13 / 54
マメ柴のシバ
忠犬ハチ公
しおりを挟む
さゆりの提案はあっさりと受け入れられ、車は3人を乗せて駅を後にした。
「えりか、お店は宴々屋でいい?」
「あ、うん。丁度そこにしようと思ってたんだ。」
「了解。」
男が返事をした直後、パクッという軽い音が運転席からして、次の交差点を右折する合図を車体が告げる。
週末の駅前交差点は賑わっていて、右折レーンに乗り入れた車はしばし時差式信号の前に足止めをくらった。
「あ、遅くなってごめんね。
この子は私の従弟のきみや。ハチはあだ名。歳はさゆりちゃんの一つ上だよ。」
「あ、はい、…えと、望月紗有里です。初めまして。えりかさんは兄の同級生で…。」
「知ってる。はじめまして。」
「え、なんでっすか?」
2人とも車体の右サイドにすわっているので互いの顔は見えなかったが、きみやが明らかに興味なさげなのと、さゆりが不信感を爆上げしたのは声のトーンから明らかだった。
どこで知るよしが有るというのか。
従姉の学生時代の元カレの友人の妹のことなど。
大体きみやが店を提案した時点で不可解だったのだ。
えりかとさゆりが居酒屋に行く話をしていた場にきみやはいなかったし、合流後一言だって説明していない。
さゆりの、不審者相手は警戒マックスで、という習慣は相手の美醜を超えるほど深く刷り込まれている。
彼女にはそれほど根深いのことだったのだ。
家族が忽然といなくなるという経験は。
ここに来てさゆりは気付いてしまった。
さして所縁のない土地で、よく知りもしない人間の車に安易に乗り込んでしまった迂闊さに。
しかも相手は複数で、メンツの1人は男だ。
さりげなく右手でドアロックを確認する。鍵は閉まっていない。
でもチャイルドロックはどうだろう。確認していない。
本当にこのまま車は飲食店に着き、和やかに食事ができるのだろうか。
「あの、さゆりちゃん。」
声をかけられて密かにはっとする。左を見やれば、えりかは苦笑いを浮かべていた。
「実はハチは私が大学生の時私を頼って上京して来て。その、丁度望月君の事があった時なんだけど…。」
言われて思い出した。かつて高崎がそんな事を話していたのを。
「それで、その時ハチの処遇でかずやとケンカしちゃって、望月君探すの手伝えない雰囲気になっちゃったんだよね。本当、今更だけどあの時はごめんなさい。」
えりかは頭を下げた。
声音は迫真だが、果たして事実が伴う説明なのだろうか。
辻褄は合うが。すこし聞き込んでみようか。
「それで、高崎さんと別れて、その…きみやさんと?」
恋愛事情を聞き出すのは苦手だ。他人の領分を侵している気分になる。でも今は仕方ない。
「いや、違うよ。きみやとは付き合ってない。今も。」
彼のあの反応でそれは少し無理があるのではないか?
確かにえりかの態度からは恋愛感情は読み取れないが、そんな歪な関係が、男女間で継続しうるだろうか。
「でもかずやからしてみたら嫌だよね。当たり前。」
さゆりも同意見だった。
自分の恋人に明らかに好意がある男がチョロ付いていて、恋人もそれを拒絶しない。
それがあの日の高崎の苛立ちの正体だったようだ。
「私も悪かったし、まあ、まゆを立ち直らせる必要もあったし…。」
だからくれてやった、というニュアンスを読み取れば良いのだろうか。
そう考える自分は性格が悪いとさゆりは思った。
自身を納得させる言い訳かもしれないのに。
どうやらえりかは聞けば答えてくれそうだが、汚泥を掻き回すことはあまり楽しいと思わない。
きみやがさゆりを知っている経緯に偽りはなさそう。それで十分だ。次に移ろう。
「私たちが店に行こうとしてたのを、きみやさんが知ってたのははどうしてですか?」
えりかは目を見開いた。
「だよね。さゆりちゃんにしたら変だよね。」
今、その不自然さに気づいたようだが、言い方がおかしい。
「これ、マイク付いてて。」
えりかがそう言って胸元のペンを指差したので、今度はさゆりが目をみはる番だった。
とっさに目の前の運転席を見る。座席に隠されきみやの様子は分からない。首を回してえりかを見た。彼女はこちらに向かってバツが悪そうにしている。
「会話勝手に聞かせてごめんなさい。」
そんな謝られ方、人生でそうそいないっちゅうねん。
空腹がもたらす萎えた気分も相まって、とっとと帰らなかった事を深く後悔した。
「えりか、お店は宴々屋でいい?」
「あ、うん。丁度そこにしようと思ってたんだ。」
「了解。」
男が返事をした直後、パクッという軽い音が運転席からして、次の交差点を右折する合図を車体が告げる。
週末の駅前交差点は賑わっていて、右折レーンに乗り入れた車はしばし時差式信号の前に足止めをくらった。
「あ、遅くなってごめんね。
この子は私の従弟のきみや。ハチはあだ名。歳はさゆりちゃんの一つ上だよ。」
「あ、はい、…えと、望月紗有里です。初めまして。えりかさんは兄の同級生で…。」
「知ってる。はじめまして。」
「え、なんでっすか?」
2人とも車体の右サイドにすわっているので互いの顔は見えなかったが、きみやが明らかに興味なさげなのと、さゆりが不信感を爆上げしたのは声のトーンから明らかだった。
どこで知るよしが有るというのか。
従姉の学生時代の元カレの友人の妹のことなど。
大体きみやが店を提案した時点で不可解だったのだ。
えりかとさゆりが居酒屋に行く話をしていた場にきみやはいなかったし、合流後一言だって説明していない。
さゆりの、不審者相手は警戒マックスで、という習慣は相手の美醜を超えるほど深く刷り込まれている。
彼女にはそれほど根深いのことだったのだ。
家族が忽然といなくなるという経験は。
ここに来てさゆりは気付いてしまった。
さして所縁のない土地で、よく知りもしない人間の車に安易に乗り込んでしまった迂闊さに。
しかも相手は複数で、メンツの1人は男だ。
さりげなく右手でドアロックを確認する。鍵は閉まっていない。
でもチャイルドロックはどうだろう。確認していない。
本当にこのまま車は飲食店に着き、和やかに食事ができるのだろうか。
「あの、さゆりちゃん。」
声をかけられて密かにはっとする。左を見やれば、えりかは苦笑いを浮かべていた。
「実はハチは私が大学生の時私を頼って上京して来て。その、丁度望月君の事があった時なんだけど…。」
言われて思い出した。かつて高崎がそんな事を話していたのを。
「それで、その時ハチの処遇でかずやとケンカしちゃって、望月君探すの手伝えない雰囲気になっちゃったんだよね。本当、今更だけどあの時はごめんなさい。」
えりかは頭を下げた。
声音は迫真だが、果たして事実が伴う説明なのだろうか。
辻褄は合うが。すこし聞き込んでみようか。
「それで、高崎さんと別れて、その…きみやさんと?」
恋愛事情を聞き出すのは苦手だ。他人の領分を侵している気分になる。でも今は仕方ない。
「いや、違うよ。きみやとは付き合ってない。今も。」
彼のあの反応でそれは少し無理があるのではないか?
確かにえりかの態度からは恋愛感情は読み取れないが、そんな歪な関係が、男女間で継続しうるだろうか。
「でもかずやからしてみたら嫌だよね。当たり前。」
さゆりも同意見だった。
自分の恋人に明らかに好意がある男がチョロ付いていて、恋人もそれを拒絶しない。
それがあの日の高崎の苛立ちの正体だったようだ。
「私も悪かったし、まあ、まゆを立ち直らせる必要もあったし…。」
だからくれてやった、というニュアンスを読み取れば良いのだろうか。
そう考える自分は性格が悪いとさゆりは思った。
自身を納得させる言い訳かもしれないのに。
どうやらえりかは聞けば答えてくれそうだが、汚泥を掻き回すことはあまり楽しいと思わない。
きみやがさゆりを知っている経緯に偽りはなさそう。それで十分だ。次に移ろう。
「私たちが店に行こうとしてたのを、きみやさんが知ってたのははどうしてですか?」
えりかは目を見開いた。
「だよね。さゆりちゃんにしたら変だよね。」
今、その不自然さに気づいたようだが、言い方がおかしい。
「これ、マイク付いてて。」
えりかがそう言って胸元のペンを指差したので、今度はさゆりが目をみはる番だった。
とっさに目の前の運転席を見る。座席に隠されきみやの様子は分からない。首を回してえりかを見た。彼女はこちらに向かってバツが悪そうにしている。
「会話勝手に聞かせてごめんなさい。」
そんな謝られ方、人生でそうそいないっちゅうねん。
空腹がもたらす萎えた気分も相まって、とっとと帰らなかった事を深く後悔した。
0
あなたにおすすめの小説
甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜
具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」
居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。
幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。
そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。
しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。
そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。
盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。
※表紙はAIです
転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜
まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、
専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活
現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。
しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。
彼は大陸一の富を誇る名門貴族――
ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。
カイルに与えられたのは
・世界一とも言える圧倒的な財力
・財力に比例して増大する規格外の魔力
そして何より彼を驚かせたのは――
彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。
献身的なエルフのメイド長リリア。
護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。
さらに個性豊かな巨乳メイドたち。
カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。
すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――
「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」
領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、
時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、
最強の御曹司カイルは
世界一幸せなハーレムを築いていく。
最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。
優の異世界ごはん日記
風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。
ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。
未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。
彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。
モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる