッ…⁉︎」
たまらず男は握っていた銃を手放した。ラスクはその銃を空中で手に取り、苦痛で叫ぶ男の口に向けて引き金を弾いた。
1発の銃声と共に、男の頭部が弾け飛ぶ。
ラスクが放り投げたハットとマフラーが、それと同時に地面に落ちた。
「ら…ラスク…?」
ソーニャは恐る恐る顔を見上げた。
そこには、至近距離で鮮血を浴びておきながら、表情一つ変えずに標的を見据えるラスクの顔があった。
「標的…確認…。対象…8…。」
彼の目に、既に人間は映っていなかった。
目の前にいるのは、ただの「的」。「任務」を果たすための「的」であった。
「コイツ!仲間を!」
「テメェ!何しやがる!」
思わぬ反撃でラスクに一斉に視線が注がれる。だがその顔を見た者はすぐに恐怖で縮み上がった。
獲物を狙う冷たい眼光。
マフラーに隠されていた、口元のコードナンバー。
戦場を経験した者で、その姿を知らない者はいなかった。
「こいつ、DALLSだ!」
「な、何い⁉︎」
背中を向けていたスーツの男が振り返る。
その視線の先、怯えた子分達の向こうに、脳漿を垂れ流す子分を掴みながらこちらを見ている奴がいる。
(ど、DALLSだと…!馬鹿な!何故ここに!)
男は焦った。
戦場でDALLSに出会った時、生き残る者はいない。出会ってしまったなら撤退以外を考えてはならない。
それは最早絶対と言っても良いほどの鉄則であった。
それほどの恐怖の存在が目の前にいる。
既に子分の何人かは逃げ腰になりかけていた。
(落ち着け…!小隊で来たならともかく、相手は一人。しかも見たところ丸腰だ。対してこっちは機関銃を持った奴らがゾロゾロいるんだ。何をビビる事がある…!)
「お前ら!何をやってる!奴は1人だ!逃げ場所もねえ!撃って撃って撃ちまくれ!」
スーツの男が手下達に発破をかける。
その一言で狼狽えていた手下達も踏みとどまる。
そう、頭数でも装備でもこちらが上。やられる要素なんてない。
その考えが再び手下たちに銃を握らせた。
「くたばれぇぇ!」
その声を皮切りに、ラスクに一斉射撃が行われた。
轟音と共に硝煙が巻き上がり、見る見るうちにラスクを覆い隠してしまった。だが、それにも構わずに手下たちは各々が持つ銃を撃ち続ける。
「死ね!人形野郎!」
「ふははは!」
勝てる。
易々と勝てる。
手下達の脳裏に確信がよぎった、その時だ。
硝煙の向こうから、3発の銃声。
その直後、3人が眉間を撃ち抜かれて倒れた。
「な…⁉︎」
さらに2発の銃声、そして2人が倒れる。この2人も眉間を正確に撃ち抜かれていた。
「な…何だ⁉︎奴にやられちまったのか⁉︎」
「そんなはずねえ!アイツは向こうで蜂の巣になってるはずだ!それに煙で見えない中で俺たちに弾を当てられるはずがねえ!」
「じゃあなんでコイツらは死んでんだ!なんで…!」
彼らが言い争う内に、煙が少しずつ晴れていく。
段々と晴れていくうちに、こちらに歩いてくる2人分ののシルエットが浮かび上がってきた。
「あ…!」
3人は戦慄した。
そのシルエットは、ラスクと、彼が最初に撃ち殺した手下だった。その手下は全身を撃ち抜かれ、もはや肉塊と化していた。その肉塊を持ったまま、ラスクは男たちに歩み寄っていた。
「こ…こいつ!人を盾にしやがったんだ!信じられねえ!」
「銃は奴の持っていたものを使ったのか!だが分からねえ!なんで硝煙で見えない俺たちを正確に撃ち抜いたんだ!」
手下たちは知らなかった。
ラスクが最初の男を殺した後の一瞬、標的を一瞥した時に、その位置と身長を全て把握、記憶した事を。
そして、たとえ煙に紛れて見えなくとも、銃の発砲炎から、対象の位置、急所をラスクなら特定可能だということ言うことを。
「対象…残り3…。」
全身を血に染めて、ラスクはなおも男たちに歩み寄る。
手下たちはあまりの恐怖に、完全に戦意を失っていた。
「ば、バケモンだ…!やっぱり相手にしちゃいけなかったんだ…!」
「うああああ!」
混乱した手下の1人が引き金を弾く。だが、銃はカチカチと空しい音を立てるだけだった。そう。先程の銃撃で全ての弾丸を撃ち尽くしたのだ。
だがその手下はそれに気づかず、息を荒げながら夢中で引き金を弾く。震える銃口を必死に両手で抑えながら。まるで神に祈りを捧げる様に。
そんな手下の様子など意に介さず、ラスクはゆっくりと近づいていく。羽織ったコートから、スラリと自前のアーミーナイフを引き抜く。
「来るなっ!く、来るなぁっ!」
後退りする手下の目前まで迫ったラスクは、ナイフをその頸動脈に当てて、一息に引き抜いた。
夥しい程の血が一気に噴き出し、辺りを真っ赤に染めていく。
「対象…残り2…。」
「ヒッ…!」
たまらず残った手下は翻って駆け出した。
なるべく遠くへ。なるべく疾く。
頭の中には「逃げる」こと。ただそれだけが支配していた。
ラスクはそんな手下を目で追うと、持っていた肉塊から頭部を捻じ切り、その男目掛けて放り投げた。それは放物線を描き、20Mほど先の男の頭頂に落下した。
人間の頭部はボーリングの球とほぼ同じ重さだという。そんなものが不意に叩きつけられたのならたまったものではない。その手下は途端に意識白濁となり、その場に倒れ込んだ。
「ハァッ…!ハァッ…!」
親玉であるスーツの男は恐怖でへたれこんでいた。下半身は弛緩し、力が入らない。失禁してしまっていることにも気づかないほどに、感覚が麻痺している。体全体がガタガタ震えて、それでいて目は前方の光景から離せないでいた。
DALLSの男が、今首を当てられて気を失った手下の元へ歩を進めている。振り上げられたアーミーナイフが月明かりに照らされ、いやに光ってみえる。さながら「死神の鎌」だ。
やがてその鎌が振り下ろされた。
刃を突き立てられた手下は、しばらくビクビクと痙攣していたが、やがて息を引き取ったのか、全く身動きをしなくなった。
「…対象…残り1…。」
死神がゆっくりと立ち上がりこちらへ顔を向ける。鎌をもたげてゆっくりとゆっくりとこちらへやってくる。
「や、やめろ!待ってくれ!話し合おう!儲けの3割…いや、半分出す!だから命だけは…!」
男は必死に命乞いをする。
だがラスクの耳には届かない。理解できない。
例えるなら、「虫が何かやかましく騒いでいる」。ラスクにとって、男の命乞いなどそんな程度の認識だった。
「対象…残り1…。」
その刹那、ラスクの脳裏にある映像が浮かぶ。
何ごとかを必死に訴える少年。それを蹴り飛ばす男。
少年は壁に叩きつけられ、血を吐き出す。
「ジ……ロ……。」
ラスクはナイフを持つ手を下ろした。
説得が届いたと思った男は安堵の表情を浮かべて上体を起こした…。
ドンッ
ラスクはその男の上体を蹴り上げた。
ミシリ、と肋骨の折れる音と同時に、男は血を吐き出す。
「ゲェッ…⁉︎」
蹴り上げられた男はそのまま前方に身体を倒れようとしたが、ラスクはそれも許さず、もう一撃前蹴りを叩きつけて、男を吹き飛ばした。
「ウグゥッ…!」
もはや死に体の男に、ラスクはなおも歩み寄る。
その脳裏に、また映像が流れる。
片腕、片足を無くした少女。
その少女を「バケモノ」となじり、さもおかしそうに嗤う男。
「サ……チ……。」
ナイフを持つ手に力がこもる。
ラスクの頭に言葉が浮かぶ。
『…コイツを許すな…。…決して許すな…。…思い知らせろ…。…同じ痛みを…。』
それは、ラスクにとって初めての感覚だった。
「任務」さえも忘れてしまいそうな、どこからか沸々と湧き上がる「熱」。その「熱」がラスクの胸を焼き、脳を焦がしていく。
眩暈すら覚えるその感覚に、ラスクは身を委ねる。
『同じ痛み…。痛みを…。』
苦しそうに咳き込む男の腕を取り、上腕部にナイフを突き立てる。
途端に男の叫びが上がったが、そんな事はどうでもよかった。
ラスクの頭の中にあったのは、「この男が嗤った少女の痛みを少しでも味合わせてやる」というただ一点のみであった。
深々と刺さったナイフを引き抜き、また同じ場所に刺す。
それをただただ繰り返す。腕が引きちぎれるまで。
刃がこぼれ、欠け、折れて、それでも何度も刺し続ける。
何度も。
何度も。何度も。
何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も…。
…気がつけば、叫び声はしなくなっていた。
見下ろすと、まるで壊れた人形のように、片腕のちぎれたスーツの男が横たわっていた。
「任務…完了…。」
誰に言うでもなく、ラスクはそっと呟く。
彼にとって、これは日常だった。「任務」を受け、「遂行」し、「報告」する。それの繰り返し。
淡々と、それを何度も何度も行ってきた。
そう、それは今回も同じ…。
『本当に?』
あってはならない言葉が、彼の鎌首をもたげ始める。
『いつも通りに終わらせたなら、何故いたずらに最後の標的を傷つけた?何故そんな無駄な行為をした?』
「何故…。わからない…。」
自らの問いに答えが出せないまま、意識がまたまどろみ始める。
そうして、彼は血溜まりの中に倒れ、気を失ったのだった。
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