貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第十三話 令嬢としての日々と王子の偽りの言い訳①

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 アリオスト王国はアルトマイアー大陸の中央部に位置しており、ログネル王国からは国境を三つほど越えた先にある。シュタイン帝国時代は第二の都市、副都として名を馳せた歴史のある地域だった。その関係からアリオスト王国は旧帝国時代と同様のアルトマイアー大陸主要街道が国を貫いており、旅行者も多くみられる国だった。

 シュタイン帝国時代の副都と言うのは、シュタイン帝国が成立したときに首都とされたのだが、シュタイン帝国の首都としては平地に過ぎたために、防御に多大な労力を使うのはいけないと言い出した一人の帝王の強権によって首都は遷都され、ルベルティは首都ではなくなった。しかしながら多くの帝国民が暮らし、民の多くが新しく首都となった街に行くわけでもなかったため、都市自体は多くの建造物も含めて副都として残された。

 そのような古からの街であるこのルベルティには、街の成立時から書籍が山のように集められていた。この町には私設図書館を開設する者もおり、知識の保護者を自任していた知識人も多く住んでいた。今でも旧帝国図書館の蔵書はアルトマイアー大陸一と言われている。この旧帝国図書館がこの街にあったことから、その蔵書の研究のためにルベルティに大学が作られたとも言われている。

 往来も多い街道沿いにある市はいつもなかなかの賑わいを見せており、買い付けのために街道を行き来する商人目当てで市に露店を開く商人も居る。このようにルベルティは商人も多く行き来する、学問の街と呼ばれることと、商談の街とも言われる。

 そして今日も、相当ご機嫌なご婦人が新たに出来た娘とともに出掛けようと屋敷玄関前に横付けした馬車に乗り込んでいた。

 「さあさあ、参りますわよ、アーダ」

 フルトグレーン侯爵のベアタ夫人が実に楽しそうに、馬車に乗り込み、窓から顔を覗かせて私を手招きしている。

 「・・・今参ります・・・」

 少々げんなりして答えると、久しぶりに着たと言うか、着せられたというか、貴族令嬢のドレスが足元に纏わりつくことに閉口して慎重に足を踏み出していたことを止め、少しだけ早めに足を動かした。

 馬車にようやくたどり着くと、一度締められていた馬車のドアが開かれ、足台を持って待っていた御者が音もたてずに馬車のドアに添って音もなく置いた。片手は差し出された御者の手を借り、もう
片方の手は昔を思い出して裾が絡まないように何とか優雅につまみ、ドレスを心持ち上げて足台に足をのせる。広がったドレスの裾を何とかさばいて馬車に乗り込み、フルトグレーン侯爵夫人の手招きにしたがって夫人の隣に腰を下ろした。私が腰を下ろして笑顔で夫人に会釈してから、前を向くと今日のお付きのマーヤが無表情で私の前に、いつ乗り込んだか腰を下ろしていた。

 「・・・」

 まじまじと見るが、マーヤは無表情を崩さない。

 「あらあらまあまあ、アーダの侍女さんは足音も立てないのねえ・・・、護衛も兼ねてるのね」

 夫人が目を細める。

 「・・・恐縮でございます、夫人」

 マーヤが丁寧に頭を上げる。

 しかし、夫人はにこにこと笑顔でいながら柔らかに首を振っている。

 「・・・違いますよ、わたくしはあなたの主人であるアーダの養母です。・・・ですから、奥様とお呼びなさいね」

 そう言ってふふと笑う。

 「お嬢様と呼んでいるのだから、わたくしが奥様と呼ばれると釣り合いが取れるのではなくて?」

 「畏まりました、奥様」

 夫人の言葉にマーヤがまったく表情を変えることなく答え、再度頭を下げた。

 「ふふふ、気丈な侍女さんねえ・・・。えーっと確か、マーヤさんでしたかしらね、義娘の侍女頭代理で、襲撃を防ぐために、寝室も同じとか聞いたけど?あまり無茶はしないのよ?寝不足は女性の大敵ですからね。よろしいですね」

 「畏まりました、奥様」

 これはどうやらマーヤの境遇も知っていそうな感じする。

 マーヤが再度上げた頭を上げたとき、「今から出ます」と御者の声が控えめに響き、馬車が緩やかに動いた。

 「・・・それはそうと、母上・・・」

 マーヤへの言葉が終わりそうだと思った私は身を乗り出すようにして、夫人に話しかけた。

 一瞬目を見張った夫人が、じわじわと笑顔になる。

 「・・・母上・・・良い言葉ねえ・・・」

 「そ、そうなのですか・・・」

 ふふふと口の端を吊り上げて嬉しそうに笑う夫人の顔を若干の戸惑いを持って見てしまった。

 「そうですよ。・・・私の子は全員が息子ばかりで、娘は居なかったものだから今そう呼ばれると嬉しくなってしまうわ」

 相当嬉しそうだが、聞かないこともできず、私は再度呼びかける。

 「は、母上・・・」

 「なぁーに?」

 にこにこ。笑顔で私を見る。

 「え、あ、その、今日のご予定は・・・?」

 「・・・予定・・・?」

 コテンと首をかしげる夫人。

 「・・・お話していなかったかしら・・・?」

 「僭越ながら申し上げます、奥様」

 マーヤの隣に座るフルトグレーン侯爵夫人の侍女が口を開いた。確か、ゲアリンデと言ったと思う。その声に振り向く夫人。

 「なぁーに?」

 「奥様は、お嬢様に、今日の目的をお話になっておられなかったかと」

 ゲアリンデは奥様と言う言葉と、お嬢様と言う言葉をやや強調して発音していた。奥様は多分呼びかけのために強調した様子、お嬢様は言い間違わないようにとの配慮だろう。確かに少々言い慣れていない様子だった。うん、まあ後から娘ができたのなら言い慣れてはいないだろう。

 「あらあらまあまあ、私としたことが、うっかりしていたわ。私の新しい娘と過ごしていこうと考えたときにねえ、考え方や好みとか、よくわからなかったの。だからそれを知りたいと思ったのよね」

 「・・・それがどうして一緒に外出することになっているのですか?」

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