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第一章
3-1.「先生って、奥さんとデートとかするんですかぁ?」
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「先生って、奥さんとデートとかするんですかぁ?」
わくわく、と顔を輝かせて尋ねるミカに、ハタノは眉を寄せた。
新しい職場に勤めて十日が過ぎた。
相変わらず賑わいはあるものの初日程ではなく、予約制を導入したこともあり仕事は落ち着いている。
久しぶりに固形物の昼食を口にしていたハタノは、カリ、と固いパンを齧りつつ、考える。
「夫婦とは、デートをするものなのですか?」
「え、するでしょ! 結婚しても奥さんと仲良しデートは大事でしょ!?」
「ですが、私達は政略結婚みたいなものですし」
「政略結婚でも愛はあった方がいいじゃないですか。仲良くしておいて損はないですよ? ね、シィラちゃんもそう思うでしょう?」
「ふぇっ!? わ、私にはよく……」
もじ、と、ミカの後輩である少女が身を縮める。
シィラはミカが連れてきた新米の治癒師だ。淡い赤髪に可愛らしい小顔が、男性患者の目をよく惹いている。
仕事に不慣れでまだ気が弱いものの”才”は高く、成長すれば優秀なスタッフになるに違いない。
……しかし、デート。デートとは?
ハタノは大まじめに考えて――確かに、必要かもしれない。
「そうですね。円滑なコミュニケーションの構築は、業務遂行において必要なことではありますね」
「でしょでしょ? だから先生もデートをさぁ」
「ええ。では本日、妻とリスクマネジメント委員会を開きましょう。円滑な婚姻活動を遂行するにあたり、なにか問題がないかきちんと会議を」
「そうじゃねぇよ、デートって言ってんだろこのワーホリ治癒師」
ミカがブチ切れた。
よく分からないが目くじらを立てて大変ご立腹である。ハタノは真面目な返答をしたのだが……。
シィラが「ミカ先輩?」と恐る恐る聞くなか、彼女はにこっと棘のある笑顔で。
「先生ってほら、お仕事はできても家のことはダメダメでしょ? ここは恋愛の先輩である、あたしの言うこと聞くべきだと思うんですよね。でしょ?」
「確かに。しかし、ミカさんは独身ですよね。恋人ができたという話を聞いたことも……」
「先生死にたい? 仕事が暇なら患者増やしてあげよっか?」
ミカがぽきぽきと指を鳴らし、ハタノは首を傾げ、シィラが「先生ー!」と悲鳴をあげた。
*
(とはいえ、デート。先人の知恵に学ぶことは、悪くないかもしれません)
帰宅後、ハタノはチヒロの帰りを待ちながら再考する。
才と血に縛られた政略婚姻においても、双方の仲を深めておくにこしたことはない、という意見は多い。
先達の知恵は借りるべきだろう。
ちなみにデートとは恋人同士ででかけ、美味しいものを食べたり、旅行するのだとか。
(とはいえ、うちの妻は草しか食べないのですが)
と、考えてる間にチヒロが帰宅した。今日は血塗れではなかった。
装備を片付け、いつも通り夕食につく妻。
魔嚙草を小さな口でもぐもぐする様を見ながら、ハタノは――果たして妻に、デート、と切り出して良いのか、と悩む。
……仕事の邪魔では?
「旦那様。どうかされましたか? ずいぶん悩まれているようですが」
「ああ。いえ。……実は私の職場にて、夫婦ならデートをしないのか、と問われまして」
悩んだが、まあ素直に聞いてみても良いだろう、とハタノは切り出す。
チヒロは、こてん、と可愛く小首を傾げた。
「それは必然性のある行為なのでしょうか?」
「推奨はされているようです。夫婦間におけるコミュニケーションの円滑化は、確かに必要なものと言えますし」
と言いつつも、断られるだろうな、と思った。
勇者は多忙だ。魔力消費を回復する休息日はあるが、それでも、彼女が仕事よりデートを優先するとは思えない――
「畏まりました。デート、しましょうか」
「え。宜しいのですか? お仕事は……」
「夫婦間の円滑なコミュニケーションは、業務のひとつと考えます」
それはまあ、確かに、と思わなくもないが。
「しかし、チヒロさん。効果の程は保証できません。自分で言っておいて否定するようですが、単純なコミュにケーションの推進であれば、このように膝を合わせて話し合うことでも解決できますし……」
「旦那様。私は十歳の頃、勇者である母とともに初陣に出向き、緑竜と刃を交えました」
唐突な話の切り替わりに、ハタノが眉を寄せる。
チヒロはそっと、自虐的な笑みを浮かべた。
「竜はすべからく、強力な魔物です。しかし、緑竜はその中において最弱。毒の息吹は耐性があれば容易に克服でき、与し易い相手である、と母より聞きました。まだ勇者の仕事を知らぬ当時の私は、気楽に現場へ向かったのです。そして……」
チヒロがひとつ、嘆息する。悔いるように。
「大空を飛びまわる本物の緑竜に、震え上がりました。身体の芯から、恐怖を覚えたのです」
「チヒロさんでも怯えるのですね。……その心は?」
「何事も、実践しなければ分からないことがある、ということです」
「成程。確かに私も、簡単な治癒だと聞かされ、いざ患者が来たら腹腔内が血塗れなうえ臓器が常人の左右逆で、慌てふためいた覚えがあります」
現場に立ってこそ見えるものがあるのは、妻と旦那の共通認識であるようだ。
なら、デートも机上の空論に終わらず実践することで、新しい知見を得られるかもしれない。
「チヒロさん、新たな知見をありがとうございます。では、デートに挑戦してみましょうか」
「はい。現場に立つのもまた、勇者の業務」
「では次の休日に、速やかに実践を」
ハタノは満足げに頷きつつ、きっと、このデートはうまくいくだろうと感じた。
双方ともに実践主義。かつ”勇者”と”治癒師”。
帝国でも屈指の上位才を持つ二人なら、大抵の困難は解決できるだろう――
「ところで旦那様。デートとは実際なにをするのでしょう」
「…………」
「…………」
「……チヒロさんは、何かご存知ですか?」
「あいにく、その手のことは全く。まあ三人揃えば文殊の知恵、という諺が私の地元にはあります。相談すれば何とかなるでしょう、旦那様」
「素晴らしい諺です。懸念点があるとすれば、三人のうち二人の夫婦レベルがゴブリン以下であることと、三人目が見当たらないことくらいでしょうか?」
「成程。どうやら私達は知らぬ間に、危機的状況にあるようですね」
「ええ。しかし幸い、今回は強敵(デート)と相対するまで時間があります。治癒も魔物退治も、綿密な事前計画を立てることで、発生しうるリスクを洗い出し対策を行うことは可能でしょう」
そうして二人はあれこれと相談しつつ、密かに、
(これは竜退治より難儀なのでは……?)
(患者を診るより難しいのでは……?)
と思ったものの、今さら言い出せず黙ってしまう。
夫婦初心者にとって、デートは大変、荷の重い仕事であった。
わくわく、と顔を輝かせて尋ねるミカに、ハタノは眉を寄せた。
新しい職場に勤めて十日が過ぎた。
相変わらず賑わいはあるものの初日程ではなく、予約制を導入したこともあり仕事は落ち着いている。
久しぶりに固形物の昼食を口にしていたハタノは、カリ、と固いパンを齧りつつ、考える。
「夫婦とは、デートをするものなのですか?」
「え、するでしょ! 結婚しても奥さんと仲良しデートは大事でしょ!?」
「ですが、私達は政略結婚みたいなものですし」
「政略結婚でも愛はあった方がいいじゃないですか。仲良くしておいて損はないですよ? ね、シィラちゃんもそう思うでしょう?」
「ふぇっ!? わ、私にはよく……」
もじ、と、ミカの後輩である少女が身を縮める。
シィラはミカが連れてきた新米の治癒師だ。淡い赤髪に可愛らしい小顔が、男性患者の目をよく惹いている。
仕事に不慣れでまだ気が弱いものの”才”は高く、成長すれば優秀なスタッフになるに違いない。
……しかし、デート。デートとは?
ハタノは大まじめに考えて――確かに、必要かもしれない。
「そうですね。円滑なコミュニケーションの構築は、業務遂行において必要なことではありますね」
「でしょでしょ? だから先生もデートをさぁ」
「ええ。では本日、妻とリスクマネジメント委員会を開きましょう。円滑な婚姻活動を遂行するにあたり、なにか問題がないかきちんと会議を」
「そうじゃねぇよ、デートって言ってんだろこのワーホリ治癒師」
ミカがブチ切れた。
よく分からないが目くじらを立てて大変ご立腹である。ハタノは真面目な返答をしたのだが……。
シィラが「ミカ先輩?」と恐る恐る聞くなか、彼女はにこっと棘のある笑顔で。
「先生ってほら、お仕事はできても家のことはダメダメでしょ? ここは恋愛の先輩である、あたしの言うこと聞くべきだと思うんですよね。でしょ?」
「確かに。しかし、ミカさんは独身ですよね。恋人ができたという話を聞いたことも……」
「先生死にたい? 仕事が暇なら患者増やしてあげよっか?」
ミカがぽきぽきと指を鳴らし、ハタノは首を傾げ、シィラが「先生ー!」と悲鳴をあげた。
*
(とはいえ、デート。先人の知恵に学ぶことは、悪くないかもしれません)
帰宅後、ハタノはチヒロの帰りを待ちながら再考する。
才と血に縛られた政略婚姻においても、双方の仲を深めておくにこしたことはない、という意見は多い。
先達の知恵は借りるべきだろう。
ちなみにデートとは恋人同士ででかけ、美味しいものを食べたり、旅行するのだとか。
(とはいえ、うちの妻は草しか食べないのですが)
と、考えてる間にチヒロが帰宅した。今日は血塗れではなかった。
装備を片付け、いつも通り夕食につく妻。
魔嚙草を小さな口でもぐもぐする様を見ながら、ハタノは――果たして妻に、デート、と切り出して良いのか、と悩む。
……仕事の邪魔では?
「旦那様。どうかされましたか? ずいぶん悩まれているようですが」
「ああ。いえ。……実は私の職場にて、夫婦ならデートをしないのか、と問われまして」
悩んだが、まあ素直に聞いてみても良いだろう、とハタノは切り出す。
チヒロは、こてん、と可愛く小首を傾げた。
「それは必然性のある行為なのでしょうか?」
「推奨はされているようです。夫婦間におけるコミュニケーションの円滑化は、確かに必要なものと言えますし」
と言いつつも、断られるだろうな、と思った。
勇者は多忙だ。魔力消費を回復する休息日はあるが、それでも、彼女が仕事よりデートを優先するとは思えない――
「畏まりました。デート、しましょうか」
「え。宜しいのですか? お仕事は……」
「夫婦間の円滑なコミュニケーションは、業務のひとつと考えます」
それはまあ、確かに、と思わなくもないが。
「しかし、チヒロさん。効果の程は保証できません。自分で言っておいて否定するようですが、単純なコミュにケーションの推進であれば、このように膝を合わせて話し合うことでも解決できますし……」
「旦那様。私は十歳の頃、勇者である母とともに初陣に出向き、緑竜と刃を交えました」
唐突な話の切り替わりに、ハタノが眉を寄せる。
チヒロはそっと、自虐的な笑みを浮かべた。
「竜はすべからく、強力な魔物です。しかし、緑竜はその中において最弱。毒の息吹は耐性があれば容易に克服でき、与し易い相手である、と母より聞きました。まだ勇者の仕事を知らぬ当時の私は、気楽に現場へ向かったのです。そして……」
チヒロがひとつ、嘆息する。悔いるように。
「大空を飛びまわる本物の緑竜に、震え上がりました。身体の芯から、恐怖を覚えたのです」
「チヒロさんでも怯えるのですね。……その心は?」
「何事も、実践しなければ分からないことがある、ということです」
「成程。確かに私も、簡単な治癒だと聞かされ、いざ患者が来たら腹腔内が血塗れなうえ臓器が常人の左右逆で、慌てふためいた覚えがあります」
現場に立ってこそ見えるものがあるのは、妻と旦那の共通認識であるようだ。
なら、デートも机上の空論に終わらず実践することで、新しい知見を得られるかもしれない。
「チヒロさん、新たな知見をありがとうございます。では、デートに挑戦してみましょうか」
「はい。現場に立つのもまた、勇者の業務」
「では次の休日に、速やかに実践を」
ハタノは満足げに頷きつつ、きっと、このデートはうまくいくだろうと感じた。
双方ともに実践主義。かつ”勇者”と”治癒師”。
帝国でも屈指の上位才を持つ二人なら、大抵の困難は解決できるだろう――
「ところで旦那様。デートとは実際なにをするのでしょう」
「…………」
「…………」
「……チヒロさんは、何かご存知ですか?」
「あいにく、その手のことは全く。まあ三人揃えば文殊の知恵、という諺が私の地元にはあります。相談すれば何とかなるでしょう、旦那様」
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「成程。どうやら私達は知らぬ間に、危機的状況にあるようですね」
「ええ。しかし幸い、今回は強敵(デート)と相対するまで時間があります。治癒も魔物退治も、綿密な事前計画を立てることで、発生しうるリスクを洗い出し対策を行うことは可能でしょう」
そうして二人はあれこれと相談しつつ、密かに、
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