ある探偵<第一部>

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第一章:隠しごと

第十三話:「隠しごと」⑨

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 その日の放課後、ぼくは、国木田先生と宗平くんを生徒指導室に呼び出した。
 すべての決着をつけるために。
 生徒指導室は、机も何もかも、あの日のままだった。三人で三つの席に座り、空いた一つの席を見る。ただ、四人目の姿だけが、そこにはない。もう、永遠にないのだ。
 彼女の影を振り払うように、ぼくは、顔を上げた。
「先生は、亜里沙ちゃんが転校するのを、あの日、すでに知っていたんですよね」
 太い眉を八の字に寄せている先生に、ぼくは訊ねる。
「だから、亜里沙ちゃんに、犯人探しをするかどうかを聞いた。亜里沙ちゃんが学校に来るのは、あと、たった四日のことだったから」
「……そうじゃ。転校の話は、前もって亜里沙と、亜里沙のご両親から、聞いとった」
 観念した様子で、先生は答えた。
 とても悔しい思いが喉にせりあがってきて、でも、ぼくはそれを抑え込んだ。
「転校の話は、誰にも話さないでくれ、と?」
 国木田先生は、頷く。
 ここまでは、考えていた通りだった。次は、宗平くんだ。
「宗平くん。一学期の終わり、亜里沙ちゃんの靴と教科書が無くなって、靴は、その翌日に出てきたよね。あれを最初に見つけたのは、宗平くんなんでしょ?」
 宗平くんは、机の上で揺らしていた目線を、こちらに向けた。
「そうじゃ」
「あれは……誰が持ってたの? 宗平くんじゃあ、無いよね」
「やっちもねえことじゃ。……まあ、もう当人もおらんけえ、言うてもええんやろな」
 ちらりと、宗平くんは、目線を先生に向けた。でも、その視線の意味を、先生は理解できていないようだった。
「亜里沙の上履きを持っとったんは、用務員の茂男さんじゃ」
 ぼくは言葉を失った。そして、はっとする。朝に感じた、違和感の正体に気付いたのだ。
 いつも始業式や終業式では、用務員である茂男さんは、先生たちの一番最後に並んでいた覚えがあった。
 薄青色の作業着が印象的だったから、覚えている。でも、今日の始業式にはいなかった。
「茂男さんは、どうしたんですか。先生は、何か知ってるんじゃないですか?」
 慌てて先生を向いたぼくは、ぼく以上に、驚いていた。
「そ、そねん話、聞いとらんがじゃ。家族の都合で、退職するゆう話を教頭が聞いたゆう、そんだけで……。でえれえ急な話や思おとったが、そうか。じゃけえ茂男さんは、そねえ急に……」
 国木田先生は、納得したように何度も頷いた。
「じゃ、じゃあ、亜里沙ちゃんの上履きと教科書を盗んだのは、茂男さんってこと?」
「違う」
「え?」
 わけがわからない。茂男さんは、盗んでもないのに、上履きを持っていたのか。
「慎二。あの日の放課後、わしら二人で帰りよったとき、話したじゃろ。犯人は、盗んだことをすぐに気づいてほしかったんやなかろうか、と」
「うん。だから、すぐにわかる上履きと、六時間目の国語の教科書が選ばれたんだろうって……」
「わしは、言うたじゃろう。すぐに気づいてほしいだけなら、上履きだけでよかろうて」
「それは……うん。そうだけど。それがいったい」
 宗平くんは、もぞもぞと、椅子に座り直した。
 声を低くする。
「茂男さんが盗んだんは、上履きだけなんじゃ。上履きが隠された理由と、教科書が隠された理由は、まったく別なんじゃ」
「それって……!」
「そうじゃ。あの事件は、二人の人間が関わって、上履きと教科書が隠されたんじゃ」
 ぼくは、言葉が出てこなかった。そんな偶然が、あるだろうか。
 学校で何かが盗まれる、なんて話を、ぼくは今まで聞いたことがなかったというのに、それが同じ日に、立て続けにだなんて。
「でも、なんで? どうして茂男さんは、亜里沙ちゃんの上履きを盗んだりなんか」
「それが、わしらと、あの人の勘違いなんじゃ。茂男さんは、亜里沙の上履きを盗むつもりじゃあなかった。なんじゃ」
「惠香ちゃんを?」
 余計に、わけがわからない。惠香ちゃんと茂男さんに、何の関係があったんだろう。想像もつかない。
 頭の中に疑問がぐるぐると巡るぼくをよそに、宗平くんは続ける。
「全ての始まりは……茂男さんかもしれん。あん人が女子に嫌われゆう話は、覚えとるじゃろ? そりゃあ、たしかにいつも作業着で、よごれおったけんど、そねんだけじゃあねえ。あん人は、水泳の授業がある日なんぞは、照明の取り換えゆうて、よく廊下で作業しよったらしい。女子が着替えて部屋から出て来ゆうと、茂男さんと目がおうて、気味が悪いと、そんな話があったらしいんじゃ。
 あの日、茂男さんは、やっぱり、五年生の教室の前辺りで、作業しよった。わしらの四年生教室の、すぐ隣じゃな。着替えを終えて晴美が出てきて、入れ替わりに今度は恭介が入る。そして、恭介が出て行く。二人とも、部屋には自分しかおらん思おとったんじゃろうが、実は、教室には他の人間がおった。
 それが、惠香じゃ。
 惠香は掃除用ロッカーに、隠れとったんじゃ。誰にも、見られんようにあることをするために。ところが、ロッカーから出てきて作業をしようとした惠香は、廊下からの視線に気がついた。少し開いたドアから、茂男さんが覗いとったんじゃ。 惠香は、茂男さんが気味悪いゆう話を、クラスの女子から聞きおったけえ、すぐぴんときたんじゃろうな。
 それに、惠香は、自分が隠れゆうところを見られたと思って、カッとなったんじゃろう。恵香本人が言わんで、なんと言うたかは知らんが、茂男さんに、酷いことを言うたがじゃ。あん気いの強いおなごのことじゃ、溜まり溜まったものもあって、よほどのことを言うたんじゃろう。結局、茂男さんに見られたせいで目的は達成できんと、惠香はそん場を後にした」
 その光景が、手に取るように浮かんできた。
 ぼくは、はっとした。茂男さんの言葉そのものが、宗平くんの語った物語を、説明していたと言えないだろうか。
「そういえば、茂男さんは、ちょっと空いた扉から、教室の中を見ていたと言ってたね。でも茂男さんの言葉を信じるなら、茂男さんが立っていた場所は、五年生教室のあたりだ。
 隣の教室の廊下。そんな斜めの角度から四年生の教室を見て、『髪の赤い女の子が、教室の真ん中あたりにいた』なんてことが、わかるはずない。茂男さんは、もっと長く、しっかり、教室の中を見ていたから、惠香ちゃんの居た場所まで良く見えたんだね」
「そうゆうことじゃ。じゃけえ、茂男さんは惠香に馬鹿にされて、ついつい、惠香に復讐しよう思ったがじゃ。惠香が立っておったのは、亜里沙の席じゃった。あとは茂男さんが、亜里沙の上履きを恵香のものと勘違いして、持っていったがじゃ」
「じゃけん、靴を間違えて取ったゆうのんは、そねんこと、靴を見ればすぐ間違いに気づいたんやねえか? 名前が書いてあるじゃろ」
 先生は青ざめた顔で、口を挟んだ。茂男さんの一件が、よほど信じられないらしかった。
「だれでん、分かる。四年生や、先生やったらすぐ。じゃけん、用務員の茂男さんには分からん。靴の名前が女子の名前じゃったから、もう、自分を馬鹿にしたのは『久住亜里沙』ゆう女子じゃと、思い込んだじゃろうな。まあ、そねんあたりなんも聞かんと、わしは上履きを返すようゆうただけじゃから、詳しい事情は知らんけんど」
「その話、惠香ちゃんには……」
「聞いた。……惠香も、亜里沙が転校する話は、もう聞きおったらしい。じゃけえ、恵香は自分の書いた手紙を、こっそり亜里沙の机に仕舞いようとしよったんじゃと。それがまあ、わしらが見た放課後も合わせて、二度も失敗したわけじゃ。恵香も、災難じゃ」
 ぼくらが見たのは、恵香ちゃんが、亜里沙ちゃんの机に手紙を隠そうとしていたところだったのか。
 ぼくは、あの時の恵香ちゃんの気持ちを思って、苦しくなった。
 転校だけでなく、教科書と上履きが無くなるという災難にあった亜里沙ちゃんを、恵香ちゃんは、応援したい一心だったのではないか。恵香ちゃんのことを疑っていた自分を、責めたくなった。
 すると、先生が思い出したように声を上げた。
「いや。待ってくれ。そうなると、教科書を隠したんも、松木や茂男さんじゃないんじゃろ? いったい、だれが教科書を隠したんじゃ? それに、なんでえ、久住はノートなんか破いて、逃げたんじゃ。そねんわしらに、見られとうないモンゆうがは、なんじゃ?」
 先生は落ち着かない様子で、身を乗り出す。
「それは……」
 それまで、川が流れるみたいにすらすら話していた宗平くんが、急に、口をもごもごさせた。
 やがて、おそるおそる、噛むように話し始める。
「先生や慎二には……四年生のだあれも、いや、学校のだあれも責めてほしくないけえ、言う。教科書を隠したんは……亜里沙、本人じゃ」
 言葉が、出てこなかった。
 わけがわからなかった。亜里沙ちゃんが、どうして。
「なんでか。……そらあ、わからん。ただ、亜里沙は自分の教科書を、自分で隠した。そんだけじゃ。破れたノートのことも……わからん。ただ、なんかが描いてあったとしても、それは亜里沙本人が書いたもんじゃ。心配いらんけえ。これで話は全部終わりじゃ」
 宗平くんは、それだけを言うと、逃げるように部屋を出て行った。
 ぼくと先生は、その姿を目で追い、部屋に取り残されて、しばらくぼけっとしていた。やがて、顔を見合わせて、いったいどういうことだろうと二人で言い合ったものの、答えは出てこなかった。
 でも、宗平くんが言うのなら、もう、分からないものなのだろうと話して、それ以上考えるのはやめた。
 ぼくは、先生と別れて学校を出て、一人で、夕日が沈みかけた畔道を歩いた。
 大沢町は東西南北を山に囲まれているので、夏でも日暮れが早いのである。
 ぼくは、赤く染まる山に、恵香ちゃんの赤い髪を思い出した。そして、比べるような白の、亜里沙ちゃんを思い出した。彼女の教室の最期の姿を頭に浮かべようとする。
 最後の授業は、結局、あの国語の授業だった。教科書を無くした……教科書が無いふりをした亜里沙ちゃんが授業を受ける姿だった。
 亜里沙ちゃんが机を動かし、隣の宗平くんの机とくっつけている。
 教科書を、二人で共有する。二人の肩は自然と、数十センチの間に近づいて……。
 ——ぼくは、溜息をもらした。
 ながい、ながい、息を吐いた。胸が締め付けられるように苦しくなったのは、息を吐ききったせいに違いない。
 ヒグラシが、悲しそうな声で鳴いていて、その音が耳の奥に残る。
 亜里沙ちゃんによって破かれたノートが、突然、ぼくの目の前に現れたような気がした。
 そこに書かれていたものが、ふわりと頭に浮かんだ。
 亜里沙ちゃんが、先生や、宗平くん、ぼくに見せたくなかったもの。とりわけ、本当に見せたくなかったのは……。
 ぼくは、空を見上げた。
 空は晴れ、遠くの山にかかる雲は、赤と眩しいばかりの金色に照らされている。
 雨は、降りそうにない。傘の出番はなさそうだった。

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