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第一章
6-6.届け。届け。頼む、届け、と。
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「すみません。誰か私に、竜の翼を、くれませんか」
具体的な手順を、閃いた訳ではない。
計画性など皆無に等しく、けれどハタノは本能的に、その言葉を紡いでいた。
もちろん、そんなことを言われても理解できる者はおらず、そもそも銀竜の翼は稀少品である。
許可無く翼を折るなど、許されない――
そんな予測は、じゅっ、と走り抜ける閃光に遮られた。
兵士達がざわめき、驚くハタノの前に、ぽん、と放り出されたのは銀竜の翼。
もうもうと吹き上がる蒸気を払うように現われたのは、新たなる柱となったフィレイヌだ。
「ごめんなさいね、陛下を守るために手間取ってしまって。お詫びは、これでいいかしら?」
「……ありがとうございます、フィレイヌ様」
「お礼は後。必ず助けてねぇ?」
「最善を尽くします」
必ず助けます、とは言えない。
ハタノは今でも99%、彼女が死ぬと理解している。
が、僅かにでも生存の可能性があるのなら、ハタノは最善を尽すのみ。
ハタノは翼の根元を掴み、断面図を観察する。一般的な鳥類の場合、成長した翼には血管が存在しない。鳥の翼は一度完成すれば、それ以上成長する必要性が無いからだ。
対して竜は、真逆。
常に大量の魔力を翼に行き渡らせ、保持する必要がある。
即ち、心臓から魔力を届かせるための大血管が存在するはず――
(見つけた。翼の根元)
魔力走査にて目的らしき大血管を発見。
当然その血管は虚脱し血液も凝固しているが、竜の血は死した後ですら稀少な魔力リソースとして扱われる。であれば。
(余った魔力の循環。チヒロの身体に、竜を移植して魔力を流せば)
魔力が循環する血液循環ルートを作る。そのためには竜と人の動静脈を結ぶのが一番早い。
幸か不幸か、竜とチヒロ、どちらも心臓が止まっているため血管を切断しても大出血には至らない。物理的に結ぶことはできるはずだ。その後に魔力的なショックを与え、勇者自身のもつ自己治癒力に全てを賭ける。
狂人の資料によれば、繋いだ腕から血管が伸びたくらいだ。竜の翼に食らいついて蘇る可能性も、ゼロではない――
もちろん、別生物同士の血管を結ぶなど異種移植も甚だしい。
拒絶反応だとか汚染だとか、常識で考えるだけで気が狂いそうな所行だ。正直、ハタノも頭がおかしくなりそうな感覚があるし、馬鹿げていると言われても否定出来ない。
(けど、他に、方法がない)
チヒロは既に死に体だ。今さら失敗したとて、死体をちょっと損壊した程度の話。
周囲から非難されるだろうが、チヒロなら「いいからやれ」と言う気がした。
妻には価値があるが、妻の死体には価値が無い。その尊厳を侮辱しようと、1%でも可能性があるなら試すべきだ。
利用する血管は、そのまま肩口の傷を使う。雷帝様の時とおなじ手順だ。
ハタノは肩の皮膚を開き、筋肉そして鎖骨を裂き、目的の血管へと針を進める。
触れたチヒロの血管はすでに虚脱し、頼りなくぺしゃっと潰れていた。このままでは全く使えないが――
(できれば”創造”魔法は、使いたくないのですが)
やむなく、ハタノは切り札を切った。
創造魔法は”治癒”、”復元”ですら成し遂げられない自前の物質を作る、ハタノが使える中でも最上級の魔法だ。ただし魔力消費が極めて重く、作成できるのは小指サイズ程度でしかなく、所詮、人工物に過ぎない。
本物の血管には遠く及ばず、すぐにボロが出る欠陥品だ。
けど、短時間だけでも繋ぐのであれば。
ハタノの手にバチバチと火花が散る。脳内で人工物の白い血管をイメージし、Y字型の二叉に構築する。
元の血管から、竜の翼へ分岐する血管と、元の腕へと繋がる血管、その両者へ繋がる姿を頭のなかで三次元的に浮かべ、イメージを世界に押し出すよう力を込めつつ手の平を開き――
「っ、ぐうっ……!」
意識が遠のきそうになり、踏ん張った。
視界が狭まる。息が荒い。
気づけばべったりと、全身から吹き出した汗が身体中に張り付いている。
酷い貧血でも起こしたような症状に、ハタノはぜーぜーと息をつき、涎を零しながら意識を保つ。
(まずい。魔力が足りない)
雷帝様の元で治癒魔法を行使しすぎた。
そして今しがた発動した“復元”に、がっつり魔力を持って行かれた。
ポーションは既に、回復上限に達している。これ以上使っても効果は無いし、意識が飛ぶだけだ。
「ああ、くそっ!」
ハタノは治針を掴み、自らの太股にぶっ刺した。
激痛で意識を保ち、このまま続ければ死ぬぞという身体の警告を無視しながら治癒魔法を振り絞るも、どうしても、魔力の枯渇という限度に直面する。
誰か。誰か魔力をよこせ。
祈りながらも、同時に、祈るだけ無駄だとハタノは理解している。そもそも外部から魔力を注入できる魔法があるなら、既にハタノがチヒロに使っている。
魔力を他人に譲渡する魔法は、この世に存在しない。
そして祈る程度で現実が変わるのなら、人の世に悲劇は溢れていない。
(もう少し、本当にもう少し……!)
自身を叱咤しつつ、けど、これはもうダメだと理性が判断。
それ以前にハタノの身体が持たず、意識が暗くなりかけた――
その時。
ハタノの背に、トン、と誰かの手が乗せられた。
混濁しかけた意識がふわりと浮上する。
僅かではあるが、自分の体内に魔力が満ちていくのを実感する。
「……え?」
馬鹿な。魔力を外から補填する方法など、あるはずが……と、振り返る。
見上げた先に居たのは――ハタノの、天敵。
あの帝都中央治癒院で何度も辛酸を味わった、”特級治癒師”ガイレスその人が、ハタノの肩に手を当てていた。
「……ガイレス教授? この、魔力は」
「一級の貴様は知らんだろうが”特級治癒師”には相手に魔力を渡す秘術がある。もっとも、変換効率は出力の100分の1という非効率極まりないものだがな」
ガイレスが舌打ちし、それでも、雀の涙にしかならない魔力をハタノに送る。
しわがれた頬を引きつらせているのは、送付する側の魔力量が尋常ではないからだろう。
事実、微量ではあるものの、ハタノの身体が持ち直す。
「どうして、私に協力を」
「黙れ。雷帝様と勇者が倒れる前で、特級治癒師がただ棒立ちさせられる等という屈辱を、これ以上晒せるものかっ……! いいから続けろ!」
「っ、はい!」
過去の確執など、今はどうでもいい。
頼れるものなら、悪魔にだって恩を売る。
ハタノは、チヒロへ向き直る。
幸い、人工的に作り出した血管はきれいにチヒロとマッチした。
翼との血管縫合を完了。本当に露出した血管だけを結んだ不格好な形だが、これ以上何かをする時間はない。
あとは、と、ハタノは左拳を振り上げ、なけなしの魔力を込めてチヒロの心臓を叩きつける。
――戻ってこい。
――戻ってこい、チヒロ、と。
心臓に魔力衝撃を与えることで、体内の魔力を循環させる起点にする。心臓麻痺を起こした身体に、電気ショックを与えるのと同じ要領だ。
だん、とハタノは妻の心臓を叩き、祈る。
その祈りが意味のないことだと理解しながら、それでも熱を込めて、魔力をこめた拳を振り下ろす。
届け。
届け。
頼む、届け、と。
もう一度、あの綺麗な顔を見せてくれ。
表情が薄いと自分でも理解しながら、でも本当は可愛い顔も時々してくれる、その柔らかい笑顔を見せてくれ。
宝石のように無垢な瞳で、自分を見てくれ。
そして何より。
自分の妻としてもう一度、この世界で生きてくれ――!
その祈りが通じた、とは言わない。
ハタノは自力で――砂漠の中から、一粒の奇跡をたぐり寄せた。
「が、げふっ」
チヒロの身体が痙攣する。
その口から乾いた血を吐き出し。
どくん、と、彼女の鼓動が再開した。
具体的な手順を、閃いた訳ではない。
計画性など皆無に等しく、けれどハタノは本能的に、その言葉を紡いでいた。
もちろん、そんなことを言われても理解できる者はおらず、そもそも銀竜の翼は稀少品である。
許可無く翼を折るなど、許されない――
そんな予測は、じゅっ、と走り抜ける閃光に遮られた。
兵士達がざわめき、驚くハタノの前に、ぽん、と放り出されたのは銀竜の翼。
もうもうと吹き上がる蒸気を払うように現われたのは、新たなる柱となったフィレイヌだ。
「ごめんなさいね、陛下を守るために手間取ってしまって。お詫びは、これでいいかしら?」
「……ありがとうございます、フィレイヌ様」
「お礼は後。必ず助けてねぇ?」
「最善を尽くします」
必ず助けます、とは言えない。
ハタノは今でも99%、彼女が死ぬと理解している。
が、僅かにでも生存の可能性があるのなら、ハタノは最善を尽すのみ。
ハタノは翼の根元を掴み、断面図を観察する。一般的な鳥類の場合、成長した翼には血管が存在しない。鳥の翼は一度完成すれば、それ以上成長する必要性が無いからだ。
対して竜は、真逆。
常に大量の魔力を翼に行き渡らせ、保持する必要がある。
即ち、心臓から魔力を届かせるための大血管が存在するはず――
(見つけた。翼の根元)
魔力走査にて目的らしき大血管を発見。
当然その血管は虚脱し血液も凝固しているが、竜の血は死した後ですら稀少な魔力リソースとして扱われる。であれば。
(余った魔力の循環。チヒロの身体に、竜を移植して魔力を流せば)
魔力が循環する血液循環ルートを作る。そのためには竜と人の動静脈を結ぶのが一番早い。
幸か不幸か、竜とチヒロ、どちらも心臓が止まっているため血管を切断しても大出血には至らない。物理的に結ぶことはできるはずだ。その後に魔力的なショックを与え、勇者自身のもつ自己治癒力に全てを賭ける。
狂人の資料によれば、繋いだ腕から血管が伸びたくらいだ。竜の翼に食らいついて蘇る可能性も、ゼロではない――
もちろん、別生物同士の血管を結ぶなど異種移植も甚だしい。
拒絶反応だとか汚染だとか、常識で考えるだけで気が狂いそうな所行だ。正直、ハタノも頭がおかしくなりそうな感覚があるし、馬鹿げていると言われても否定出来ない。
(けど、他に、方法がない)
チヒロは既に死に体だ。今さら失敗したとて、死体をちょっと損壊した程度の話。
周囲から非難されるだろうが、チヒロなら「いいからやれ」と言う気がした。
妻には価値があるが、妻の死体には価値が無い。その尊厳を侮辱しようと、1%でも可能性があるなら試すべきだ。
利用する血管は、そのまま肩口の傷を使う。雷帝様の時とおなじ手順だ。
ハタノは肩の皮膚を開き、筋肉そして鎖骨を裂き、目的の血管へと針を進める。
触れたチヒロの血管はすでに虚脱し、頼りなくぺしゃっと潰れていた。このままでは全く使えないが――
(できれば”創造”魔法は、使いたくないのですが)
やむなく、ハタノは切り札を切った。
創造魔法は”治癒”、”復元”ですら成し遂げられない自前の物質を作る、ハタノが使える中でも最上級の魔法だ。ただし魔力消費が極めて重く、作成できるのは小指サイズ程度でしかなく、所詮、人工物に過ぎない。
本物の血管には遠く及ばず、すぐにボロが出る欠陥品だ。
けど、短時間だけでも繋ぐのであれば。
ハタノの手にバチバチと火花が散る。脳内で人工物の白い血管をイメージし、Y字型の二叉に構築する。
元の血管から、竜の翼へ分岐する血管と、元の腕へと繋がる血管、その両者へ繋がる姿を頭のなかで三次元的に浮かべ、イメージを世界に押し出すよう力を込めつつ手の平を開き――
「っ、ぐうっ……!」
意識が遠のきそうになり、踏ん張った。
視界が狭まる。息が荒い。
気づけばべったりと、全身から吹き出した汗が身体中に張り付いている。
酷い貧血でも起こしたような症状に、ハタノはぜーぜーと息をつき、涎を零しながら意識を保つ。
(まずい。魔力が足りない)
雷帝様の元で治癒魔法を行使しすぎた。
そして今しがた発動した“復元”に、がっつり魔力を持って行かれた。
ポーションは既に、回復上限に達している。これ以上使っても効果は無いし、意識が飛ぶだけだ。
「ああ、くそっ!」
ハタノは治針を掴み、自らの太股にぶっ刺した。
激痛で意識を保ち、このまま続ければ死ぬぞという身体の警告を無視しながら治癒魔法を振り絞るも、どうしても、魔力の枯渇という限度に直面する。
誰か。誰か魔力をよこせ。
祈りながらも、同時に、祈るだけ無駄だとハタノは理解している。そもそも外部から魔力を注入できる魔法があるなら、既にハタノがチヒロに使っている。
魔力を他人に譲渡する魔法は、この世に存在しない。
そして祈る程度で現実が変わるのなら、人の世に悲劇は溢れていない。
(もう少し、本当にもう少し……!)
自身を叱咤しつつ、けど、これはもうダメだと理性が判断。
それ以前にハタノの身体が持たず、意識が暗くなりかけた――
その時。
ハタノの背に、トン、と誰かの手が乗せられた。
混濁しかけた意識がふわりと浮上する。
僅かではあるが、自分の体内に魔力が満ちていくのを実感する。
「……え?」
馬鹿な。魔力を外から補填する方法など、あるはずが……と、振り返る。
見上げた先に居たのは――ハタノの、天敵。
あの帝都中央治癒院で何度も辛酸を味わった、”特級治癒師”ガイレスその人が、ハタノの肩に手を当てていた。
「……ガイレス教授? この、魔力は」
「一級の貴様は知らんだろうが”特級治癒師”には相手に魔力を渡す秘術がある。もっとも、変換効率は出力の100分の1という非効率極まりないものだがな」
ガイレスが舌打ちし、それでも、雀の涙にしかならない魔力をハタノに送る。
しわがれた頬を引きつらせているのは、送付する側の魔力量が尋常ではないからだろう。
事実、微量ではあるものの、ハタノの身体が持ち直す。
「どうして、私に協力を」
「黙れ。雷帝様と勇者が倒れる前で、特級治癒師がただ棒立ちさせられる等という屈辱を、これ以上晒せるものかっ……! いいから続けろ!」
「っ、はい!」
過去の確執など、今はどうでもいい。
頼れるものなら、悪魔にだって恩を売る。
ハタノは、チヒロへ向き直る。
幸い、人工的に作り出した血管はきれいにチヒロとマッチした。
翼との血管縫合を完了。本当に露出した血管だけを結んだ不格好な形だが、これ以上何かをする時間はない。
あとは、と、ハタノは左拳を振り上げ、なけなしの魔力を込めてチヒロの心臓を叩きつける。
――戻ってこい。
――戻ってこい、チヒロ、と。
心臓に魔力衝撃を与えることで、体内の魔力を循環させる起点にする。心臓麻痺を起こした身体に、電気ショックを与えるのと同じ要領だ。
だん、とハタノは妻の心臓を叩き、祈る。
その祈りが意味のないことだと理解しながら、それでも熱を込めて、魔力をこめた拳を振り下ろす。
届け。
届け。
頼む、届け、と。
もう一度、あの綺麗な顔を見せてくれ。
表情が薄いと自分でも理解しながら、でも本当は可愛い顔も時々してくれる、その柔らかい笑顔を見せてくれ。
宝石のように無垢な瞳で、自分を見てくれ。
そして何より。
自分の妻としてもう一度、この世界で生きてくれ――!
その祈りが通じた、とは言わない。
ハタノは自力で――砂漠の中から、一粒の奇跡をたぐり寄せた。
「が、げふっ」
チヒロの身体が痙攣する。
その口から乾いた血を吐き出し。
どくん、と、彼女の鼓動が再開した。
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