異世界パピーウォーカー〜イケメン獣人預かり〼〜

saito

文字の大きさ
7 / 54
マメ柴のシバ

マメ柴のシバ

しおりを挟む
奴を人間だと思わないこと。
それが、この事態を受け入れるための必須事項だとさゆりは端的に思った。

奴は犬だ。
十代の少年なら、人の手足を延々となめ回そうとしない。

奴は犬だ。
十代の少年なら、「さゆりさゆりさゆり遊んで遊んで遊んで」と喚きながら部屋中を駆け回ったりしない。

奴は犬だ。
十代の少年なら、出したご飯を犬食いで丸呑みしない。

奴は犬だ。
十代の少年なら、それらを全て全裸であらゆる毛を晒しながら行ったりしない。

この、服の着用を拒否する。という行為が地味にさゆりの精神を削っていた。
もちろん頼んだ。
服を着ろと。
あえなく却下された。
服は嫌だと。

無理やり着せようと押さえ込もうとすれば体をよじって逃げる。
犬の柔軟性と瞬発力に、少年の腕力が加わればさゆりの手に終えることではなかった。

ならばせめて、犬の姿になって欲しかった。
彼の行動の全ては、彼がワンコだったら許容できる。
そう、もふもふなワンコならね。
しかし、いくら頼んでも彼は犬の姿に戻ってはくれなかった。

おいクソ兄貴。話が違うぜ。
ぶっ殺されてぇか。
そう思っても、殺意の対象にさゆりから接触することは不可能だった。
何せ次元をいくつか跨いだ異世界にいるのだ。
1ヶ月後、彼がまたぽっかりして来るのを待つしかない。

そしてその時は、どうやったら確実に、かつ可及的速やかに、あの穴を通じて兄を亡き者に出来るか。
それを模索するのが当面のさゆりのライフワークになった。

もっと大きな課題が目の前にはあるが。

さゆりは部屋の隅に体育座りになったまま、目の前の男を見た。
仰向けになって背中を床にこすりつけるように体を捩っている。
つまりあれは、犬の構ってのポーズだ。残念ながら外見は人間だから目も当てられないことになっている。
特に股間が。

構えない。あの状態の異性の未成年は、とてもじゃないが構えない。

さゆりは視界をまぶたで塞いで深くため息をついた。

明日から会社だ。

バチクソに気が重かった。
さゆりが外に出ようとすると、全裸の少年は一緒について来ようとするのだ。
丸出しだし、未成年だし、耳と尻尾は人外だし、世間の人々が彼を見たら情報過多でぶっ倒れるのは目に見えていた。さゆりも無事では済むまい。

「シバ君。」
さゆりは、いつの間にかうつ伏せになってさゆりが部屋に飾っていた某ビーグル犬のぬいぐるみを齧っている少年を呼んだ。
ぬいぐるみの両耳はすでに食いちぎられ、諦観したような糸目とニヒルに笑った口元だけが彼がかの名だたるキャラクターである事を物語っている。

少年の名前は、少年が「シバと遊んで!シバと遊んで!シバと遊んで!」と喚いたので判明した。
マメ柴のシバだろうか、シバくぞてめぇのシバだろうか。
さゆりは思った。

さゆりの呼びかけをまるきり無視して、シバはシニカルなビーグルの鼻面を齧り切るのに夢中だ。
端正な顔をした10代半ばの少年が全裸でぬいぐるみをかじる様を見て、居たたまれなさにもぞつくらいは常識を持つさゆりだった。
奴は犬、奴は犬、そう言い聞かせながらやっとの思いで続ける。

「私明日から仕事で外に出るんだけど…」

「シバも行く!!」

少年が目を輝かせてさゆりを見る。
ピンっと弾んだ柔らかな耳。
つるりとしたハリのある肌に、
やや丸みのあるアーモンド型の目に沿って刻まれたくっきり二重。目を縁取る豊かな睫毛。
すっと通った小ぶりの鼻。
顎は細身だが貧弱な印象がないのは、そこから伸びる首筋が案外しっかりしているからだろうか。

じっとしていれば、局部がブラブラしていなければ、なんて愛らしい顔立ちだろうか。
普段モデルや若手俳優にそこまでこだわりのないさゆりにも、シバの容姿が彼らに引けを取らないものであることは理解できた。

しかしそれを凌駕するマズさが彼にはある。間違いなく。
『ただしイケメンに限る。』
という場面は実際世の中にはあるだろうが、
『やっぱイケメンでもダメなものはダメまじありえないから本当勘弁して頼むよありえないから。』
という場面も確実に存在するはずだ。そして、さゆりにとってはそれが今だった。

「シバ君はおうちでまってて。」

「なんで!嫌だ!」

シバのピンとしていた耳がしんなりうなだれ、きゅぅんきゅぅんと鼻を鳴らす。

15,6歳の少年だと思うと寒気がしてくるため、さゆりは気を強く持って相手は犬だと自分に言い聞かせた。

「外は危ないよ。シバ君多分警察に連れていかれちゃうから。」

何せ全裸だからな。さゆりはこころの中で毒づいた。日本の当たり前のルールを聞いた当のシバは

「警察って何?」

とキョトンとした。なるほど。ぽっかりの先にはそういう類の治安維持組織はないらしい。

「えーと、憲兵?みたいな…」

兄の話から聞きかじった知識で説明してみる。するとシバの顔色が変わった。

「シバを憲兵が連れて行っちゃうの!?」

明らかにおびえた様子を見て、これはチャンスだとさゆりは思った。

「そう。お外に出ると憲兵に連れて行かれちゃうの。」

このまま言いくるめてしまえ。

「なんで!さゆり、シバを憲兵に渡しちゃうの!?」

「私が決めることじゃないの。裸の人はみんな憲兵が連れて行っちゃうんだよ。」

だから服を着なさい。そう言おうとしたが、シバの叫びに遮られた。

「なんで!みつるはシバを憲兵には渡さないって言った!ちゃんとしたお家で働けるって!言ったもん!」

「いい子にしてないと、私がお兄ちゃんにシバは憲兵に引き渡してって言っちゃうよ。だから服を着て大人しく家にいて。」

「嫌だ!憲兵は嫌だ!やだやだやだ!」

「だったら服を着て。」

「いやー!!!」

明らかに興奮しだしているシバに、まずい予感はしたがさゆりとて我慢にも限界はある。ここで引くわけにはいかなかった。そもそも、どうしてこんなに聞き分けが悪いのか。僅かに湧いてくる怒りと暴力衝動を抑えながらも、さゆりは引かなかった。

「じゃあ憲兵に連れて言ってもらうから。」

「いやぁぁぁぁ!!わあぁぁぁ!」

さゆりが半ば挑発的に吐き捨てると、シバは泣きわめきだしてしまった。
ここにいたり、完全にやり方をしくじったとさゆりは気づいたが、耳障りな声は更にさゆりの神経を逆撫でた。

「本当もう、静かにしてよ…」

ぶちたくなってくる。久しく感じていなかった衝動をやり過ごしながら、うんざりしている、という声音で呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」 居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。 幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。 そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。 しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。 そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。 盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。 ※表紙はAIです

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

騎士団長のお抱え薬師

衣更月
ファンタジー
辺境の町ハノンで暮らすイヴは、四大元素の火、風、水、土の属性から弾かれたハズレ属性、聖属性持ちだ。 聖属性持ちは意外と多く、ハズレ属性と言われるだけあって飽和状態。聖属性持ちの女性は結婚に逃げがちだが、イヴの年齢では結婚はできない。家業があれば良かったのだが、平民で天涯孤独となった身の上である。 後ろ盾は一切なく、自分の身は自分で守らなければならない。 なのに、求人依頼に聖属性は殆ど出ない。 そんな折、獣人の国が聖属性を募集していると話を聞き、出国を決意する。 場所は隣国。 しかもハノンの隣。 迎えに来たのは見上げるほど背の高い美丈夫で、なぜかイヴに威圧的な騎士団長だった。 大きな事件は起きないし、意外と獣人は優しい。なのに、団長だけは怖い。 イヴの団長克服の日々が始まる―ー―。 ※84話「再訪のランス」~画像生成AIで挿絵挿入しています。 気分転換での画像生成なので不定期(今後あるかは不明ですが)挿絵の注意をしてます。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

処理中です...