魔女の一撃

花朝 はな

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国王の腹積もり

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 ハビエル王国国王ルシアノ・ハビエルは、国王としては普通というように人々に見られていた。つまり、国王として欲深く、国王として見栄っ張りで、国王として臆病ということだ。この国王としてはあまり世間から良くは思われない性格は、国民には生活しやすいと言えるかもしれない。
 この王には良いところもある。この王として善良なところは、人の意見を聞くというところだ。
 しかしながらこの王については意見を聞くのみでその猜疑心から行動しない、あるいは行動できないということがあった。人の意見を聞き、考えるが、結局何もせずに王が機を逃したことは数知れない。
 さらにこの王の不幸なところは、補佐役に恵まれなかったことだ。補佐がいれば、重要な判断を良いほうに導いてくれたかもしれない。しかし、今王の周りにいる者は能力が足りなかった。彼は結局のところ、自分で問題提起をし、解決策を並べ、自分で選び、そして裁可していた。この時、補佐役に恵まれていなかったがために、王が行う仕事は増えてしまい、問題を解決する時間が多くなってしまい、最後には判断を間違えた事が多くなった。
 最後に、この王は人を見る目を持たないと言われている。人を見る目があれば、正しく補佐ができる者を任命できたかもしれない。
 このルシアノ王は、魔女であるアストリット・ベルゲングリューンに対する対応を間違ったと言われている。この魔女に対する対応を間違い、他の国に去られてしまい、急速にハビエル王国は凋落していったのである。

 ルシアノ・ハビエルは窓から外を見つめていた。最近ようやくできるようになった透明なガラスは、製品としては厚さにむらがあり、外の景色が歪んで見えてしまうのだが、金額が木の板でできている鎧戸と比べて十倍以上するため、資産家かつ好事家しか家の窓に入れていない。
 窓ガラスを入れてからというもの、冬の寒さはこの窓ガラスで遮られ、数年前に比べ格段に過ごしやすくなった。昔のような鎧戸では、開けない限り部屋を明るくできないが、透明なガラスは開け放たなくても明るくできるという利点がある。国王ルシアノとしては、これはいいものだと透明なガラスを見るたびに思う。相当無理を言って入れさせた甲斐があるというものだ。
 こうしてぼんやりと窓ガラスを見ていた王は、我に返った。傍からは外の景色をぼんやりと見ていたと勘違いされることだろう。しかしながら窓ガラスを見ていてもこれからのことは決まらない。あの、と王は考える。あの魔女は利用できる存在か。
 「一瞬で三千の敵兵の行動を封じたという実力は、攻撃にも使えるものなのか・・・」
 なぜか王は息苦しく感じ、大きく息を吸う。
 「・・・我ながら先走りすぎているか・・・?」
 窓際から振り返り、執務用として使用している机に戻る。机の上に広がる紙の中からアストリット・ベルゲングリューンについて書かれたものを拾い上げた。
 「・・・アカデミア・カルデイロでは、アストリット・ベルゲングリューンは文官か武官かの区別をすることなく学んでいる、と」
 王はその内容を吟味するように読み下した後、一度紙を指で弾き、そして紙を机の上に置きなおした。
 「・・・女の身で武官もできるように学ぶとか、さすがに難しいのではないか。実際は女では文官しか仕事をしていないが」
 眉を顰めて考え込む。
 このハビエル王国では、男の数は女の数に比べて少なく、乳児のときや幼児のときの男の死亡率は女の人の死亡率よりも高くなっている。
 さらに言えばハビエル王国には徴兵制度があり、男は徴兵されて軍人として国に所属することになっている。ここ近年は増え続ける他国との戦により、徴兵制度で徴兵された男の戦死者が増え、大昔のような男が働き、女の人は家の中のことをするという仕組みは崩れてしまった。
 その結果、女の人が社会に出て働く事が多くなっており、力仕事を旨とする鍛造や建造の作業にも女の人が進出して来ているほどだった。
 とはいえ、女の人は力仕事に従事する人は少なく、販売員や事務仕事、針子は多い。このように女の文官は多いが、武官は女の人も受け入れるという王の命は出ているが、応募するものは少ないために、もし武官として従事するつもりなら、相当な武芸を収めていなければならないと、言われている。ハビエルの王としては、武官の人事に口を出すつもりはないが、もし、アストリットが武官を希望した場合は再考を促す事が良いのではないだろうか。
 「・・・まあ、武官としては、無理と悟らせたほうが・・・」
 そう呟きかけ、ふと考えついた。
 「そうか。・・・王族と婚姻させて、王族としたあと、王族の仕事として軍に所属させ、軍属とすれば国に奉仕させることができるな」
 つぶやきの後、王はニタリと笑ったが、そのあと真顔になる。
 「問題は誰と婚姻させるか・・・。王子の一人は、王太子以外はまだ十代前半。もし王子と婚姻させれば、王妃となるやもしれん。・・・確か、アストリット・ベルゲングリューンは亡命貴族だったな」
 机の上に置いた紙を再び拾い上げて、再度読む。指で文字をたどる。指があるところで止まった。
 「・・・ベルメール帝国からの亡命・・・か。王妃にするとベルメールが騒ぐと面倒だが。・・・とはいえ、魔女としての力は王家として所有したいな・・・」
 やがて、考えることをやめた王は、眉を顰めながら一人の顔を思い出す。
 「・・・リナレス、・・・やはり、あいつしかいないか。・・・とはいえ、あいつに魔女を?ぎ止めることができるか・・・」
 ぶつぶつとつぶやきながら、年の離れた弟に魔女を?ぎ止めることができるか、それだけの頭があるか、と思い悩む。
 「・・・あいつだけでは無理か。・・・なら、子爵の爵位をあげるか・・・。待てよ、リナレスの頭では魔女が重要だと分からないかもしれないな・・・。あいつは、我儘過ぎて人の意見を聞かない」
 王は額に手を当てて、さらに考える。
 「・・・あまり良くはないが、爵位を二つ上げ、侯爵位を魔女の親父にやる。ついでに領地も化粧料として直轄地を分けてくれてやろう。ここまで恩を着せれば、魔女を取り込むことができるはずだ」
 ようやくめどが立った王だったが、その思索は、あわただしい足音に破られた。
 「なんだ?」
 ルシアノ・ハビエルが耳聡く足音を聞き分けて呟く。
 「何者か!」
 王の部屋の扉の前の近衛騎士が大声で誰何する。
 「お、王に急使です!ベルゲングリューン子爵令嬢が、センベレ伯爵領にまた侵略されると声をあげております!ですので、王に取次ぎを!」
 侍従のその言葉を聞いたとき、王が慌てて扉を開け放つ。
 「な、なんだと!」
 部屋から出ると、さらに走る音が響く。
 「へ、陛下!ベルゲングリューン子爵令嬢が、陛下の答えを待たずにセンベレ伯爵領に向かいました!時間が惜しいそうです!」
 もう一人の侍従が血相を変えて走ってくる。侍従たちはいつもは国王が不快だからと、廊下を走るようなことはしない。走ったものを厳しく罰したこともある。だが、今回ばかりは侍従を咎めることは出来なかった。
 「な、なにい!」
 思わず王としての言葉ではない、妙な言葉になったのは理解が追い付かなかったせいだろう。
 『魔女と接見し、あの魔女をハビエル王国の駒として手に入れ、この大陸にハビエル王国の覇権を打ち立てる!そして、私はハビエル王国の賢王としての名を得るのだ』
 そのようなことを考えていた王だったが、アストリットは王城にて王と接見するという王命を無視し、また辺境地域に行ってしまった。
 「・・・な、なぜだ・・・」
 わななく王の口からかろうじて漏れた言葉は、当惑が多大に入り混じった怒りに満ちたものだった。
 「・・・私は王なのだぞ・・・なぜ、その王の言葉を無視できるのだ・・・」
 こうして国王の腹積もりは崩れていくのだった。
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