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第一章
5-2.「てゆーか先生も隅におけないねぇ、奥さんがいない間に美女二人に囲まれて……」
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「ああ、ハタノさんわざわざありがとうございます」
「いえ、仕事ですので」
商人オリマーの屋敷は、辺境街レーヴェの北方に建てられていた。
中庭付きの二階建てという、なかなかに裕福な家だ。
門をくぐり、夫人とともにオリマー氏の下へ。
当の本人はソファに横になり、息子娘に囲まれ、脂汗をかきながらやせ我慢をしていた。
「だから、わしは大丈夫だと言っている!」
「父さんいい加減にしろよ! そんな青い顔で無理があるだろ!」
「他の治癒師に診せてもダメだったじゃない。悪くなる前に、例の治癒してもらいなさいってば!」
「わしは今まで病気のひとつもしてこなかったんだぞ!? こ、こんなのポーション飲んでおけば治るわ!」
「ああもう聞き分けねぇな、クソ親父!」
騒がしい一家らしい。
そしてハタノが顔を見せると、オリマー氏は露骨に顔をひきつらせた。
「お前、家にまで治癒師を呼ぶやつが――」
「いい加減にしなさい!」
スパーン! と強烈に夫の頭をぶったたく夫人。
悲鳴をあげる旦那に構わず、肝っ玉な妻はハタノにぜひどうぞと席を譲る。
「ハタノ先生お願いします。お金は倍、出しますので」
「……それは構いませんが、宜しいのですか?」
まあハタノとしては人命に影響がでる前に処置するつもりだったが、こうも気前よく譲られるのは珍しい。
と、夫人はハタノに向き直り、
「以前、ハタノさんとは帝都中央治癒院で私を診てもらったのですが、覚えておられませんか?」
「……すみません、記憶になく」
何百という患者を診てきたので、特異的な症例は覚えていても人の顔までは記憶にない。
が、患者の一人だったのだろう、夫人はにこやかに微笑まれる。
「先生は丁寧に私を診て下さいました。大した病ではなかったのですが、その時のことを覚えてまして。その先生がこちらに越されたと聞き、これ幸いにとお願いしたのです」
記憶にはないが、頼られるのは悪くない。
それに、仕事がスムーズに進むのは有難い。
「了解しました。では処置をさせて頂きます」
重症ではありませんように。そう願いながら、ハタノは腰元の袋より愛用の手袋と治針を取り出した。
*
オリマー氏は予想通り盲腸炎であった。
盲腸自体は大きく腫れていたものの、幸いにして癒着や穿孔といった諸症状は広がっていない。開いた腹部を治癒魔法で閉じつつ浄化し、鎮痛魔法で痛みもかなり和らげたので、数日もすれば改善するだろう。
当初はビビり散らしていたオリマー商人も、治癒が終わると「ん?」という顔をする。
「もう終わったのかね!? 腹裂き医師の治癒は死ぬほど痛いと聞いたが」
「鎮痛を使いましたので、感覚は鈍いかもしれませんが大丈夫かと思います。ただ、暫くは安静で」
「だから言っただろ父さん、簡単に終わるって」
「もおぉ~心配性なんだからぁ父さんってば!」
「い、いや別にびびってないし! ふん! 全く、うちの息子共は大げさなのだ」
治癒中は退室していた息子娘達も戻り、屋敷は再び騒がしくなった。
その合間に、ハタノは夫人に注意事項を伝える。
食事はいきなり取らないように。腹痛が再燃した場合、汚染と呼ばれる合併症の可能性もあるので速やかに連絡を。あと本件とは関係ないが、少し瘦せるように。
「ハタノ先生、ありがとうございます。ああ、このあと良ければ食事でも……」
「いえ。まだ治癒院に仕事が残ってますし」
ハタノはお誘いを丁重に辞退。
じつは仕事は残ってないが、人様のお屋敷で食事をするのは気を使うし。それに……
「――ほんっと、馬鹿親父! 大げさにもなるだろ、あんな顔してたら。まあいいや、とにかく休んでろよ!」
「う、うるさいっ。まったく、大きくなったら生意気ばかり言いおって!」
口喧嘩しつつも仲良さげな家族の邪魔をしたくないなと、ハタノなりに思ったのだ。
それから治癒院に戻ると、夜遅くにも関わらずミカとシィラが居残りしていた。
魔法灯の灯る診察室で、シィラがミカの腕に沿いながら治癒魔法をかけている。
「どうかしたんですか?」
「ああ、先生! シィラの練習です」
「治癒練ですか」
治癒練とは文字通り、治癒魔法の練習だ。
魔力を集約させる練習。この集約が雑だと、意図してない場所を治癒で縫い付けてしまう時もある。
患者の傷口を指で治癒してたら、自分の指先が傷口に縫い付けられてしまった……とは、たまに聞く失敗談だ。
「で、先生はどうしたんですか?」
「オリマーさんの容体が思わしくないとのことで、治癒してきました」
(また一人でやってるよこの人……ほっとくとすぐ仕事する……)
「ミカさん、何か?」
「いえなんでも! で、シィラ、どう?」
「はい、なんとか……」
シィラが丁寧に、ミカが自分でつけた傷口に治針をあてて治癒している。
”才”が高いと魔力コントロールに難がある場合も多いが、シィラに限っては問題ないようだ。
「よく出来てます。この精度なら、針先に二魔法同時に行使できる練習をしても良いでしょう。治癒と浄化を併用できると、効果が高いですからね」
「ありがとうございます!」
シィラがぱあっと明るく笑い、ハタノも微笑ましい気持ちになる。
仕事を好いてるわけではないが、素直に頑張る人を応援したくなるのは、人の性だ。
そうして二人も練習を終え、ハタノも今日の資料をまとめ終えた頃。
ミカが狙って、ハタノの背中を小突いた。
「ねえねえ先生。この後暇ですか? 暇なら一緒にご飯でも食べません? もちろん、ここはお金持ちな先生のおごりで――」
「あれ。ミカさん、食事に困るほど困窮されてましたか? 給料はきちんと……」
「お前の金で旨い飯食いたいって意味だよ察しろよ高給取り! あとシィラの歓迎会まだだし!」
それもそうかと思ったが、ハタノは家に妻を――
ああ、今は居ないのだった。
まあこの時間なら業務の支障にはならないだろう。
「分かりました。行きましょうか」
「え、いいの!? 冗談だったんだけど……」
「冗談だったんですか?」
「いやいや! まあいいや、行こう! てゆーか先生も隅におけないねぇ、奥さんがいない間に美女二人に囲まれて……」
「食費は折半にしましょうか」
「ごめんなさい!」
あっさり両手を合わせ白旗を上げたミカに、ハタノは柔らかく微笑んだ。
「いえ、仕事ですので」
商人オリマーの屋敷は、辺境街レーヴェの北方に建てられていた。
中庭付きの二階建てという、なかなかに裕福な家だ。
門をくぐり、夫人とともにオリマー氏の下へ。
当の本人はソファに横になり、息子娘に囲まれ、脂汗をかきながらやせ我慢をしていた。
「だから、わしは大丈夫だと言っている!」
「父さんいい加減にしろよ! そんな青い顔で無理があるだろ!」
「他の治癒師に診せてもダメだったじゃない。悪くなる前に、例の治癒してもらいなさいってば!」
「わしは今まで病気のひとつもしてこなかったんだぞ!? こ、こんなのポーション飲んでおけば治るわ!」
「ああもう聞き分けねぇな、クソ親父!」
騒がしい一家らしい。
そしてハタノが顔を見せると、オリマー氏は露骨に顔をひきつらせた。
「お前、家にまで治癒師を呼ぶやつが――」
「いい加減にしなさい!」
スパーン! と強烈に夫の頭をぶったたく夫人。
悲鳴をあげる旦那に構わず、肝っ玉な妻はハタノにぜひどうぞと席を譲る。
「ハタノ先生お願いします。お金は倍、出しますので」
「……それは構いませんが、宜しいのですか?」
まあハタノとしては人命に影響がでる前に処置するつもりだったが、こうも気前よく譲られるのは珍しい。
と、夫人はハタノに向き直り、
「以前、ハタノさんとは帝都中央治癒院で私を診てもらったのですが、覚えておられませんか?」
「……すみません、記憶になく」
何百という患者を診てきたので、特異的な症例は覚えていても人の顔までは記憶にない。
が、患者の一人だったのだろう、夫人はにこやかに微笑まれる。
「先生は丁寧に私を診て下さいました。大した病ではなかったのですが、その時のことを覚えてまして。その先生がこちらに越されたと聞き、これ幸いにとお願いしたのです」
記憶にはないが、頼られるのは悪くない。
それに、仕事がスムーズに進むのは有難い。
「了解しました。では処置をさせて頂きます」
重症ではありませんように。そう願いながら、ハタノは腰元の袋より愛用の手袋と治針を取り出した。
*
オリマー氏は予想通り盲腸炎であった。
盲腸自体は大きく腫れていたものの、幸いにして癒着や穿孔といった諸症状は広がっていない。開いた腹部を治癒魔法で閉じつつ浄化し、鎮痛魔法で痛みもかなり和らげたので、数日もすれば改善するだろう。
当初はビビり散らしていたオリマー商人も、治癒が終わると「ん?」という顔をする。
「もう終わったのかね!? 腹裂き医師の治癒は死ぬほど痛いと聞いたが」
「鎮痛を使いましたので、感覚は鈍いかもしれませんが大丈夫かと思います。ただ、暫くは安静で」
「だから言っただろ父さん、簡単に終わるって」
「もおぉ~心配性なんだからぁ父さんってば!」
「い、いや別にびびってないし! ふん! 全く、うちの息子共は大げさなのだ」
治癒中は退室していた息子娘達も戻り、屋敷は再び騒がしくなった。
その合間に、ハタノは夫人に注意事項を伝える。
食事はいきなり取らないように。腹痛が再燃した場合、汚染と呼ばれる合併症の可能性もあるので速やかに連絡を。あと本件とは関係ないが、少し瘦せるように。
「ハタノ先生、ありがとうございます。ああ、このあと良ければ食事でも……」
「いえ。まだ治癒院に仕事が残ってますし」
ハタノはお誘いを丁重に辞退。
じつは仕事は残ってないが、人様のお屋敷で食事をするのは気を使うし。それに……
「――ほんっと、馬鹿親父! 大げさにもなるだろ、あんな顔してたら。まあいいや、とにかく休んでろよ!」
「う、うるさいっ。まったく、大きくなったら生意気ばかり言いおって!」
口喧嘩しつつも仲良さげな家族の邪魔をしたくないなと、ハタノなりに思ったのだ。
それから治癒院に戻ると、夜遅くにも関わらずミカとシィラが居残りしていた。
魔法灯の灯る診察室で、シィラがミカの腕に沿いながら治癒魔法をかけている。
「どうかしたんですか?」
「ああ、先生! シィラの練習です」
「治癒練ですか」
治癒練とは文字通り、治癒魔法の練習だ。
魔力を集約させる練習。この集約が雑だと、意図してない場所を治癒で縫い付けてしまう時もある。
患者の傷口を指で治癒してたら、自分の指先が傷口に縫い付けられてしまった……とは、たまに聞く失敗談だ。
「で、先生はどうしたんですか?」
「オリマーさんの容体が思わしくないとのことで、治癒してきました」
(また一人でやってるよこの人……ほっとくとすぐ仕事する……)
「ミカさん、何か?」
「いえなんでも! で、シィラ、どう?」
「はい、なんとか……」
シィラが丁寧に、ミカが自分でつけた傷口に治針をあてて治癒している。
”才”が高いと魔力コントロールに難がある場合も多いが、シィラに限っては問題ないようだ。
「よく出来てます。この精度なら、針先に二魔法同時に行使できる練習をしても良いでしょう。治癒と浄化を併用できると、効果が高いですからね」
「ありがとうございます!」
シィラがぱあっと明るく笑い、ハタノも微笑ましい気持ちになる。
仕事を好いてるわけではないが、素直に頑張る人を応援したくなるのは、人の性だ。
そうして二人も練習を終え、ハタノも今日の資料をまとめ終えた頃。
ミカが狙って、ハタノの背中を小突いた。
「ねえねえ先生。この後暇ですか? 暇なら一緒にご飯でも食べません? もちろん、ここはお金持ちな先生のおごりで――」
「あれ。ミカさん、食事に困るほど困窮されてましたか? 給料はきちんと……」
「お前の金で旨い飯食いたいって意味だよ察しろよ高給取り! あとシィラの歓迎会まだだし!」
それもそうかと思ったが、ハタノは家に妻を――
ああ、今は居ないのだった。
まあこの時間なら業務の支障にはならないだろう。
「分かりました。行きましょうか」
「え、いいの!? 冗談だったんだけど……」
「冗談だったんですか?」
「いやいや! まあいいや、行こう! てゆーか先生も隅におけないねぇ、奥さんがいない間に美女二人に囲まれて……」
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