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第四話 俺様な婚約者候補⑩
しおりを挟む私が今暮らしている宿舎は父様が借り上げたものだ。あまり広くない庭が建物の周りを囲い、中心に私が暮らす二階建ての館がある。一階には応接室、客室と侍従の個室、男性の護衛騎士の個室、厨房、食堂と物置、二階には私の私室と専属侍女たちの個室、万が一のお客様を泊める客室がある。大国の王女が住むような家ではないのだろうが、ひっそりと身分を隠して住むならちょうどよい大きさだろう。
私は一応私室で武官としての衣装を整え、部屋を出る。部屋の前で待機していた護衛のロヴィーサが礼をし、私はその前を頷きながら通り過ぎる。通り過ぎた後、頭を上げ、私の歩く後ろに従った。
階下に降り、応接室へと向かう。応接室の前には侍従のパウル・アンドレアンが立ち、問いかける様に目だけで問いかけてくる。私が頷くと、パウルがドアをノックし、そのままドアを開けた。さあ、俺様な婚約者候補と再度の対面だ。
私とロヴィーサ、そしてパウルが部屋の中に入る。私は部屋の中央に置かれているソファの背まで進み、あえて座らないでそこに立った。ロヴィーサが私の斜め後ろに立つ。
中の人物がじろりと私を見て来た。お茶を出すように言いつけたが、中にいた侍従のマテウスは茶菓子は出さなかった様子だ。応接室にいる方を歓迎していないぞというつもりなのだろう。
応接室のドアの壁には護衛のヴィルマルが立ち、無表情でソファに座る人物を見つめていた。さりげなく剣の鞘を握っているのだけが、少々場違いだ。
「・・・遅いだろう・・・」
「・・・遅くありませんよ。一応お客様ですから、女として身綺麗にはしてきましたので」
私の言葉にヘラリと笑う。
「・・・婚約者がやってきたのだ。令嬢としての格好で歓迎するのが普通ではないか?」
私が自分の身体を見下ろすと、腰につけている長剣がカチャリと鳴った。
「この格好がお気に召さないとでも言われる?」
「・・・武官ごっこは楽しいのか?」
「・・・いやはや、アランコ王国の第三王子殿は、本来の私の役割であるログネル王国の外務卿付きの武官の格好が、お気に召さないと言われるのですね」
じろじろ身体を嘗め回すように見てくる視線が不快だ。というか、こいつこの屋の主が来たのに、立ち上がりもしなかったぞ。不快でなおかつ無礼な男。カイサの言った冗談のように、母様にお願いしてアランコ攻めてもらおうか。
いや待て。カイサはもう報告を送ってるから、あとは母様の承認だけ必要な段階かもしれないな。あれ、冗談だよねとカイサに聞いておけばよかったかもね。
ちらりとソファの後ろに立っている執事風の若い男はもう顔色を悪くしている。そう言えば、この執事、前には居なかったな。ということは、今回はアランコ王国がお目付け役として付けてきたと思われる。暴走する第三王子を何とか食い止めたいということだろうか。
「・・・そろそろその嫌らしい目つきやめてもらえます?一国の王族がして良い目つきではありませんね」
「・・・発育は良いようだな」
「ええ、おかげさまで」
「身体は私の好みなのだがな、如何せん、身分がな、気に食わんのだ」
「ははは、なるほど」
「・・・」
私の楽しそうに笑う笑顔に一瞬見惚れたような表情をしたが、王子様、あなたでは役不足なのだよ。
「奇遇ですね、私もそう思っていました」
「・・・何が言いたいのだ?」
察しが悪いな、ダメ王子。
「私の好みに一切合わない方なので、婚約者などにはできないと言いました。特に身分が気に入らないのです」
「な、なんだと!」
「アランコ王国などと言う小国の、それも第三王子。出来が悪いのでしょうね、第一王子は国防の責任者、第二王子は貿易の責任者。ですが、第三王子は?」
「お、おまえ」
「第三王子は何もしていない。そんな王子など笑わせる。そんな方が私の相手など務まりますか?王宮で文官ができますか?貴族に根回しは?どうです出来ますか?出来ない?
それなら剣をもって私の隣で戦えますか?剣を持たないときは、民のために汗をかけますか?
剣の才がないのなら、商才はどうです?商売で儲けを出せますか?」
「くっ、言わせておけば」
「いい加減にしなさい!あなたをログネル王国では迎え入れることはできない!身分だけなら、自分の国で適当な貴族の娘を見繕って婚約しなさい!」
「うっ」
「あなたはね、ログネルでは足手纏いなんだよ!剣も使えない、文も書けない、商もない、まだ国として不安定さがあるログネルの欲しい人材はね、武と文と商これらに長けた人!あなたのような貴族の身分がどうとかいう人物はすぐに消えてなくなるから要らないのよ!」
人を指さすなと言われてきたが、今回はそれをついやってしまった。目の前にいるエルネスティ・アランコ王子は突き付けられた指をまじまじ見て怒りで赤くした顔を、徐々に青くさせていく。
「・・・ログネルの女王陛下が何を言ったかわからないけど、私は自分の欠点に繋がる様な馬鹿な男を相手に選ぶなどしない。それにあなたの言う頂点の娘があなたを気に入るとでも思ったのかな?思ってたとしたら、とんだ道化ね」
「そ、それはわ、わからないだろう・・・」
「・・・王女の好みは色白な人よ。あなたのような肌の色は好きではない」
思わず別人のテイで言ってしまった。でも本人が言うのだから間違いじゃない。
「・・・だから何だ。会えばわからないだろう。・・・私は知っているんだ」
「何を知っていると?」
「お前は私と言う婚約者が居ながらほかの男と会っていただろうが!」
「・・・あなた、頭おかしいの?私がいつあなたと婚約した?」
「ログネルの女王が私とお前の婚約を考えていると!だから一度会ってみてくれと言った!それが証拠だ!」
「・・・馬鹿とは付き合えないわね」
「何だと!」
「ログネルの女王があなたを婚約者と決めたと一言でも言ってたなら私宛に書を寄こす。だが、あなたもさっき言ったように婚約を考えている、一度会えと言っただけで、アランコでは婚約が成立するようだ。そんな話、ログネルでは聞いたことがないわ」
私はがくがく震えているアランコの王子の侍従に目を向けた。
「あなたはどう?アランコでは婚約を考えている、会ってくれと言われて会っただけで婚約が成立するというわけだね?」
何度も何度もつばを飲み込む侍従。やがて首を横に振る。振り向いているアランコの王子の視線を避けるように部屋の壁に目を向けながら口を開いた。
「・・・いいえ。婚約は当人同士の合意があって成立します。婚約を考えているというだけでは婚約の成立はありませんし、そのあとに会っただけで婚約が成立はしません。アランコ王国でもそれは同じです」
「くっ!」
侍従の言葉に立ち上がる王子。侍従にこぶしを振り上げながら詰め寄ろうとしたが、私の侍従のマテウスが間に立ちはだかった。あ、殴られる!そう思ったが、寸でのところで腕を止める。
「・・・お座り下さい」
私が冷静に言う。
「くそっ!」
この王子、言葉が汚い。
王子はソファまで戻ってドスンと腰を下ろす。冷めたお茶をがぶりと飲んだ。
「・・・わかったよ、私とお前は婚約はしていない。お前がする気もないとわかった。私は国では女どもから騒がれる存在だというのに、お前はなぜ騒がないんだ」
「身分身分と騒ぐ言動が気持ち悪い。身体を見る目が嫌らしくて許せない。人の言うことを聞きいれないからだめ。あと顔が好みじゃない。白い肌がいい。
気持ち悪い人と一緒にいられるかどうか、反対にあなたに聞いてみたいと思うけど」
「・・・」
結局アランコの王子は詫びるとか一切せず、そのまま去って行った。
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