貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第四話 俺様な婚約者候補①

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 今私は一人の男性の目の前にいる。

 なぜだろう、こんなにふんぞり返って・・・?

 私の名で借りたサロンだが、来た早々お茶がまずいだの、茶菓子が食べれたものじゃないの、文句ばかり言っている。

 「・・・それで?お前はこの私と一緒になるのだろう?そういうことなら、私に尽くせ!気の利かない婚約者よな!私の好みぐらい知っていて当然だろう?!」

 ・・・はい?・・・誰が婚約者ですか?

 私が怪訝な表情をしていると、目の前のお方は舌打ちをして私を指さす。下品な。

 「お前は私、アランコ王国の第三王子であるエルネスティ・アランコの婚約者だろうが!」

 はいい?

 「????。えーっとアランコ王国のエルネスティ・アランコ王子殿下でしたか、・・・そのアランコ王国の王子殿下との婚約など、私は聞いておりませんが?」

 私聞いてないよ!って、勝手に婚約決めないでよ!

 サロンを借りろと母様から連絡があり、その通りにした。今、やけに手紙が来るのだ。三日おきぐらいに届く。財務体質を気にする母様は、筆まめな質ではない。なので前は入学したときに近況を知らせろと、送ってきたぐらいだったのに。

 あ、相変わらず、父様の手紙はひっきりなしに届いている。弟たちの手紙も届いた。我が家の男たちは筆まめだ。父様は自前の領地を持っており、財務体質は豊かだ。だが、母様の手紙は入学当初のほぼ一通だけだったのだ。

 専属侍女頭のカイサも母様から指示を与えられていたようだ。何度もうるさく言ってきていたからだ。ベルトリオ・メルキオルニ王子の一件があって割とすぐのことだったため、面倒だなと思ったが、言われるままにサロンを借りた。学園は貴族の子弟もいるため、社交のためにそのような施設が存在する。学園以外で市井の喫茶を借りるという方法もあるが、学園の施設だと金額が低く抑えられる。学園のサロンを借りたことをカイサに伝えるが、カイサがなぜか微妙な顔をした。

 『・・・市井の喫茶を準備したほうがいいのでしょうかねえ・・・』

 うんん?サロンを借りろというので借りたんだよ?別にいいでしょ?学園のサロンも、サロンって呼ばれてるんだよ?・・・。あれ?

 私は唐突に理解した。

 ああ、だからか。私はその時、カイサの言う意味を理解していなかったが、今カイサの言った意味を正しく理解した。あれはこの王子のためだ。格式がどうのとかいう人なんだね、このアランコ王国の王子さまは。

 「なんだと!人に婚約を申し出ておいて、知らんなどと言うとは!私を馬鹿にするのか?!」

 聞いてないっつうの!さっき言ったでしょ!耳膿んでる?それにこんなのと婚約などしたくないわ!

 「・・・私の親が申し出たことかもしれませんが、私自身は承服しておりません。・・・誠に申し訳ないことでございますが、私の親に確認させていただきます。そのうえで対処させていただきたいと考えております」

 「私はお前の両親から婚約者になってくれと頼まれた!どうしてもと言ってきたので、ログネル王国に行くのは嫌だが、爵位もくれるというのだからお前と結婚してやることにしたのだ」

 いや、いやいやいやいや。まず私の親はそんなことを言うはずがない。絶対に『どうしても』なんて言わない。それにアランコ王国なんてログネル王国に何か利益をもたらすわけない・・・、ん?

 「・・・結婚できるとは限りませんが・・・」

 後ろでカイサが低い声で言っている。ははあ、どうやらカイサは親の思惑を聞かされているらしいわね。でも、許していないのだから、いくらカイサでも発言をしちゃだめよ!
 幸い王子は耳が悪いようで、カイサの言葉は聞こえていないらしい。

 実のところ、アランコ王国には、ログネルにしてみれば利益になるモノが存在する。それは貿易のための港だ。もちろん、ログネルにも港は存在するが、みな小舟用の港だ。大船が陸に直接着岸できる水深の深い港はあるが、それはログネルの海軍艦船用だ。ログネルは海軍の存在を秘匿しており、大船を直接着岸できる良港があれば、海軍用に転用してきている。

 アランコ王国には貿易のための水深の深い港があり、その港は大型船を何艘も着岸できるものだ。アランコ王国の港は一つだけだが、シュタイン帝国の一地方だった時に培った貿易港としての地位はこの地方がシュタイン帝国の崩壊とともに小国アランコ王国として独立した今でもアルトマイアー大陸有数のものとなっている。

 ログネルとしてはこのアランコ王国の港の利権が欲しい。たぶん今回の婚約の申し出に関しては港の利権を奪い去るためのまず一歩というところなのだろう。

 私が自分の考えに沈んでいたところを目ざとく見つけた、目の前の王子さまが嵩にきたのだろう、何事か言ってくる。

 「何を呆けている!まったくログネルなどという田舎の野蛮な王国で育つと、このアランコ王国の第三王子である尊重すべき私の前でもぼんやりするのだな!品性を疑うところだ!」

 ぴきっと、後ろの気配が険悪に変わった。
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