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辺境領主の当惑
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ガエル・センベレ伯爵は爵位を継いでもうかれこれ十年になる。それなりに経験を積み、度胸もついてきたと思う。しかし、今の状況はまったくもって理解できていない。
あの時、聞いた言葉が蘇る。ガエルの問いにマノリトが答えたあの言葉だ。
『戦は終わりました。一応は勝利致しました』
一目見ると、確かに戦は終わっていた。
戦いの跡は一切ない。血が流れた跡もない。砦の守兵に傷を追っているものもいない。
また、なぜかわからないが、アカデミア・カルデイロの護衛隊隊士八名と四人の学校教師、学校の生徒二十八名、そして離れたところに座っている一人の女生徒に縋りついて泣き続けている一人の女生徒、その二人の傍に立ってこちらを見つめている三人目の女生徒がいた。
砦の守兵たちと学校関係者の向こうに、整然と並んで地に伏したままの隣国の三千の兵士たち。自分の部下に三千の敵兵の武装解除だけ命じる。もう動くことができない敵兵は、観念したのか暴れることもせず、武装解除に素直に応じていた。
眩暈を感じ、ガエルは額に手を当てた。
「・・・何が起こったのだ」
ガエルはまず砦の守兵の守将オラシオ・テハダに声をかけた。
「・・・侵略の失敗でしょう・・・」
ガエルはオラシオを睨みつけた。
「・・・お前、ふざけんなよ」
「すまん」
伯爵の子息と騎士爵の息子という位の違いはあったが、二人は昔一緒に剣を磨きあった仲間だった。そのため気を抜くと昔の口調が出てきてしまう。
「・・・まあいい。最初、侵略されたと言うことで、お前は出撃したんだな?」
「その通りです」
真面目な口調に戻り、オラシオが答える。
「ここまで来たところ、ドルイユの奴らが全員倒れてたと」
「まったくその通りです」
ガエルはしばらく敵兵を眺めていた。オラシオはその間黙ったまま、ガエルが話し出すのを待っていた。
「・・・それで、だ。あの生徒たちは何だ?」
ガエルは、今度は視線をアカデミア・カルデイロの関係者に向ける。
「・・・よくわかりませんが、王都の学校でアカデミア・カルデイロの生徒の方々らしいです」
「・・・?」
「その学校へは行ったことがないのでわかりませんが、名物の課外授業というものがあるそうで、それでこの地に来ていたと、返答を貰っています」
ガエルは、そうだったかと首を捻った。実のところ、ガエルもアカデミア・カルデイロの卒業生だったが、さほどの成績ではなかった。武器訓練や戦術授業、領地経営の成績、そして社交ダンスは爵位を継いでから必要となるものだったため、熱心に修めたが、それ以外は手を抜いていたので、成績優秀者とは到底言えないものだった。
ああ、そう言えば一度だけ、当時の友人の一人に課外授業について聞かれたことがあったように思う。行けば、成績が上乗せされて、箔がつく。王宮に文官や武官として就職するときに有利に働くと言われていたなと、思い出すことができた。ただ、ガエルは伯爵家の嫡男で、家を継ぐことが決まっており、文官や武官として王宮に就職することはないと分かっていたので、課外授業には行かなかった。
「・・・そういえばそのような授業があったな・・・」
「・・・どちらかというと不真面目な生徒だったんだな・・・」
オラシオが呟く。聞こえないように小声で言ったのだろうが、ばっちり聞こえてるぞ。
「・・・聞こえてんぞ」
「・・・聞こえたか・・・すまん・・・」
「気をつけろよ」
ガエルがため息と共に、一度軽くオラシオを拳で小突く。
「・・・まあなんだ、その、領内で課外授業をしたいと言ってきていたような気がするな」
忘れてたのかという呆れた表情を向けられ、きまり悪げに軽く頭を掻き、ガエルは生徒たちに視線を移した。
貴族の子弟たちは、夢でも見ているような表情をしてぼんやりしている。命を失う際に居たことを知ってから、そのあと突然消失したことに実感がわいていないのだろう。しばらく生徒たちを見つめた後、離れたところにいる三名の女生徒に視線を移した。
ようやく泣き止んだ女生徒が掴んでいる女生徒と共に立ち上がった。顔を伏せたまままだふらふらしていたが、胸をつかまれている女生徒が、偶然だろうか、ガエルに顔を向けた。ガエルもその視線を向けてきた女生徒を見返す。じっと見て来ているその女生徒の瞳が碧色をしており、その色はハビエル国にはないものだった。
珍しいと思った。・・・あれは確かベルメール帝国に多い瞳の色だったな。
「あの女生徒が一人で敵兵を無力化した、と聞いている」
ガエルの視線が向いている先に気が付いたのか、オラシオが小声で囁いてきた。
「・・・嘘だろ・・・」
「いや、俺は、嘘は言ってない。あの学校の教師と学校の護衛隊の隊士、それに敵兵が口々に言ってる」
オラシオの言葉を聞き、ガエルが信じられない思いで頭を振る。また眩暈がしそうだ。
「聞いてみろ。答えてくれるぞ。・・・声をかけてみたら、答えてくれた」
「・・・そうか」
「ああ。・・・おっと、そうだ、伯爵閣下、あの三人の女生徒はベルメール帝国からの亡命貴族だ。特にしがみついて泣いてたお嬢様は、帝国の現帝王の血を引いているらしい。粗相をしないように」
「気を付けるよ」
そう答えた後、ガエルが今だ見つめ続けている女生徒に近づく。
「・・・お嬢さん、聞いてもよいだろうか」
声をかけると、碧の瞳が一瞬だけ瞬いた。
「・・・どうぞ」
程よい低音の声が返ってくる。
「あの敵兵を動けなくしたのは、お嬢さんの仕業か?」
肩を軽くすくめ、女生徒が答える。
「・・・確かに私が動けなくしました」
「・・・どうやって?」
「『魔女の一撃』で」
淡々と答えてくる。
「『魔女の一撃』?」
「ええ」
「それはどういう効果のモノなのかい?」
「・・・ぎっくり腰ですよ。腰を痛くして動けなくします」
ガエルはその答えを聞いて、本当に眩暈を感じた。
あの時、聞いた言葉が蘇る。ガエルの問いにマノリトが答えたあの言葉だ。
『戦は終わりました。一応は勝利致しました』
一目見ると、確かに戦は終わっていた。
戦いの跡は一切ない。血が流れた跡もない。砦の守兵に傷を追っているものもいない。
また、なぜかわからないが、アカデミア・カルデイロの護衛隊隊士八名と四人の学校教師、学校の生徒二十八名、そして離れたところに座っている一人の女生徒に縋りついて泣き続けている一人の女生徒、その二人の傍に立ってこちらを見つめている三人目の女生徒がいた。
砦の守兵たちと学校関係者の向こうに、整然と並んで地に伏したままの隣国の三千の兵士たち。自分の部下に三千の敵兵の武装解除だけ命じる。もう動くことができない敵兵は、観念したのか暴れることもせず、武装解除に素直に応じていた。
眩暈を感じ、ガエルは額に手を当てた。
「・・・何が起こったのだ」
ガエルはまず砦の守兵の守将オラシオ・テハダに声をかけた。
「・・・侵略の失敗でしょう・・・」
ガエルはオラシオを睨みつけた。
「・・・お前、ふざけんなよ」
「すまん」
伯爵の子息と騎士爵の息子という位の違いはあったが、二人は昔一緒に剣を磨きあった仲間だった。そのため気を抜くと昔の口調が出てきてしまう。
「・・・まあいい。最初、侵略されたと言うことで、お前は出撃したんだな?」
「その通りです」
真面目な口調に戻り、オラシオが答える。
「ここまで来たところ、ドルイユの奴らが全員倒れてたと」
「まったくその通りです」
ガエルはしばらく敵兵を眺めていた。オラシオはその間黙ったまま、ガエルが話し出すのを待っていた。
「・・・それで、だ。あの生徒たちは何だ?」
ガエルは、今度は視線をアカデミア・カルデイロの関係者に向ける。
「・・・よくわかりませんが、王都の学校でアカデミア・カルデイロの生徒の方々らしいです」
「・・・?」
「その学校へは行ったことがないのでわかりませんが、名物の課外授業というものがあるそうで、それでこの地に来ていたと、返答を貰っています」
ガエルは、そうだったかと首を捻った。実のところ、ガエルもアカデミア・カルデイロの卒業生だったが、さほどの成績ではなかった。武器訓練や戦術授業、領地経営の成績、そして社交ダンスは爵位を継いでから必要となるものだったため、熱心に修めたが、それ以外は手を抜いていたので、成績優秀者とは到底言えないものだった。
ああ、そう言えば一度だけ、当時の友人の一人に課外授業について聞かれたことがあったように思う。行けば、成績が上乗せされて、箔がつく。王宮に文官や武官として就職するときに有利に働くと言われていたなと、思い出すことができた。ただ、ガエルは伯爵家の嫡男で、家を継ぐことが決まっており、文官や武官として王宮に就職することはないと分かっていたので、課外授業には行かなかった。
「・・・そういえばそのような授業があったな・・・」
「・・・どちらかというと不真面目な生徒だったんだな・・・」
オラシオが呟く。聞こえないように小声で言ったのだろうが、ばっちり聞こえてるぞ。
「・・・聞こえてんぞ」
「・・・聞こえたか・・・すまん・・・」
「気をつけろよ」
ガエルがため息と共に、一度軽くオラシオを拳で小突く。
「・・・まあなんだ、その、領内で課外授業をしたいと言ってきていたような気がするな」
忘れてたのかという呆れた表情を向けられ、きまり悪げに軽く頭を掻き、ガエルは生徒たちに視線を移した。
貴族の子弟たちは、夢でも見ているような表情をしてぼんやりしている。命を失う際に居たことを知ってから、そのあと突然消失したことに実感がわいていないのだろう。しばらく生徒たちを見つめた後、離れたところにいる三名の女生徒に視線を移した。
ようやく泣き止んだ女生徒が掴んでいる女生徒と共に立ち上がった。顔を伏せたまままだふらふらしていたが、胸をつかまれている女生徒が、偶然だろうか、ガエルに顔を向けた。ガエルもその視線を向けてきた女生徒を見返す。じっと見て来ているその女生徒の瞳が碧色をしており、その色はハビエル国にはないものだった。
珍しいと思った。・・・あれは確かベルメール帝国に多い瞳の色だったな。
「あの女生徒が一人で敵兵を無力化した、と聞いている」
ガエルの視線が向いている先に気が付いたのか、オラシオが小声で囁いてきた。
「・・・嘘だろ・・・」
「いや、俺は、嘘は言ってない。あの学校の教師と学校の護衛隊の隊士、それに敵兵が口々に言ってる」
オラシオの言葉を聞き、ガエルが信じられない思いで頭を振る。また眩暈がしそうだ。
「聞いてみろ。答えてくれるぞ。・・・声をかけてみたら、答えてくれた」
「・・・そうか」
「ああ。・・・おっと、そうだ、伯爵閣下、あの三人の女生徒はベルメール帝国からの亡命貴族だ。特にしがみついて泣いてたお嬢様は、帝国の現帝王の血を引いているらしい。粗相をしないように」
「気を付けるよ」
そう答えた後、ガエルが今だ見つめ続けている女生徒に近づく。
「・・・お嬢さん、聞いてもよいだろうか」
声をかけると、碧の瞳が一瞬だけ瞬いた。
「・・・どうぞ」
程よい低音の声が返ってくる。
「あの敵兵を動けなくしたのは、お嬢さんの仕業か?」
肩を軽くすくめ、女生徒が答える。
「・・・確かに私が動けなくしました」
「・・・どうやって?」
「『魔女の一撃』で」
淡々と答えてくる。
「『魔女の一撃』?」
「ええ」
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「・・・ぎっくり腰ですよ。腰を痛くして動けなくします」
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