僕は彼女の代わりじゃない! 最後は二人の絆に口付けを

市之川めい

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オルドの従兄

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 シャーディル侯爵のダリスとの関係について調べてもらうため、オルドはあの話し合いの後すぐ、現在ダリスに住んでいる母方の従兄宛に手紙を出した。
 その返事が一週間も経たない内に届き、いくらなんでも早すぎると思いながら封を開くと、そこには約二週間後の『日時と場所』が記載されていた。
 その指定された日が今日の昼だ。オルドは手紙に書かれていた料理屋へ向かう。
 平民街にあるその店は、ダリス出身の主人が営んでおり、一階は丁寧に煮込まれた肉と野菜が自慢の大衆食堂だが、前もって予約すれば二階の個室が使える。主人の口が堅く、ダリス語が話せるオルドらに好意的なため、これまでに何回も利用している。
 
「久しぶりだな。お前の活躍は聞こえているよ」
「ダニー、相変わらず繁盛しているみたいで。今日も美味しい肉、食べさせてくれよ」
 
 今日も個室かと思っていたが、すでにほぼ客で埋まり、がやがやと混雑している店内の奥をダニーが指で示した。席まで進むと、すでに従兄であるノーマンが到着していた。
 
「待たせてすまない」
「俺も今着いたところだ。たくさん歩いたんで腹が減っている。その後、お前の家に行くぞ」
 
 そこで話すという意味なのだろう。ノーマンはダリス生まれでダリス語が母語だが、幼い頃から頻繁にマルフォニアの祖父母に会いに来ていたためマルフォニア語も問題なく話せる。同じく両方の言葉が通じるオルドと会話する時は、その時の気分や状況で使い分けている。
 今は周りの席にダリス人が多かったため、目立たないようダリス語で話す。
 
「了解だ。久しぶりだから母上たちが喜ぶよ。けどお前、仕事は大丈夫なのか?」
 
 マルフォニアの事情にも詳しいノーマンは、ダリスで外交を担う文官として活躍している。そのため仕事でこの国へ来てもサイフォーク伯爵家の屋敷へ顔を出す余裕もなく、すぐに帰国することが多かった。
 ましてや現在のダリス王国は例の縞草しまくさの影響で治安が悪化し貿易も不安定だ。
 その疑問を分かってか、ノーマンが意味ありげな視線を向けながら返す。
 
「本来はここでゆっくり食事だけでも――と考えていたんだが、一族やお前の仲間にも挨拶できたらと思ってね。休みを申請したよ」
 
 要するに、初めはここの個室を使う予定だったが、俺の仲間――調査を命令した人物――も含めてもっと安全な場所で話す必要がある内容ということだ。
 そんなに重大なことが分かったのかという驚きは顔に出さず、オルドは自然に笑う。
 
「手紙をくれればお前の好物を用意できたんだが……今からでも間に合うかな」
「次の時の楽しみにするよ。それより腹が減った。注文していいか?」
 
 二人はこの店名物の肉の煮込みとキールを頼み、たわいもない会話とともに味わった。

 
 食べ終えて金を払うと、二人はオルドの乗ってきた馬車に乗り込み、サイフォーク家へ向かう。その道すがらノーマンが言った。
 
「かなり複雑だ。可能ならお前の他に、信頼できるより中心の人物にも伝えたいが……」
 
 オルドはゆっくりと頷く。
 
「確認してみるが……いつになるか分からん。こっちにはどのくらい居れそうか?」
「七日間の休みを申請してあるから――残りはあと三日だ」
「そんなにもらえたのか? 何しろお忙しい御方だ。だが、この件に関してはおそらく優先してもらえると思う。帰ったらすぐ取りかかろう」

 
 屋敷に着くと、甥であり、孫でもあるノーマンの突然の訪問に家族は喜び、早速侍女に茶の用意をさせ会話を弾ませている。
 ノーマンは母の兄の二男だ。ダリス人の祖父母はまだ、祖父の両親が生きている時にマルフォニアへ移り住み、子供を二人授かった。その後兄は一人ダリスへ渡り祖父母とともに暮らし、先代の死後爵位を継いだため、現在はダリス王国の伯爵だ。ノーマンの下に妹が二人いる。
 一方母はすでにマルフォニア王国のサイフォーク伯爵であった父と結婚した。父方の両親は二人とも亡くなっていたため、母方の両親と一緒に住むことになったと聞いている。
 彼らが茶を楽しんでいる間、オルドは王宮へと急ぐ。
 
 ――この時間ならば少なくともジェームズ殿は掴まるはずだ。
 
 先ず王族の住む奥の宮殿へと向かい、門番にジェームズへの手紙を託し、それから軍事宮の自身が所属している第五隊へ行き、書類仕事をしていると、隊員がオルドを呼びに来た。
 
「王太子殿下付き侍従のオールディン殿がいらっしゃっています」
 
 オルドは隊員に『すぐに行くと伝えてくれ』と頼み、執務台の上に置かれた書類を片付けてからジェームズの元へ行く。
 
「手紙を拝見いたしました。報告の場には殿下もご同席なさるとのことです。チャールダトン殿は現在どちらに?」
「我が屋敷におります」
「では――王宮からの招聘状を発行いたしますので、明日夜お越しいただけますか」
「承知いたしました」
「一旦私は書類を作成しに戻りますが、オルド殿はこの執務室にずっといらっしゃいますか」
「貴殿がよろしければ、私が後で取りに参ります」
「でしたら――時間はかかりませんので、一緒にお越しください」


 
 翌日の夜、王宮に来た二人は王族が暮らしている宮殿まで進んで行く。指定された場所は王太子殿下の執務室だ。扉の前でジェームズが待っており、挨拶を交わしてから彼に続いて二人も中へ入り、殿下に対して儀礼を取る。
 
「オルドと――そちらは従兄だと聞いている。名乗ってくれ」
「ノーマン・チャールダトン、ダリス王国チャールダトン伯爵家の二男でございます。私の父と現サイフォーク伯爵夫人が兄妹のため、パーシーとは従兄弟の関係になります」
「顔を上げてよろしい。私はギルバート・ハウザーウェル、この国の王太子でオルドに調査を依頼したものだ。席につけ、報告を頼む」
 
 この場にマシューはいない。それはあえて呼ばなかったのか、任務で都合がつかなかったのか、オルドには分からなかった。

  
「まずはパーシーからアルフについて話があります」
 
 ジェームズがダリス語を理解しないため、マルフォニア語で言う。男たちがオルドを見た。
 
「はい。カシャ生まれと身分証にありましたので、現地へ行き調べたのですが――教会の記録には、アルフという名で彼の年齢から推定される出生年とその前後で該当する出生児はおりませんでした。そこで、それ以後の書類を全て確認いたしました。その中である夫婦が、生まれてからずっと孤児だった男性を養子にしたとの記載を見つけました。推薦人は領主であるシャーディル侯爵、男性が養子になったのが今から二十三年前で十五歳の時、現在三十八歳のアルフの年齢と一致します」
「――やはり宰相とアルフは元々知り合いだな」
 
 膨大な量の記録を読むには相当な労力が必要だ。オルドの有能さに改めてギルバートとジェームズが唸り、ノーマンが引き継いで話し始める。
 
「その情報を元に、ダリス王国でアルフについて調べようと思いましたが、あいにく時間がなかったため国中の教会を回ることができず、出生地はまだ分かっておりません。そもそも平民の孤児なら記録自体あるのかも不明ですが……」
 
 そうだろう。平民の中には一切の生が痕跡として残らない者もいる。
 
「そのため貴族籍を調べることにし、そこで気になる記録を見つけました」
 
 アルフの記載はないだろうが、元ダリス王国の姫、アデレイド王妃推薦のゾーイはダリスの貴族出身かもしれない可能性がある。
 
「今から三十一年前、ある男爵夫人が女児を出産した直後に自ら命を絶ったとの記載がありました」
「え、三十一年前って言ったか? それは、もしかして――ゾーイ?」
 
 ギルバートの問いにノーマンが答えた。
 
「ええ、そのように思われます」
「今まで素性が謎だったゾーイだが、ダリス王国の男爵令嬢だったとは……」 
「ただゾーイ様はアデレイド王妃のご推薦との噂ですが……貴族の娘とはいえ男爵令嬢、王族の直系の姫との接点などあるでしょうか?」
 
 ジェームズの疑問はもっともだ。男爵ならば下位貴族、いくらダリスの王族はマルフォニアに比べ血統を重んじないとはいえ、王族と男爵では体制的に関わりはほとんどない。
 
「それにたしか――母上が嫁がれたのが三十年くらい前だ。ゾーイが生まれてすぐマルフォニアへ来ている。知り合う機会などないだろう」
「そのことについてですが、男爵夫人は侯爵家出身でした。アデレイド王妃と年齢が同じなので、もしかしたらゾーイ様の母上と接点があったかもしれません」
「侯爵家の令嬢が男爵へ嫁いだのか?」
「その侯爵家は借金が膨れ上がり没落寸前だったそうで……二十近く歳が離れた裕福な男爵の元に。だが結局実家は婚姻に前後して立ち行かなくなり、爵位返上されたようです」
 
 夫人に同情を覚えるが、よくある話でもある。

 
「そして夫人が亡くなった後、男爵は財産没収の上爵位剥奪されております。理由についての記載は見つけられず、詳細は不明です。その書類の署名はギルバート殿下の伯父である現ダリス国王陛下でしたが、当時を知る宰相に尋ねましたところ、どなたかから――彼の憶測ではアデレイド王妃――の強いご要望があったとの話でした」
 
 ノーマンがギルバートの様子を伺うようにしたが、ギルバートは、「かまわない、続けろ」と促し、ノーマンは頷いてからまた語り出した。
 
「その後女児は、爵位返上後植物園を細々と営んでいた母方の祖父母、チャティー夫妻に引き取られております」
 
 男たちはみなノーマンの話に何も口を挟まず聞いている。
 
「そしてもう一人……男爵家からチャティー家に行った子供の記録がありました。男爵家で使用人見習いとして働いていた、当時七歳のアフルレッドという名の少年です」
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