ある探偵<第一部>

OST

文字の大きさ
3 / 19
プロローグ

第三話:葬儀へと

しおりを挟む
 母の荷造りが終わると、昨晩の残り物だという品々で昼食を済ませ、足の早そうな食品を始末した。
 その間、口数の多い母と文治の間には、父から受けたのと同じような問答があった。父は、時折相槌を打つ以外、黙っていた。
 父の運転する車に乗り、家を出たのは十三時を過ぎた頃だった。一時間も走らないうちに、窓を打つ雨音が激しさを増して、叩きつけるほどの驟雨しゅううになった。車は、六甲を北上して中国自動車道に入ったところだった。
 車内のラジオは、名も知らぬ女性歌手のバラードを鳴らしている。幾つもの音が入り混じった車内は、どこか物寂しかった。 
 文治は、ぼうっと窓の外を眺めた。先ほどから、変化のない山々が後ろに流れて消えていくばかりだった。虚ろな頭に浮かんだのは、絞るように唸った父の言葉だった。

 ——宗平は、自殺したらしい。

 自殺。
 文治が想像したどのような死因からも、その二字はかけ離れていた。父は答えたきり黙ってしまったので、文治はその先を追及できずにいる。その死にざまは、およそ叔父には、似つかわしくない。
 余程の理由があったのだろうか。様々な疑問が、文治の頭に沸き起こった。そのどれも、明確な答えはなかった。
「雨、大丈夫やろか」
 母が、しのを突く雨に目をやり、ぽつりと言った。助手席のシートと車体の狭い間に、母の横顔が見えた。
「電車が止まるような雨やない」
 ハンドルを指で叩きながら、父が返す。
 今日の夜、兄の邦彦と、弟の博之が岡山に到着するという話だった。母がその心配をしていると思ったのだろう。
 兄弟と顔を合わせるのは、やはり大学卒業以来かもしれなかった。
「お義母さんは、大丈夫?」
 母の心配は止まない。叔父の死に直面し、言い知れぬ暗雲が、母の胸に立ち込めているに違いない。
「電話は、しゃんとしよった」
 やや間があって、うん、と母の声が聞こえた。
 母の声は、父の返事には納得していない様子だった。祖母の安否に関する母の問いの含意は、文治にも分かった。それを、父が分からないはずはなかった。
 二年前に祖父を亡くしてから、今年九十幾歳かになる祖母は、岡山で一人暮らしを続けている。
 岡山の美作みまさか市にある大沢地区は東西南北を山に囲まれた盆地で、南北に中国自動車道と国道が走る。因幡国いなばのくに播磨国はりまのくにを結ぶ因幡街道の宿場として江戸時代より栄えたのだ、と父は語っていたが、今を以て栄えているとは言い難かった。
 病院もスーパーもあり困ることはない、というのが祖母の言い分で、神戸に同居しようという父の申し出を断ったと聞いた。
 文治が前に祖母と会ったのは、かれこれ十年近く前になるはずだが、盆であっても、くたびれた麦わら帽子を被って農作業に勤しむような、気骨ある祖母の姿が印象深い。祖母は、その実、便不便よりも土地や馴染み近所から離れ難いのだと文治は思う。代々の墓も、その地にある。
 父はというと、祖母の意を汲んだ。最寄りに駅もあれば、中国自動車道のICまであるという、恵まれた交通網も、その決断の一端だろう。よし何かあったとしても、すぐに駆け付けることができる。
 一時間半もして、車は大沢ICで自動車道を降りた。車は、国道を北に向かう。
 重い雲が空を覆い、雨が街を灰に塗り潰していた。彩度を失った家々を通り過ぎて、国道を脇に逸れる。古びたガソリンスタンドに見覚えがあった。
 西の山麓に向かうにつれ、人家は減っていく。家と家の間に広い水田が挟まるようになって、道も細くなった。 視界を通り過ぎていく水田は、田植えを終えてさほど間がないようで、若い苗が整然と並んでいる。水面に、雨粒が痘痕あばたを作っていた。
 道の先に、合掌造りのように急勾配の傾斜をした、臙脂色の屋根が見えた。
 舗装された道から、車は無舗装の庭に乗り入れる。じゃりじゃりと、タイヤが土とも砂利とも知れぬ地面を踏みつける音がする。
 さっ、と肌が粟立った。幼い自分は、いつもここで、目を開けるのである。
「着いたぞ」
 父の声は、思い出の中の声よりも、重く沈んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

処理中です...