その正体

烏屋鳥丸

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18 さよなら

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アダムが死んだ。
そうなる予想はできていた。
だから自分の立場が危ぶまれようと、彼に忠告をしに行ったのに。
焔達の行動は、ジャックが想定しているよりも早かった。
それも、正々堂々決着をつけるのかと思いきや、背後から銃撃をするという卑怯な真似をするなんて。
執務室はこの城の最上階にある。
ここを狙えるのは、数km離れた南の高台しかなかった。
とてつもない距離だ。
こんな事ができる奴は一人しかいない。
No.7のスナイパーの女だ。
何度か見かけたことがあるくらいで話したことはほとんどない。
小柄で大人しそうな見た目にすっかり騙された。
こんなことが平気でできる女だったなんて。

アダムが死んだ時、自分は何もできずに立ち尽くした。
呆然として身体が動かなかった。
親しい友人の死に、呼吸が浅くなっていくのを感じた。
そんな自分の様子を察したのか焔は自分にエレナを呼びに行くようにと指示をした。
竦む足を必死に隠して浅くなる呼吸をどうにか誤魔化して診療所へ駆け込んだ。
診療所は既に診療を終えていて、中にはエレナ一人しかいなかった。
自分の報告にエレナは呆れたような顔を見せ、次にジャックの顔色を見て薬を一粒差し出した。

「これ飲んで奥で休んでなさい。」

そう言ってエレナは城へ向かった。
差し出された薬は所謂精神安定剤。
時折エレナはこうして自分に薬を差し出すことがあった。
それは医者としてなのか、仲間としての優しさなのかはわからない。
けれど、過呼吸を起こしかけてる身としては渡りに船だった。
ジャックはその薬を飲み込んで、ふらつく身体を空いているベッドに投げた。
しばらくして強い眠気に襲われ意識を手放す。
目が覚めた時には、全てが終わっていた。

アダムは死に、その遺体は秘密裏に処理されたのだという。
次の朝には国全体にアダムの訃報が知れ渡り、空いた玉座にはノエルが据えられた。
あれからノエルは変わった。
当然だ。唯一無二の親友をあんな形で失ったのだから。
いつも思い詰めたような顔をして、にこりとも笑わなくなった。
それでも彼は仕事を真面目にこなした。
しかし、その姿はどこか焦っているような、追い詰められているようにも見えた。
ノエルは自分のことをどう思っただろう。
直接手を下したわけではないが、まごうことなく自分はアンジェラ側の人間だ。
恨んでいるだろう。憎まれても仕方ないとも思う。
どうしたって、もうアダムは戻ってこないのだから。
あの後、城でノエルとすれ違った時、酷く冷たい眼差しで彼はこう言った。

「お前も…俺に嘘ついてたんだよな。」

否定はできなかった。
言葉を探しても、出てこなかった。
口を噤むしかなかった自分に、ノエルは強い口調で言い放った。

「アンジェラさんは俺のだ。お前には渡さない。」

こうして、ジャックはアダムを亡くし、ノエルからの信頼も無くした。
アダムの死、ノエルとの決別。
唯一友達と呼べる二人を同時に失って、ジャックは孤独になった。
あれからアンジェラは一度もジャックの家には訪れていない。
もし、自分がアンジェラとこんな関係じゃなければ二人と友人のままでいられただろうか。
もし、自分がアンジェラの秘密を守りきれればアダムは死なずに済んだだろうか。
もし、あの時自分が焔を止められたら結果は変わっていただろうか。
今更もしもなんて、考えても仕方がないことはわかっている。
それでも考えることをやめられずに後悔し、自己嫌悪に陥り、自責の念に駆られた。
いくら悔やんでも、自分を責めても、何も変わらなかった。
どうしようもなくなって、それからは酒に溺れた。
ジャックは昔からは嫌なことがあると自暴自棄になり、酒に逃げる癖がある。
自分はつくづくダメ人間だとは思う。
けれど、酔わないとやってられない。
酔っても何も変わらないことはわかっているが、幾分か気持ちは紛れた。
そのたった幾分を紛らわせるために酒を煽り、酩酊し、吐き、また飲んで、数日を廃人のように過ごした。
仕事なんてとてもできる精神状態じゃない。
誰かに会わせる顔もない。
家に一人きりで引きこもり、堕落の限りを尽くした。

片付けもままならないリビングの床には空っぽになった酒の瓶が無造作に転がっている。
もうどれだけ飲んだのかわからない。
カーテンも閉めっぱなしで、今が朝なのか夜なのかすらわからない。
ぼやけた頭とふらつく身体でただ惰性で酒を煽る。
何日経っても、心の整理がつかないままでいた。
ふいに、玄関の扉をノックする音が聞こえた。
誰だろう。これだけ仕事をさぼっているんだ。城の者が様子を見に来たのだろうか。
焔あたりが自分に喝を入れに来たのかもしれない。
それともノエルが自分を嘲笑いにきたか。
もしかしたら、彼女だろうか。
けれど、今は彼女の顔は見たくない。
彼女の顔を見たら、感情のままに言ってはいけないことを言ってしまいそうだった。
扉の向こうが誰であっても、今は顔を合わせたくなかった。
ジャックは居留守を決めこんだ。
どうせ、ほおっておけば諦めて帰るだろう。
二度、三度のノックを無視して酒を煽る。
しつこいな、早く諦めてくれと思っていると扉が開く音が聞こえた。
酔いすぎて鍵をかけることを忘れていたようだ。
静かな足音が真っ直ぐにこちらに向かってくる。
リビングの扉を開けたのは、今一番会いたくない彼女だった。

「思ったより、大丈夫そうね。」

ソファに沈み酒を煽るジャックを見て、彼女は静かにそう言った。

「…これが大丈夫に見えます?」

「もっと取り乱してるのかと思ったわ。」 

遠慮なしに彼女はジャックが座るソファの隣に腰掛ける。
その表情は落ち着いていて、それが今のジャックを無性に苛立たせた。

「…なんでアダムが死なないといけなかったんだ。」

「焔たちが勝手に暴走したのよ。」

さも当然かのように、彼女は淡々と冷静に返す。
他人事のように語る彼女に苛立ちが募った。

「なんで止めなかったんです?アンタなら止められたはずでしょう?」

「ジャック…これはもう、終わったことよ。」

その言葉に、ジャックの中で何かがキレた。
ジャックは彼女の胸ぐらを掴み、感情をぶち撒ける。

「終わったこと?勝手にアンタ達が終わらせただけでしょう?!アダムは死ぬ必要なんてなかった!もっと他の方法があったはずです!それを…なんで…。」

「ちょっと、ジャック…。」

「ノエルだって…。何も知らないままでいれたはずだ。あのオッサンが余計なことを言わなければ今まで通りだったはずなんだ!」

「離して。」

「アンタに俺の気持ちがわかりますか!?アダムを殺されて…ノエルとも友人ではいられなくなった…!返してくださいよ…。二人は…俺の、唯一の友達だったんだ…。」

「ジャック…!」

「アンタといると散々だ!俺から大事なものばっかり奪って…!俺の気持ちなんてちっともわかってない!アンタ一体何がしたいんだよ!俺をどうしたいんだよ!アンタさえいなければ俺は普通に生きられたのに…!」

酔った頭のせいか、それとも疲れ切った精神のせいか、一度口から出た不満は抑えられなかった。
堪えきれなかった感情を全て彼女にぶつける。
彼女はただ冷静な眼差しで自分を見つめていた。
一通り文句を言ったあと、彼女は目を伏せ呟いた。

「…ジャック。私達、もう終わりにしましょう。」

「…は?」

彼女の言った言葉が、理解できなかった。

「貴方は私といると一生苦しむことになるわ。だから、もう解放してあげる。これからは、私のことを忘れて好きに生きなさい。」

彼女は少し寂しげな笑みを浮かべる。
解放。それは彼女がかけた魅了を解くことを意味する。
一気に酔いが覚めた。自分は、言ってはならないことを彼女に言ってしまったのだ。

「ま、待ってください…。そんなこと、俺は望んでない…!」

ジャックの言葉を無視して、アンジェラはその柔らかな手でジャックの目を覆う。
視界が奪われる。真っ暗な視界の中、これで終わりね、と彼女のひどく優しい声色が響いた。

「やめろ…やめてください!アンタ言ったじゃないですか!死ぬまで飼い慣らしてくれるって!俺のこと、捨てないって…!約束、したじゃないですか…!嫌だ、終わらせたくない…!謝るから…!考え直してくださ…」

情けなくてみっともない取り繕うこともできないジャックの必死な懇願を彼女が遮る。

「さよなら、ジャック。愛していたわよ。」

最後のキスと共に、ジャックは意識が遠くなった。





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