僕は彼女の代わりじゃない! 最後は二人の絆に口付けを

市之川めい

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ハリーへの謝罪

 誤爆事件の後、おそらくギルバートからオーウェンにあの晩マシューが語ったことを伝えたのだろう。オーウェン本人から何も問われることはなかった。
 なのでマシューも自分からわざわざ言い出したくなかったが、ハリーに薬草を返さなければならない。貰った薬の代わりに診療所を手伝いに行くと伝え、そのための休みを申請したところ、オーウェンは二つ返事で承諾し、軍が薬を使わせてもらったのだからと、三日間の休みをくれた。なので、以前のように泊まり込みで行こうと思い、前もってその旨と薬の材料として必要な草と道具をバジルの植物園から調達しておいてもらえるよう、ウィルバーに使者を頼んだ。

 実家の家紋入りの馬車は目立つので、乗り合い馬車で診療所へ向かおうと計画する。ウィルバーに乗り方と料金の払い方を教わったので、初めてでも大丈夫だろう。だが、乗り込んだは良いもののどこで下車すれば良いのか確認しておくのを忘れていた。
 
「すみません」
 
 隣に座っている青年に話しかける。
 
「ハリーという医者がやっている診療所へ行きたいんですが、どこで降りれば良いか分からなくて……」
「あ、それなら俺の実家の近くだから降りる場所一緒だ。案内しますよ」
「ありがとう、助かります」
「お兄さん、診療所に行きたいってことは怪我でもしているの?」
「いえ、ハリーと知り合いで……」
「え? あの人と友達なの?」
「どういう意味?」
「いや……ハリー先生はとても腕が良くて優しくてみんなから好かれているけど、一線を引いているというか必要以上に近づかないで一定の距離を保っている感じがして」
 
 実際にそうだろうとマシューは納得する。
 
「仕事で知り合っただけですよ。今日は少し手伝いに行くだけです」
 
 それから少し、お互いのことを話した。この青年はライアンと言い、親が診療所近くで結構大きな商店をやっているらしい。
 長男だが姉が三人いて、その内の一人が婿を取り後を継ぐため、自分は自由気ままに暮らしているとの話だ。
 
 診療所から一番近い停車場とライアンが言う場所で降りた。ここからは歩いて五分くらいの距離で、マシューにも見覚えがある町並みだ。
 そんな話をしながら着いた診療所は、いつものごとく治療の順番を待つ者で溢れ返っている。
 ライアンにお礼を告げ中に入るとニックとハリーが出迎えてくれた。すでにニックも今日マシューが来ることをハリーから聞いていたらしく、久しぶりに会えることを楽しみにしていてくれたようだったので安心した。ハリーも前回の突然の訪問をそこまで怒ってはいなそうだ。

 診療所の奥はハリーの住居部分になっている。
 その一室においてある机に材料と道具を用意してあるとのことなので、マシューはそこで薬草を作っていく。
 作る工程に関してのローレルの記憶は他の部分に比べて詳細に見えてはいたが、頭の中の映像だけが頼りなので上手くできるか杞憂だった。だが、いざ作り始めると熟練者のように手が自然と動いていた。
 
「ふぅー、後は乾燥させてからあの草と混ぜて……」
 
 扉を叩く音が聞こえて振り返るとライアンがいて、手に何か持って入ってくる所だった。
 
「マシューさん、作業は捗ってます?」
「うん、まあ」
 
 ライアンが好奇心からか机を覗き込んでくる。
 
「色々あるんですね。俺にはさっぱり分からないや。ところで、お腹空いてません? 良かったらこれ食べてください」
 
 渡されたのはパンに肉が挟まった物で、美味しそうな匂いが食欲を刺激してくる。
 どうしたのか尋ねると、近くで商店を営んでいるライアンの両親にこの診療所まで人を案内したと話したところ、彼らは以前ここに世話になったことがあり、それならばライアンも暇してるなら一緒に手伝えと向かわせると同時に、ちょうど昼食の時間なので食べ物も持たせたそうだ。
 我々の分だけでなく、診療所にいる患者全員に行き渡るくらいの量らしい。
 
「優しいね。僕はそんな風に思い付きもしなかった」
 
 ライアンに言うと、「ふっ」と声を出す。
 
「パンは商店の屋号が大きく入った荷車に積んできた。宣伝効果を見越して親が用意したんですよ」
 
 薄笑いしながら言い、部屋を出ていった。

 もらったパンは普段家で食べているものよりずっしりとしていて固く、噛みごたえがあった。肉の味付けが濃いめで、パンとよく合っている。
 エールを飲みたくなるが、残念ながら作業中だ。
 ハリーの家――懐かしいな。ここで食べたりしたっけ。寝る時もあの狭いベッドで一緒だったし……
 だがマシューは、それと同時に、別のベッドで一晩明かしたことを思い出してしまう。普段はあえて意識しないように振舞っていても、一度考え始めると沼にはまったように抜け出せなくなる。
 苦しい胸の動悸を抑える薬も作ることができれば助かるのにと、マシューはひとりで笑ってしまう。しばらくしてから頭を切り替えて立ち上がり、手を洗いまた作業に取り掛かった。


 夜は前のようにハリーの部屋に泊まらせてもらおうと考えていたら、ライアンが部屋の提供を申し出てくれた。
 
「俺の家、姉が使ってた部屋が余ってるんで」
 
 行ってみると彼の家は有名な商店らしく、併設されている住居もかなり大きかった。もちろん平民街にある他の家より、という意味であってマシューの屋敷の敷地面積と造りとは比べ物にならない。
 
「すごく広いね。急なのにどうもありがとう」
 
 ライアンが両親、それに姉夫婦と彼らの三歳になる男の子を紹介してくれたので挨拶し、疲れているだろうからとすぐに部屋に案内してくれた。
 また明日も薬草作りの続きが残っている。マシューは横になるとあっという間に眠りについた。

  
「マシューさん、朝食用意してますよ」
 
 ライアンに一言声をかけてから診療所へ向かおうと一階に降りると、ライアンの母親が茶を淹れているところだった。勧められるままに食事をいただく。
 
「とても美味しいです。ありがとうございます」
「いえいえ、私もあなたみたいな綺麗な人に喜んでもらえて嬉しいですよ」
 
 体格の良い、いかにも働き者という感じのライアンの母親は笑顔を見せた。食事を終え行こうとすると、ライアンは今日も一緒に行くと言う。
 
「ハリーたちは助かると思うけど、家の手伝いは大丈夫なのか」 
「うん、姉たちもいるし間に合ってるよ」
 
 この日も前日と同じくマシューは薬草作りに専念し、ライアンは簡単な手伝いをする。もちろん食事はライアンの店から使用人が運んで来た。 

 どのくらいの時間が経っただろうか。ずっと混ぜたりすり潰したりして腕を使っていたせいか、肩と腕に痛みを感じる。だが思っていたよりも順調に薬草を作れたので、ハリーの診療所で必要な量の他に衛生部で使う分もありそうだ。
 最後の仕上げとして、できた薬草を紙で一回分ずつに分けていく。
 作業を続けていると、不意に誰かが入って来た。ハリーが以前と変わらぬ顔で向かいに座る。こうやって二人きりで話すのは久しぶりだ。
 
「診療は終わったの?」
「今日の分は切りが付いた。後はニックがやれるし、ライアンもいる」
 
 マシューはハリーを真っすぐ見て切り出す。
 
「ハリー。前回は慌ててたからちゃんとお礼を言えなかったけど、本当にありがとう」
「それで、どうやって説明したんだ?」
「それは……ごめん。は僕が何か言う前からハリーのことに気付いてた。でも僕が夢で見る記憶のことは言わずに、何とか説明できたと思う。だが本当にあなたに迷惑をかけてしまった。申し訳ない」
が薬を私の診療所からもらったと考えるのは想定内だ。それでも薬を渡したのは私の判断だ、今さら謝ることはない。ただ、本当に上手くごまかせたのか」
「多分……」
 
 ハリーが琥珀色の瞳で、じっとこっちを見てくる。
 
「ライアンの家族がやっている商店は私も使うことがある。息子は家業のため地方で修行中だと聞いていたが、王都に戻っていたのは知らなかったな」
「え? どういうこと……」
「まあ世間話程度だから詳しくは分からない。修行が終わったのか、一時的な帰宅かもしれないしな」
 
 ハリーは他にも何か言いたそうにしていたが結局その言葉は口にすることなく、その代わりにマシューが作り終わった薬草を確認し始めた。
 
「よくできているな。まるでローレルがここにいるみたい……不思議だ……」
 
 マシューはどう返事していいか迷う。おそらくハリーにとってもローレルは、特別な人だったに違いない。貴族嫌いなハリーが自分に対して優しく接してくれるのは、ローレルの面影が少なからずマシューの中に見えるからだ。 
 だが男女としての意味なのか妹のような存在としてなのかはハリーの胸の内に隠されていて、マシューに暴く権利はない。答えを聞いたとしてもどうすることもできないのだから……

 予定していた作業を全て終えたのは、すでに深夜になろうとしている頃だった。ライアンの家族に悪いと思いハリーに泊めてもらおうと思ったが、「全然問題ないですよ! ハリー先生も疲れているだろうから」と、ライアンはマシューを半ば無理やり自宅へ引っ張っていく。
 浴室を借りている間に、ライアンは簡単な夜食を作ってくれていた。
 
「色々世話になったけど、どうやってお礼すればいい?」
 
 尋ねると、ライアンは首を横に振った。
 
「別にいらないよ」
「でもこんなにしてもらって……みんなに配った食事もだ」
 
 ――金払うって言っていいのか?
 
「失礼かもしれないが、いくらか教えてもらえるかな? かかった分、僕も払うよ」
「いらないよ。宣伝のために親がやったんだし」
「それでもかなりかかっているだろう」
「ご心配なく。この店儲かっているから」
「それは見てわかるが……」
 
 それとも僕の素性を知っていて、貴族と繋がりが欲しいからなのかとマシューは一瞬考える。この明るく感じの良い青年はそのようなことをしなそうだが……
 
「というか任務だしね」
「ん? 何か言った?」
 
 小さな声だったので聞き返したが、ライアンがもう一度言ってくれることはなかった。
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