不器用”勇者”の幸せな契約婚 ―奥手で誠実すぎる二人は、最高に相性がいいようです―

時田唯

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第一章

2-4.「お帰りなさい、チヒロさん」

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「おい、このクソ治癒師! てめぇのせいで、お、俺様の足がこうなったんだぞ分かってんのか!?」

 翌日、病室を訪れると例の男――名をゴードンという髭面の患者が、ハタノに革袋を投げつけてきた。
 包帯を巻かれた太股は本来あるべき姿より大きく縮み、彼は、二度と歩くことは叶わないだろう。

 損失した肉体を復元する治癒は、存在しない。
 腹に槍を刺された、程度であれば復元可能であるが……今回は無理だ。
 あとは療養し、足がなくても出来る仕事を探すしかない。

 もっとも彼が心安らかに療養できるのは、今日までだが。

「お話は伺いました。ですが、先日の処置は適切だったと私は考えています」
「っ、てめっ、人の足を抉ったくせに適切だとぉ!?」
「深部に至る火傷の場合、正常組織があるところまで肉を削ったのち治癒するのが最適解とされています。炭化した部分にそのまま治癒魔法を被せると、内側から汚染が広がる恐れがありますので」

 等と説明しても、この手合いは文句を言うのを止めないだろう。
 事実、昨晩から既に「男の態度がクソ患者過ぎる」と(主にミカから)クレームの嵐が届いている。

 なので、ハタノは別方向から追撃する。

「ところで、ゴードンさん。火傷を受けた状況についてお聞きしたのですが、当時、あなたのいた山岳には避難指示が出ていたそうです。勇者の放つ大規模火炎魔法で、魔物を一掃する予定が組まれていたと」
「俺は聞いてねぇよ! つうか、聞いてたら火傷してもいいってのか!?」
「ですが、聞いてない、というのは、あり得ないそうです」

 地元の狩人や山菜採りの人から聞いた。
 彼等は等しく「あの日山に入るのはあり得ない」と証言した。

 血染めの勇者チヒロ。
 帝国最優の”才”より放たれる火炎魔法の恐怖を、地元民で知らぬ者はいない。
 竜すら尻尾を巻いて逃げる炎と知りながら、山に籠もるなど自殺行為だ、と。

「となりますと……ゴードンさんはあの日、森で何をされてたのでしょう?」
「治癒できない言い訳を俺のせいにしようってのか?」
「ゴードンさんが被害者であるのは事実です。しかし事故にあったのと、事故に自分から首を突っ込んでいったのではまるで話が違いまして」
「てめぇは憲兵か? なに人様の事情なんか聞きたがる!? そんな権利がお前に――」
「あります。犯罪行為に関わると治癒師が判断した場合、速やかに通報する義務があるので」

 びく、とゴードンの肩が大きく震えた。

 患者がすべて善良な人間だと思ってるようでは、半人前だ。
 暴力組織の人間。薬物中毒。殺人や暴行の隠蔽――患者は息を吸うように、嘘をつく。

 治癒師がその嘘を見過ごせば、それは後に新たな被害者……患者を生む原因になる。

 黙り込んだゴードン。
 代わりに、ハタノは机に革袋をトンと置く。彼が運ばれてきた際、短刀と一緒に腰元に下げていたものだ。
 その口元からは、濃い緑色をした棘のある葉が顔を覗かせている。

「中身は、魔噛草ですね。魔力ポーションの原料にもなる、帝国産の薬草です」
「……魔力回復のために持ってんだよ!」
「狩りや冒険で持ち歩く場合、普通はポーションに加工したものを持つのが一般的です」
「そのまま草喰っても別に」
「食べたこと、ありますか? 苦いですよ、これ」

 あれを素でもぐもぐ出来るのは、ハタノの妻くらいである。
 また彼は見るからに、魔法専門職という気配もない。

 となれば、目的はひとつだ。

「違法採取でしょう。そういえば、ガルア王国に薬物を融通し、雷が落ちた治癒師がいたそうですね。近年、王国ではポーション不足が騒がれているそうですし、いい値で売れそうですが――魔嚙草は帝国の貴重な資源です」
「っ……!」

 ハタノの追求にゴードンは青ざめ、その瞳をぎょろぎょろと彷徨わせ始めた。
 自白しているようなものだが、それでも男は奥歯を噛む。

「し、証拠は、ねぇだろ」
「ええ。が、証拠は必要ありません」
「あ?」
「治癒師にあるのは通報の義務だけで、あとの仕事は専門家がきちんと調べてくれますので」

 じきに憲兵が到着し、男は引き渡されることだろう。
 その後は、ハタノの仕事ではない。

 以上です、と、ハタノは話を切り上げた。
 処置は最善を尽くしたし、死ぬことはないだろう。

 と、椅子から腰をあげたハタノを、男が慌てて掴んだ。

「待て。お前、治癒師だろ! だったら俺を助けてくれよ! なあおい!」
「確かに私は仕事柄、人命を救うことを第一としています」
「だよな? だったら――」
「ですが、人の命には優先順位があります」
「な、っ」
「一人を捨てることで二人が救えるのなら、私はその道を選びます。そして残念ながら、あなたは放っておくと他の方の害になる恐れがありますので……おっと、話をすれば」

 それから程なく、ハタノが通報した憲兵が姿を見せた。

「ま、待て、俺は悪くない、ただ、ガルア王国とアングラウスの連中から依頼を受けただけでっ……」

 ゴードンが呻きながら連行される。

 その背中に、ミカがしっしと手を払いながら鼻を鳴らす。

「はーっ! や―――っと消えた! もう二度と来んな、ばーかばーかー!」
「ミカさんはいつも素直でいいですね」

 もちろん、ハタノは業務を忠実にこなしただけ。
 私情を交えたつもりはない。

 ……それでも。
 心のどこかで、あれは勇者チヒロのミスだけが原因ではないと、伝わればいいな――と、ハタノは思った。

*

 後日、噂で聞いた話だが――
 帝国辺境の山岳を生業の場とする密採集団が、一網打尽にされたという。
 悪名高い組織が動いていたらしいが、彼等は軒並み首を切られ、その遺体はすべて焼かれていたという。



 その夜、チヒロはいつものように無表情で帰宅した。
 ゴブリンの群れを倒した時と同じ、血に塗れた姿で。

 彼女が浴びた返り血は、もしかしたら、魔物のものだけではないかもしれない。
 が、それは彼女の仕事であり、ハタノが口を挟むべきことではない。

 ハタノもまた、男の処遇については語らない。
 彼はただ忠実に職務をこなしただけであり、彼女に感謝されようとも思わない。
 成すべきことを成した、それだけのこと。

 なのでハタノは普段通りに、妻を迎える。

「お帰りなさい、チヒロさん」
「ただいま戻りました、旦那様。いつも遅くなり、申し訳ありません」
「いえ。先にお風呂をどうぞ」

 ――けど。だからといって双方、決して何も知らない訳では、ない。

 業務上の会話をしながら、ハタノはゆるく彼女に微笑み。
 チヒロもまた応えるように、柔らかな笑みを、ハタノに、返した。
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