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マメ柴のシバ

食事

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さゆりがえりかの暴露により落とした顎を手で無理くり定位置に戻して程なく、車はきちんと宴々屋なる居酒屋についた。

さゆり側のドアにチャイルドロックは掛かっておらず、
きみやがえりかの降りるドアを開けている間にさっさと降りる事も出来た。

えりかに従い、提灯風の街灯に挟まれた門をくぐる。えりかが入り口の引き戸を開ける。
受付にいた女性店員が、「いらっしゃいませ。」とマニュアルを感じさせる声音をえりかに浴びせたあと、びったりと張り付くように入っていったきみやを見て「い、いらっしゃいませぇ。」
とワントーン高いグリーティングをした。後に続いてさゆりが入った所は、きみやを見つめる店員には認知されなかった。

その後グリーティングを聞いて奥から誘導係らしい別の女性店員が出てきた。
店員はえりかを見るや、

「いらっしゃいませ!いつもありがとうございます!」

と素晴らしい挨拶をして、ちらりときみやを見た。

その店の接客は最高だった。
多分正確には、きみやを前にした女性店員の接客が最高だっただけだ。普段は何の変哲もない地元住民が使う居酒屋に違いない。

色々な女性店員が代わる代わるテーブルに御用聞きに来ては、きみやに熱い視線を送って行く。

ファーストオーダーの際酒の好みをえりかは聞いてきたが、さゆりは「生で。」としか言わなかった。
いまいち馴染めない酒の席で、無難におさめる最適ワードだ。
フードは早々に完全に任せる旨を伝えたので、えりかがこなれた様子で注文をしてくれた。

ドリンクもフードも、今までさゆりが生きて来てサービスを受けた店員全員が怠慢だったとしか説明がつかないような早さで揃った。
乾杯、とハイボールのジョッキを傾けてくるえりかに、軽く応じてジョッキを煽る。
正直、泡が多すぎて中々本体が喉に流れてこなかった。
えりかの隣ではきみやがオレンジジュースを啜っていて、そのグラスの縁にはカットしたブラッドオレンジがちょこんと刺さっている。
絶対普段はこの店の300円のジュースにそんな飾りはついてないだろ、と泡を噛み締めながら思った。

女性店員達はそれからもそわそわと入れ替わり立ち代わりでテーブルに寄り付いては、過剰なまでに空いた皿を下げたり追加注文を聞いたりしてくる。

さゆりもついつい乗せられるように食を進めてしまい、既に三杯目のビールジョッキを7割方開けていた。出来たてですぐに出てくる肴の数々に腹具合も大分いい感じだ。

空腹が解消されたので、頬を染めて今日のオススメをきみやに伝えている女子大生らしき店員に対し、

「こいつ、惚れた女に盗聴器仕掛けるド変態ですよ。」

と告げる妄想をして遊べるくらいの余裕は出てきた。

極め付けは、えりかがおいしいからと頼んでくれたカニ雑炊だった。
さゆりだけで食べていいと言われたので、小鍋に入ったそれを独占的に胃に流し込んだ。
お腹がポカポカに暖まって優しい気持ちになれない奴なんていない。
改めてそう実感した。
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