貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第八話 紳士な第二王子④

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 エルベン王国のフェリクス・エルベン第二王子殿下は、泡を食っている私を見て静かに微笑んでいる。

 私は機を逸らす意思で、王子殿下を見て何とか口を開く。

 「そ、そう言えば、私に選んでもらいたいものがあるとのことでしたよね」

 「ええ、その通りです」

 「そろそろ、私が選ぶものは何かを教えていただけませんか?」

 私の言葉に、第二王子殿下は一瞬だけキョトンとし、そのあとすぐに頷いた。

 「・・・そうでしたね、まだお伝えしておりませんでしたね」

 第二王子は一方の壁に近づく。そのまま壁に掛かっている短剣を指さした。

 「このような守り刀を送りたい方が居るのです」

 「・・・守り刀?ですか?」

 「はい」

 守り刀・・・。うーん、送りたい相手というのは男性かな・・・。いや、私に聞いている時点で男性はないかな。とすると女性か・・・。女性用というと、短剣は大きくなりすぎてダメか。直刃の自害用のモノを選んで欲しいということか。実用品か?それとも装飾品で飾られたものが良いのか。

 「・・・私にお聞きになったということは、女性用のモノで間違いないですね?」

 私は敢えて口に出して確認する。まさか、どこかにいる恋愛対象の方に贈るものとか?私との話が出てきたので、その方を捨てるつもりとかなら、ちょっとその方に悪いと思う。その場合、私はこの目の前の方との間の話を断るべきなんだろうか。

 「その通りです。あなたには私と親しかった女性にお送りする守り刀をお選びいただきたいのです」

 親しかった?やはり付き合いのある女性を捨てるつもりとか?

 「・・・その方と、王子殿下との関係をお聞かせいただけませんか?それによってお選びするモノが変わるかもしれません」

 少しだけ迷ったが、やはり聞くことにする。いや、・・・多分、嫉妬とかじゃないと思うけど・・・。

 「ああ、私と仲が良かった方です。・・・臣下に昨年嫁ぎました姉です」

 最後の言葉は付け足しのような・・・。まあ、いいか。

 「お姉さまにですか?なぜ、また」

 「・・・そうですね、どう言えばいいでしょうか・・・」

 言い淀み、ちらりと壁に並ぶ武器を一瞥してから、息を吐く。

 「・・・姉は、臣下の王家の傍系に当たる侯爵家に嫁ぎました。・・・ああ、夫婦仲は円満ですよ」

 私の表情を読んだのか、第二王子殿下は苦笑する。
 
 「その姉に子が生まれたのです。その子に守り刀を送ろうかと思いたちまして」

 「・・・エルベン王国は生まれた子に守り刀を贈る習慣がありましたか?」

 第二王子殿下の言葉に首をかしげる。

 「それは、ログネルだけの習慣なはずですが?」

 「そ、それはそうなのですが・・・」

 なぜか歯切れが悪い。

 確かにログネルでは王国に住む者すべてが生まれた子に守り刀を送る風習がある。今は薄れてきているが、得体のしれない自然ならざるモノをログネルに住む民は、昔は畏怖していた。そのために子供を何か得体のしれない自然ならざるモノから守るようにと願いを込め、色々な形状の短剣や短刀を送っていたのだった。そしてこの風習の意義は現在も受け継がれ、ログネルの民は守り刀を送る。

 私など、毎年のように母か父が送り付けてきているため、守り刀だけで数十本もあるぐらいだ。私の場合は輝く宝石のついた装飾の凝った短剣が多いが、いつも身に着けているようにと言われて武器としては役に立たないが、短い刃の短刀を持っている。これは一歳の時に母と父から貰ったもので、一番長く私と共に居るものだった。

 当初はログネルという一族だけの風習だったが、支配された民がログネルの風習を真似るようになり、今ではログネルに住む民は出自に関わりなく、すべて守り刀を送るようになったといういきさつがある。
 ただ、この守り刀の風習はログネルにおいては一般的だが、他の国では一般的ではないはずだ。

 「・・・常に傍にいられるのであれば私が守りますが、これからは常に傍に居られるわけではありません。そういう時にログネル王国の風習を聞き及び、守り刀を送ろうと思いたちました」

 第二王子殿下の言葉はログネルの風習を知って、これから以降ログネルと同化しようとしているという決意のように思われた。そういうのであれば、別に異を唱えることでもない。

 「そうですか。・・・そういうことであれば、身を入れて選ばなければなりませんね」

 そうして私は壁に掛かっているもの、テーブルに置かれているものを吟味し始めた。

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