貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第十二話 貴族子女の語る王国史②

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 実のところ、帝国は戦がなくなると、ログネルに恐怖と嫌悪を抱いた。ログネルはどちらかというと帝国の支配を受け入れることなく同盟種族という位置づけだったからだ。もともとログネルは自らの地位を貶めるために帝国側に立ったわけではない。

 あの使者は、のちのログネル王になる家系の指導者に対し、こう語った。帝国が大陸を征服してのち、ログネルという種族の住む地域の自立を認める条件で、ログネルは今は帝国に味方して欲しい。こういった経緯でログネルは帝国に味方となり、傭兵としてシュタイン帝国の覇業を助けたのだった。それにシュタイン帝国は、ログネルが敵対したとして、ログネルという種族が生き残れるとは思えないほどの力を有していた。ただログネルは王国となってから後、シュタイン帝国の軍に対抗できるよう、いろいろな種族に働きかけ、有事には中立か、味方するかを認めさせていた。

 こうしてログネルは帝国が大陸を征服したの後、帝国に対する警戒はしつつも帝国に敵対することなく暮らしていたが、帝国は思うが儘にできないログネルに次第に高圧的に接するようになる。それは恐怖の裏返しだったのだが、帝国側はログネルが洗練されたとは言い難い今も昔も変わらぬ武辺の掟の元で暮らしていることから、帝国にログネルには敵対の意志ありと認定してしまった。

 手始めにシュタイン帝国は、ログネル王国との境に軍を常駐させた。理由はもちろんログネル側に敵対の意志ありと言うものだった。ログネル王国との境を越えて侵入を繰り返すようになったシュタイン帝国に対し、ログネル王国も民を守るために軍を境に派遣させ、シュタイン帝国軍を監視するようになる。

 ログネル王国は再三シュタイン帝国に同盟関係維持を求めるようになるが、アルトマイアー大陸で君主が存在するのはログネル王国とシュタイン帝国のみとなり、尊大となったシュタイン帝国がログネル王国の制圧を意図し、越境して街を攻めたことから一気に同盟関係も崩れ去った。

 当初は大陸の五分の三を支配したシュタイン帝国軍の速度の影響もあって、ログネル王国の軍は国境から内部へと相当押し込まれ、ログネルの北半分はシュタイン帝国が制圧した。これに関してはログネル王国王宮内の者が講和が大半だったからだった。国境に配した軍の司令官たちは主戦派が占めていたが、講和派の者たちは兵を国境に送らずに済ませようとした。アルトマイアー大陸の北方を中心として主に治めていたシュタイン帝国は、作物が育ちにくく、痩せた土地が多い。シュタイン帝国に暮らす農家は、自分たちの食べる分も切り詰めてシュタイン帝国軍に供出していたそうだ。

 このような理由からシュタイン帝国には継戦能力はほぼなく、電撃作戦をもって、ログネルの首都であるフェルトホフ近郊まで攻め込み、占領地を帝国の版図に組み込む。食料は略奪をもってログネル国内で調達するという作戦を立てて、宣戦布告もなしにログネル国内に侵入した。

 ただ、ログネル国内の講和派として、動きを察知していなかったわけではなく、主戦派と意見をしあい、ログネル国内の食糧と非戦闘員は安全な西南部に移動しており、シュタイン帝国の当ては外れ、シュタイン帝国軍は飢えに苦しみながら、ログネル国内で戦うことになった。

 シュタイン帝国軍は一時は作戦の通り、フェルトホフ近郊まで到達し、首都フェルトホフを包囲することに成功した。しかし、シュタイン帝国軍はこのフェルトホフ包囲戦で、致命的なミスを犯す。それはフェルトホフと言う街が難攻不落だったことだ。

 当初の予定ではシュタイン帝国軍は、ログネル王国軍とフェルトホフ近郊で相まみえ、そのまま一当たりして、ログネル王国軍を蹴散らし、余勢をかって占領地を割譲させて威力をそいだ後、帝国有利の条件を突き付けて講和、という筋書きを立てていた。しかしログネル王国軍はフェルトホフの街がある四方を崖に囲まれた台地に籠り、一向に戦うことがなかった。糧食が乏しいシュタイン帝国軍は、台地を包囲したまま膠着状態に陥り、飢えに苦しむことになったのだった。飢えて士気もなくなったシュタイン帝国兵の現状にシュタイン帝国軍指揮官は、撤退をすることに決めた。夜陰に乗じてシュタイン帝国軍は次第に包囲を解き、自国に向けて撤退をしていく。

 シュタイン帝国軍が撤退する様子にログネル王国国王は動いた。フェルトホフのほぼ全勢力を持って追撃戦に動いた。この追撃戦でシュタイン帝国の将軍のほぼ全員、更に将官の八割は生きて自国の土を踏めなかったと言われている。兵士も六割がログネルの地に散ったと言われている。シュタイン帝国の兵士たちの大半は飢えのために、走ることもできず満足に動けず討ち取られていった。

 後日、このシュタイン帝国軍の進退は、愚策極まるものとされている。思いもよらず、シュタイン帝国軍は兵力を減ずることなく、敵国の首都であるフェルトホフまでたどり着いてしまった。その勢いを買って、シュタイン帝国軍はフェルトホフを包囲して、駐留を始めてしまった。包囲の当初はログネル王宮内も講和派の勢いが強く、シュタイン帝国軍側が程なく講和を申し込んでいれば、ログネル王国国王は領土の割譲を引き換えに、帝国軍は安全に撤退をしていただろう。ただ悪戯に包囲を長引かせ、軍を壊滅状態にしてしまったシュタイン帝国はこののちの小国独立に抗うすべはなく、皇帝の外戚が皇国を名乗り、帝国から離脱、また東南の貴族領地も次々に独立し、シュタイン帝国はアルトマイアー大陸の地図から消滅してしまった。

 ただしログネル王国にも犠牲は多く、武勇を謳われた名だたる貴族当主が包囲戦で命を落としている。

 中でもログネル王室の分家の一つであったスヴァンバリ侯爵家は、シュタイン帝国軍の撤退戦で、一丸となって退き戦をしていたシュタイン帝国の将軍の一人オイゲン・バルシュミーデと遭遇したグリングヴァル家の王子を守り奮戦したが力呼ばず、侯爵家嫡子とともに命を落とした。スヴァンバリ侯爵家には嫡子以外に子はおらず、侯爵家は結局王家預かりとなり、断絶している。

 このようにシュタイン帝国の侵攻から発生した『シュタイン帝国によるログネル侵攻戦及びフェルトホフ包囲戦』は、シュタイン帝国の滅亡と、ログネル王国の有力な貴族の力をそいで終わった。


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