貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第五話 俺様王子の逆恨み

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 「・・・まったく、俺のことは気持ち悪いってよ・・・、これでもこの俺はアランコ王国の王子だぞ・・・、それをあの女・・・たかが外務卿付きの武官のくせによ・・・武官のくせに学問などしやがって・・・」

 俺は酒場にいた。知らなかっただろうが、学術都市と言われているお堅いはずのこの街、ルベルティにも酒場があるのだ。それも場末に。以前ふらふら飲み歩いていたら、偶然見つけた。入ってみると表通りよりも安く飲める。学術都市と言われるだけ、ルベルティという街では貴族が頻繁に利用するためのお高くとまったところも多いが、学費と寮費だけで生活してる学生のためのこういう飲み屋も数は少ないがある。寮には門限があるらしいが、大半は守っていないらしい。まあ、そうだ、憂さを晴らすために酒でも飲まんとやってはおれんという奴らが時間を気にするわけはない。

 聞いたところによれば、春を売る女もいるという話だ。俺は国からそれ用の女が送られてきてるから要らないが、いかがわしい女で憂さを晴らした後、妙な病気を貰ってしまい、帰国とかザラらしい。人の欲求の一つだから、やめろというつもりもないが、ちゃんとした娼館で憂さを晴らすべきじゃないか?バレるといかんとか思ってるようだな。

 今日の俺はいつもと同じ、最近頻繁に作られるようになった蒸留酒という透明な酒を、目の前に容器ごと置いていた。最初は酒杯に次いで飲んでいたが、次第に面倒なのと腹が立って仕方がないために、今は容器に直接口を付けて飲むようになった。

 腹が立つのは、あの女の所為だ。気持ち悪いと言われて腹が立たない男が居たら、そいつはおかしい。相当むかついたが、あの大国の外務卿の武官だという話はどうも本当らしく、国の親父やお袋に話しても、何も出来ないだろう。お袋は俺の言うことなら聞く人間だから、キーキー喚くだろうが、あの女王からの親書が親父の元に届けられいて、俺が婚約者になれるかもと計算したあの親父じゃ、ログネルに文句など言いそうもない。

 この先有望で国政を任せるからと、女王自身のお声掛かりでこの学園に来たそうだが、実際は大した爵位があるわけでもない小娘だ。あの肢体の発育とこの俺でも目を見張ったあの美貌は捨てがたいが、やはり身分は高いほうがいい。だから俺には合わない。合わないはずだ。くそっ、襲ってしまおうか。縛って動けなくして、あの身体にむしゃぶりつきてえ。俺を蔑みやがって。だが情けねえことに無理だった。
 俺はこれでも剣が少しは使える。一番上の兄貴には敵わないが、一つ上の兄貴には負けない。だが、あの武官の女、年若いはずなのに俺よりも強い。前にあの女の早朝訓練で、大勢を相手にした時の剣のあしらい方に納得がいかないところがあるとか言って、反復練習をするところを見たが、俺でもあんなのを相手にするのは無理だと思った。急所だけを一撃してケリをつけてた。その姿を見て、俺はあの女、相当できるとわかった。一番上の兄貴でも無理だ、勝てないだろう。

 思い返すたびに、むかつく。むかつくたびに酒を飲む。飲むたびに酔いが回ってくる。身体がふわりと浮かぶような、あの感覚におくびを漏らして身を任せる。

 「・・・彼かい?」

 「はい・・・」

 「・・・これが王子かい?ただの酔っぱらいだろう・・・身に着けているモノは皴だらけだし、こんな場末の安酒場でとても優雅とは言えない・・・やんごとなき出自の高貴なお方だとは思えないよな」

 「・・・相当衝撃だったのでしょう・・・アランコはログネルからの圧迫に耐えかねて今にもログネルの属国にされそうなのですから」

 俺の傍で、なにをこそこそ話してやがる。うるせえんだよ!

 「・・・うるせえ」

 「・・・?酔い潰れてはいますが、耳はまだ働いているようです」

 「そのようだな。計画に取り込めるかどうか・・・」

 「どうでしょう・・・。アランコの国の奴らは港の人足としての適性はありますが、王位簒奪の適性はないでしょう?いざというとき使い物にならないかもしれません」

 何傍で騒いでやがるんだ。

 「うるせえんだよ!俺の傍でこの俺を馬鹿にするんじゃねえ!」

 「・・・ふふふ、威勢だけはいいな。こんなところで飲んだくれているだけの人間のくせにな」

 「・・・では、私が話してみます・・・のってくれると良いのですが」

 「・・・やってみろ、だが私の感じではこいつは使えないと思う」

 声の調子が明らかに変わった。戸惑いから軽蔑へ。ああ、むかつく野郎だ、てめえもこの俺を蔑んでやがるのか!

 「うるせえ、静かにしろ!」

 「・・・一応話してみます。うまく行けばトカゲのしっぽとして使えそうです」

 「そうか・・・わかった。協力するとか言ったら報告しろ」

 足音が離れていく。途中で何人かが加わり、そのまま出て行ったようだ。

 しばらく傍で静かになった。そう思ったが、誰かが隣に座る。

 「ちっ」

 手を振った。が、ふらふらして狙いが定まっていない。案の定、避けられる。

 「邪魔すんじゃねえよ!」

 口だけは威勢が良かった。

 「飲み過ぎだ。自分の身分を考えて振舞うべきなのに、こんなところで酔っぱらうとか、ありえないな。こんなのが王子とは全く世も末だよな」

 「・・・てめえ、何様のつもりだ・・・」

 「いや、私のご主人が、アランコの王子殿に話があったんですがね、使い物になりそうにないと帰りましたよ。あんた、やっぱり小国の我儘アホ王子だね。
 だけどね、あのログネルの女に復讐したくないかい?」

 その言葉に俺は頭をもたげた。
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