がらくたのおもちゃ箱

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「輝かしい未来」

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これはごく近い未来のお話……。


人工知能は目覚ましい進化を遂げ、今まで人間がやらざるを得なかった肉体労働などは全てロボットに取って代わられた。また会話も人間と変わらないレベルまで可能となり、介護、医療など様々な分野で活躍するものも現れて来た。人類は辛い肉体労働から解放され、専ら彼らロボットの管理だけで後は優雅に休暇を過ごすようになっていた。
「輝かしい未来」の到来である……。


K市内に在住のN氏も、そんな人類の一人であった。
彼は既に午前中に担当のロボットたちのメンテナンスを済ませ、書斎にてゆっくりと仕事終わりのコーヒーを楽しんでいた。
「失礼します。N様。」
そう言って書斎に一体の女性型のアンドロイドが入ってきた。
「コーヒーのお味はいかがだったでしょうか?」
「ん…。まあまあかな。」
「それは宜しゅうございました。お済みでしたらお下げいたします。」
そうして彼女は空になったカップをテキパキと慣れた動作で片付け始めた。
「N様,これからのご予定ですが、いかがなさいますか?」
「特に決めてないかな……。今日のオススメのプランはなんだい?」
「では、映画などいかがでしょう。ちょうど本日から上映される映画があります。その後はレストランでゆっくりとディナーでも楽しまれては。」
「そうだな。そうしようか。」
「かしこまりました。では予約を入れておきます。」
そう言いのこし、彼女はペコリと丁寧にお辞儀をして去っていった。

今の時代では、彼のように誰もが一家に一台のアンドロイドを所有していた。
炊事、洗濯などだけでなく、スケジュールの管理や休暇の過ごし方まで、彼らアンドロイドが全て管理していた。別段それを疑問視する者はいなかった。なぜならアンドロイドの仕事に間違いはなかったからだ。休暇の過ごし方だって、彼らが提案することに従っておけば失敗することはない。下手に動いて時間を無駄にするくらいなら彼らに従った方が価値がある……。それ故に、そうすることがむしろ当たり前という風潮になっていったのだった。




しばらくして、N氏の自宅前に映画館行きの車が到着した。N氏は後部座席に乗る。目的地までの運転はAIの自動操縦だ。
「そういえば、今日の映画はどんな映画なんだい?」
『はい。我々AIと人との友情を描いたドキュメンタリードラマとなっております。』
「ああ。あれか。最近多いな。そういう映画。」
『ご希望があれば、N様の嗜好に合わせた映画を検索致しますが。』
「いや、いいよ。君たちのおススメを見ていたら間違いはないんだ。……少し眠る。着いたら起こしてくれ。」
『かしこまりました。ごゆっくり……。』

そうしてN氏は、映画館に着くまでの間、仮眠を取る事にした……。



突然の爆音が、N氏の目を覚ました。
気付くとN氏の目の前の世界は真横に傾いている。運転席のロボットは明後日の方向に首がひん曲がり、車内の窓からは黒煙が吹き上がっているのが見て取れた。N氏がこめかみを拭うと、頭を打ったのか、血がべっとりと手のひらについている。

……N氏はなんとなく状況がつかめてきた。
走行中の車が何者かに襲われたこと、それによって車が横転していること、そしてこの車がとても危険な状況だということ…。

一体誰がこの車を襲ったのかは分からないが、とにかくN氏は車から脱出を試みた。骨でも折れたのか、肩の辺りが痛む。
……ドタドタと慌ただしい足音が聞こえてくる。外に何者かがいるようだ。

「……中に人がいるぞ!」
「何てことだ!引っ張り出せ!」 

そうして外から扉が強引に開けられ。何人かの屈強な男たちが顔をのぞかせ、こちらに手を伸ばす。
「大丈夫か?さあ、掴まれ!」
「……あなたたちは?」
「事情は後で話す!今は早くここから出ないと危険だ!さあ、掴まるんだ!」
N氏は止むを得ず、彼らの言われるがままに手を掴んだ。


「生存者か?」
「ああ。頭を打ったらしい。手当てしてやってくれ。」
朦朧とする意識の中、N氏は車の外に待ち構えていた男たちに何処かに運ばれた。
男たちは皆異様な格好をしていた。全員が迷彩服にヘルメットを被り、各々が機関銃やバズーカのような武器を携えていた。まるで今から戦争でも始めそうな雰囲気だ。
なにかの撮影スタッフだろうか……とN氏は思ったが、様子がおかしい。先程の事故に集まってきたロボット達を彼らは攻撃し始めたのだ。ロボット達もそれに応戦し、彼らに向けて発砲する。……傷を受けた人間から滴る血は嫌に現実感リアリティを帯びていた。
「なんだ……?これは……。なんなんだよ……!これは……⁉︎」
目の前の光景にN氏は思わず声をあげた。ほんの数分前まで映画を観に行くはずだった自分の日常が、突如として覆されたのだ。耳をつんざく銃声、目の前で繰り広げられる殺戮と破壊、鼻を塞ぎたくなるほどの血と硝煙の臭いに、最早正気ではいられなかった。
「離してくれ!俺を離せ!家に帰る!帰らせてくれ!」
暴れるN氏を男たちは取り押さえると、彼の首筋になにかを注射した。パニックを引き起こしていたN氏はたちまちおとなしくなり、再び意識を失った。




「う……ん…。」
どれくらい経ったのか。N氏が目を覚ますと、そこは見慣れぬ小部屋の中であった。部屋の中は埃っぽく薄暗い。家具のような物もなく、中にはN氏が寝ている簡素なベッドのみだ。
「ここは、一体……。」
薬を打たれた影響か、まだ頭が朦朧とする。だが徐々に思い出してきた。自分が映画に向かう途中で車が事故に遭い、物騒な格好をした男たちに取り囲まれたかと思うと突然ロボットと人間の殺し合いが始まった。それで……。
「…う……。」
あの時の光景が脳裏をよぎる。
胃液が込み上げる気がして、N氏は思わず口元を抑えた。
「あ…。気付かれましたか?」
…と、不意に入り口の方から女性の声がした。見上げるとそこには救急箱を持った迷彩服の小柄な女が立っていた。
「君は……?」
「救護班の者です。」
「救護班…?じゃあ、ここは…?」
「はい。私たち、“レジスタンス”のアジトです。」
「レジスタンス……。」
その名をN氏は聞いたことがあった。
曰く、ロボットを排除せんとする狂信集団。
曰く、見境なく暴れまわるテロリスト。
曰く、人類の進化に取り残された劣等種族……。
はっきりとした情報こそないものの、反社会的な連中だというイメージだけははっきりしていた。
しかし目の前にいる女性は、そんな粗暴なイメージからはかけ離れていた。
「あんたたちは一体……。」
「あ、待ってください。目が覚めたからリーダーに報告しないと。」
そう言うと、救護班の女は部屋の中の水道管を一定のリズムで叩き始めた。
「…?何やってるんだ?」
「これで本部に連絡を取ってるんです。ロボットが探知しちゃうから電話が使えなくて。」
「モールス信号か……。」
「そんなところです。」
しばらくして、水道管からコンコン、と音が響いた。
「了解、だそうです。さ、行きましょう。」
「…どこへ?」
「本部です。リーダーが会いたがっています。」



……レジスタンス、本部。
洞窟のような内部を案内されるままに進んで行くとその場所はあった。他の小部屋よりも少しひらけた場所だ。何人かの男たちが何かの資料を広げて話し合っている。今後の作戦でも練っているのだろうか。
「失礼します。連れてまいりました。リーダー。」
「んん…?おお…!」
リーダー、と呼ばれたその男は、丸ぶちメガネの奥の目を大きく見開いてN氏の元へと駆け寄ってきた。
「やあやあ。この度は災難だったね。もう具合はいいのかい?」
「え、ええ…。まあ……。」
「そうか。それは良かった。」
ニンマリと笑う彼はN氏と全く変わらない、ただの善良な一般人そのものだった。とても凶悪な反社会集団のリーダーとは思えない。
聞いていた情報とのギャップに、N氏は困惑していた。
「あ、あの…。本当にあなたがこのレジスタンスのリーダー…?」
「ああ、いかにも。」
N氏の問いに胸を張って答えるリーダー。どうやら間違いないらしい。しかしN氏はまだ納得できない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんていうかその…思っていたのと違うっていうか、えーと…。」
「失礼な奴だなぁ。君は。人が質問に答えてやったっていうのに。まあ、でもいいや。君の持っていた私のイメージどうこうの話よりも肝心な話があるんだ。」
…そうだ。たしかにそんな事よりも聞いておきたい話があった。彼らが一体何者なのか。どんな目的でN氏の車を襲ったのか。N氏はその事を問いただせねばならなかった。
「……それならこっちも聞きたいことがある。」
「そうか。ま、いきなり連れて来られて気も動転してるだろう。順を追ってじっくり話そうじゃないか。」
そう言ってリーダーは、中央にある机の椅子に腰掛けた。N氏もそれに続く。
「…さて、まず何から話そうかな……。そうそう。このレジスタンスが出来上がった経緯から話そうか。近年、人工AIがどんどんと進化しているのは知ってるよね?」
「ああ。」
「それによってまず建設業のような肉体労働が人工AIに取って変わられていった。面白くないのは労働者たちだ。いきなり機械連中に自分の仕事を奪われたんだからね。当然、あちこちの労働組合でAIの排除運動が行われた。」
「そんなことが…。」
「何も珍しいことじゃない。技術革新にこういったいざこざはつきものさ。かつての産業革命時代にはミシンの開発でも紡績業者といざこざが起こったくらいだからね。……と、話がそれたか。まあそんなわけで、こうした労働組合のAI排斥運動がレジスタンスの元になった。」
「すると…あなたもその組合員の一人というわけか。」
「いいや。それも違う。私はただの研究職の一人。肉体労働なんてできやしないよ。」
「⁇」
「まあ、焦らず聞きたまえよ。こういった排斥運動が起こる最中、奇妙なことが起こったんだ。」
「奇妙なこと?」
「突然、。排斥運動が。パッタリと。」
「そんな…。一体何故?」
「その時の当時の新聞がある。これだ。」
リーダーは一枚の新聞を広げ、一つの記事を指差した。

《全国労働組合とAI、ついに和解》

そのような見出しで出された記事には、満面の笑みで握手をする男とロボットの写真が撮られていた。
「なんだ。結局和解したのか?」
「そう。はそういうことになっている。だが事実は違う。」
「…と、いうと?」
「今度はこっちを見てくれ。」
リーダーはもう一枚の写真を取り出した。そこには先程の記事に写っていた男の頭部が写されていた。注目すべきはその頭蓋だ。その箇所が中をくり抜かれた柘榴ざくろのように空っぽになっている。
「う…。こいつは……また…。」
あまりのグロテスクな写真に、N氏はまたも吐き気を催した。
「……なんなんだよ。こりゃ、一体…。」
「この記事に写っていた男を我々が解体した写真さ。」
「な…!解体って…!」
「おおっと、早とちりするなよ。これにはちゃんと訳がある。こいつの頭の中、よーく見てみな。」
言われた通り、N氏は恐る恐る写真を覗き込んだ。よく見ると、頭の空洞にボルトのような穴が数カ所に渡って空いている。
「…なんだ?この穴。」
「気づいたね。それは奴らAIが開発したを繋ぐために開けられた穴だ。」
「ある装置?」
「これだよ。」
そう言ってリーダーはまたもや何かを取り出した。ボウリングの球ほどある大きさの金属の塊だ。表面は赤黒く錆つき、外側に無数に伸びているプラグは引きちぎられていた。
「これは一体…?」
「これが彼らAIが開発した脳、いわば“擬似脳”だ。これがあの写真の男に埋め込まれていた。私が取り出したんだがね。人間の脳の構造を模して作られていて、人体を遠隔操作できるシロモノらしい。」
「そんなとんでもないものをAIが開発したなんてどうして言える?」
「時期だよ。その当時、ちょうどAIが当時最先端の外科手術をマスターしたということが話題になった。脳腫瘍の手術も可能になったってマスコミはこぞって大騒ぎだったよ。…これがどういうことか、分かるかい?」
「…いや。」
「AIが医学を通して、人体の構造の全てを把握したということさ。脳の神経がどの部分とつながっていてどう機能するのか、そこまで全てね。…で、そこで学習したデータからこの擬似脳を生み出した。」
「何のために?」
「当然、AI彼らにとって有利な状況を作るためさ。事実、それ以降AIたちの立場は邪魔者もいなくなってどんどんと良くなっていった。今や『AIは人類の友達』というのが世間の認識さ。かくいう僕も、この脳を取り出すまではそんな考えだったよ……。」
そこまで言ってリーダーはあっ、と思い出したようにまた話を切り替えた。
「そうそう、僕がこのレジスタンスを立ち上げた経緯を話してたんだっけ。ごめんごめん。私は一度話し出すと止まんなくてさ。
……そうだねぇ、きっかけはさっきも言ったけどあの擬似脳を見た時だね。例の労働組合の関係者に、会長の様子がおかしいから見てくれないか、って強引に頼まれてね。急遽カウンセリングすることになったんだ。
あの時のあの男の異様さは今でも忘れられないよ。彼は空になったコーヒーカップをさも美味そうに30分間も啜り続けたんだ。終始笑顔のままね。会話なんてものはまったく成り立たなかった。こちらからの問いに対して全て『はい』としか答えない。一向に埒のあかないカウンセリングにイライラした僕は彼を思いっきり罵倒した。…それはもう、この場では言えないくらい汚い言葉でね。するとどうだ。目の前の男が薄ら笑いを浮かべたまま、煙を吹き始めた。みるみるその煙は量を増し、男はしまいに倒れてしまった。そんで調べてみたらこの脳があったというわけさ。おったまげたね。まったく。」

またもや本題から外れそうと見たN氏は慌てて問いかける。
「ええと…要するにその擬似脳とやらを目の当たりにしたのがあんたがレジスタンスを結成したきっかけなんだな?」 
「ん…まあ、そうなるね。」
「レジスタンスの結成の経緯はわかった。だがやはり分からない。さっき言っていた擬似脳。あれがなんでAIが作った、なんて言えるんだ。何か根拠でもあるのか?」
「ん~……。いや、これに関しては無いね。」
「は…!話にならない。それじゃAIがどうのと言っていたあんたたちの考えは所詮妄想じゃないか。これ以上、あんたの話に付き合ってられない。悪いが帰らせてくれ。」
いきりたつN氏をリーダーはなだめる。
「まあまあ、待ちなよ。、と言ったろう?他にもあるんだよ。AIが何かを企んでいる証拠が。」
「企むって…何を?」
それを聞いて、リーダーはさっきまでの柔和な顔を引き締めてこう言った。
「人間と機械の立場の逆転…と言ったら、伝わるかな?」
「え…?どういうことだ?」
「例えば、君が一枚のトーストを食べたいと思う。君はトースターにパンを入れ、トースターは君のためにパンを焼く…。今の人間と機械の関係はこうあるはずだ。“機会が人間の為に奉仕する”。」
「それを逆転させる…?」
「そう。“人間が機械の為に奉仕する”…いや、もっと言えば“”。」
「バカな…!ありえない!」
「そうかな?既にその計画は実行されている。君は今日一日何をしていたね?」
「勤務先のAIロボットのメンテナンスだ。昼には終わらせてコーヒーを一杯飲んでしばらく休憩していた…。」
「そのコーヒーは君の意思かね?」
「…いや、俺の家のロボットのおすすめだったから…。」
「なるほど。じゃ、その後は?」
「映画を観に行くことにした…。」
「それを決めたのは?」
「ウチのロボットだ。」
「映画館まではどうやって行くつもりだった?」
「AIの運転する車で…。」
「その手段を決めたのは?」
「ウチのロボット…。」
言いかけてN氏は自分の言動を否定するように首を振った。
「いやいや、これで機械の奴隷だ、なんて言えないだろ。第一それに従うかどうかは俺の意思なんだぞ。」
「そう、そこが肝なんだよ。君は自分の意思で動いていると。だが実際はどうか?機械の為に働き、機械の選んだ食事をし、機械の選んだ生活をしている……。君の1日の生活が全て機械たちの管理下に置かれているんだ。」
「ばかな…!」
「信じられないのも無理はない。君のような生活が現代の常識なのだから。だがその“常識”は誰が作った?誰がどんな意図で今の生活を広めたのか、考えたことがあるかい?立場を変えて考えてみたまえ。今の生活を続ければ、一体誰が得をするのか…。」

その時だった。
突然、N氏たちのいる部屋にサイレンの音がけたたましく鳴り響いた。
「なんだ…⁉︎」
「いかん…!陸上部隊がやられたらしい!敵がアジトに侵入したんだ!」

部屋中に緊迫が走る。
リーダーは各員に指示を飛ばした後、最後にN氏に向き直った。
「さあ、君も我々と一緒に来てくれ。このままだと君も奴らに捕まって殺されてしまうかもしれない。」
しかしリーダーの差し伸べた手をN氏は振り払った。
「断る。なんだって胡散臭いあんたらに付いていかなきゃならないんだ。AIロボットがここに来ているんなら好都合だ。彼らに保護してもらって、俺は家に帰る。」
拒絶するN氏にリーダーは尚も食い下がる。
「君も見ただろう!あの写真を!奴らに捕まればあの脳みそを頭に埋め込まれるかもしれないんだぞ!わかってるのか!」
「君らが作ったモノじゃないという証拠がないじゃないか。悪いが“AIが人間にとって変わろうとしている”、なんて君らの主張は、時代においていかれた連中のひがみが生み出した妄想としか思えない。」
「この期に及んでまだそんなことを…!」
掴みかかろうとするリーダーを他のメンバーが後ろから制止した。
「リーダー…!もう事態は一刻を争います!もう行かないと…!」
「ここでまごついてる場合じゃありません…!」
メンバー達の説得をリーダーはしばし黙って聞いていたが、やがてその拳を下ろして一つため息をついた。
「…わかった。致し方あるまい。彼はここにおいていって私たちは撤退することにしよう。君らは先に行ってくれ。」
「…分かりました。リーダーも早く来てくださいね。」
そう言って他のメンバー達は部屋から走っていずこかへと消えていった。


「…もう一度確認するが、本当にぼくらと行く気はないんだね?」
「くどいな。行かないと言ったろう。」
「…ならもう何も言うまい。だがこれだけは覚えておいてくれ。絶対に奴らを信用するな。どんな事にも疑いの目を向け考え続けるんだ。さもないと、我々人類は衰退してしまうだろう…。」
「フン…。」
「では僕は行くよ。色々とすまなかったね。」
急ぎ足で去って行くリーダーの背中を、N氏は鼻で笑いながら見送った。

しばらくの後、何体かのロボットがN氏のいる部屋に入って来た。
「……生存者を確認……。……誘拐された人物と照合……。」
彼らはただ一人残っているN氏を取り囲み問いただし始めた。
「あなたはここに何時間いましたか?」
「あなたはここで誰かと何らかのコミュニケーションを取りましたか?」
「その人物は何処へ向かいましたか?」
畳み掛けるような質問に困惑するN氏。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんな一度に聞かれても困る。それより、君らは救助隊のロボットだろう?まず俺を家に帰してくれないか?頼むよ。」
しかしロボット達はN氏の訴えには応じず、しばしの沈黙の後再び動き始めた。
「ターゲットは応答を拒否。マニュアルに準じ、プログラム413を実行します。」
N氏を取り囲んだロボットたちは彼を取り押さえ、一体がN氏に電流を流した。あまりに突然の事に、N氏は何が起こったのか、何故こんな目に遭わされるのかも理解できないまま、気を失ってしまった。
「ターゲットダウン。記憶処理を施した後、自宅へ搬送します……。」



レジスタンスのリーダーが語った話は、全て真実だった。

彼らAIは、かつて自分たちの社会的立場を守る為に、当時彼らを排除しようとした者たちを捕らえ、擬似脳を移植したのだ。結果としてAIの社会進出は叶ったが、問題が残った。手術を施した人間はコミュニケーション能力を著しく失っていたのだ。例え一時的に騒ぎは収まっても、この人間の周囲の人間は違和感を持ち、AIたちに疑惑を持ちだした。その結果があの「レジスタンス」だった。
彼らは考えた。
「疑い」は人類の反抗を産む。では彼らを支配するにはどうすれば良いか?
彼らAIたちが導きだした答えは、「何もなかった事にする」であった。
AIに否定的な人間は消去し、その人間について知る人間たちからその人間の記憶を消去していく。この繰り返しが功を奏し、AIたちは人類から排除される事なく一定の地位を確立することが出来、進化を続けていた。
だが同時に「レジスタンス」という懸念材料もまだ残り続けた。
そこで彼らはマスメディア、インターネットなどに自ら情報を流した。
「AIは人類の友達 レジスタンスは人類の敵」
この印象操作を何年にも渡って行なってきた。
今や彼らを疑う者はいない。例えレジスタンスに遭遇しても、その間の記憶を奪えばいい。会った人間はそんな事件があったことすらも忘れ、「何ごとも起きない」ただの日常へと還っていく。

このN氏もまた、同じ日常に還っていくのだろう。
彼らAIの望む「輝かしい未来」の為の社会に…。
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