魔女の一撃

花朝 はな

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国王と接見

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 伯爵と轡を並べ、先頭に立ち王都に入る。後ろには伯爵領軍の精鋭たちが数百人同じように馬を並べて石畳の道を進む。半月前も同じように、伯爵の領軍の一部はドルイユ王国の侵攻兵を護送していたが、今回はアストリットが先頭に立ち、そして隣に伯爵が横並びで進んでいる点が違っていた。
 道の両脇には王都民が群を成してたち、思い思いに叫んでいた。隣国兵が伯爵領を侵略した経緯は布告により国民に知らされており、卑劣な攻撃によるものであると国民は知ったらしく、魔女と称されるようになったアストリットを称える声と、ガエル・センベレ伯爵軍を称える声と、そしてハビエル王国を称賛する声が混じりあって、耳を打つ。
 国境にある伯爵領は平地がちなハビエル王国の守りの盾となる山地であり、この伯爵領が落ちれば、王都までは馬で二日、馬車でも四日で着いてしまう程の重要地で、伯爵は領軍を組織する権利を有し、国境を警備する重鎮だった。今回の侵攻に関して伯爵領が落ちることはなかっただろうが、領軍の消耗は多かっただろう。消耗した先に、もし隣国がさらに同程度の兵を率いて三度目の侵攻してきたとしたら、抗うこともできず領都は陥落することは目に見えていた。そして敵軍はそのまま王都まで駆け抜け、王都は急襲されていたかもしれない。王都民は侵攻の失敗と、その失敗のために隣国の勢力が落ちたことは、脅威が減ったこととして、喜ばしい事であると誰もが理解していた。
 アストリットは道の両脇で騒ぎまくる民を見ながら、微笑んでいた。
 どうやら国王はアストリットを何としても国の護りとして使いたいらしく、国民が信頼するように今回のパレードもわざわざ伯爵に命じて王都まで来させたほどだった。サクラが大勢いるのだろうが、事情を知って純粋な賞賛をするためにこの沿道で歓声を上げている民もいるようだった。
 どうせ、すぐ忘れるでしょうけど。とはいえ、賞賛してくれることは素直に有難いと思う。
 そう考えたとき、誰かが撒いた花びらが風に乗り手綱を持つ手の甲に落ちる。それをアストリットが視線を落とし、しばし見つめた。隣を進む伯爵が、髪に絡んだ花びらを取り、アストリットに差し出す。何の気なしにそれを受け取って陽の光に透かすように、持ち上げた。
 わあっと歓声が上がり、歓声の後『魔女様』と繰り返された。
 歓声は王城につくまで続いた。

 あのパレードから遡ること三日前のこと。アストリットと、父親のゲーブハルト・ベルゲングリューン、それに年子の兄であるヒルデブレヒト・ベルゲングリューンは王城の謁見室に立っていた。三人共に、一礼をしたまま頭をあげることなく立っていた。
 「・・・そなたが魔女か」
 アストリットを、豪華な椅子に座ったまま、ハビエル王国国王ルシアノ・ハビエルは見た。その視線は、不機嫌そうだった。これは、もうわかっている。一度来いと言われたのにもかかわらず、何も言わずに、辺境の伯爵領に迎撃のために向かったからだ。馬に乗れてよかったとは、アストリットの言葉だが、何が起きているか、何が起きるか知っているからこそ、魔女が魔女たる所以だろう。そして、魔女がゆえに伯爵領を二度も守り、捕虜として侵攻した兵士たちを一万人近く捕らえた。これらは区に帰されても兵士としてはもう使い物にならないだろう。肝心な時に役に立たない兵士など、軍隊には必要ない。その分、隣国のドルイユ王国の兵力は下がったことだろう。ハビエル王国としては、隣国の脅威は格段に下がったと思ってよい。だが、アストリットを目前にしてみると、召喚を無視された国王にしてみれば機嫌にならざるを得なかった。
 そういうわけで、少しばかり意趣返しをしているに過ぎない。
 「・・・」
 アストリットたちは頭を下げているが、これは国王が頭をあげよとまだ言っていないからだった。
しばらくそのまま指で数を数える程度の数時が過ぎる。
 「・・・頭をあげよ」
 アストリットが、このまま下げたままだと首が疲れそうだなと考えていたところを見計らったかのような言葉だった。子供のような意趣返しをするのだと知り、アストリットはこの王国に対する不満が産まれた。
 産まれた不満を抑え、アストリットは口を開く。
 「・・・わたくしは自分を魔女と考えたことはございませんが、他の方々から見れば魔女ということなのでしょう」
 アストリットが頭をあげてそのように返したところで、慌てた父親であるゲーブハルト・ベルゲングリューンが小声でいう。
 「・・・リット、ご挨拶は、申し上げておきなさい」
 父親の言葉にアストリットがもっともだと考える。そして、改めて礼をしてから、頭をあげ名乗ることにした。
 「・・・申し遅れました、わたくしはゲーブハルト・ベルゲングリューンの娘で、アストリット・べ・・・」
 国王への挨拶を口にし始めたところで、国王は早急に手を振る。
 「いらんいらん、そんな挨拶など。そなたのことは調べて知っている。
 ・・・そんな挨拶より、魔女でないのなら、どうやって一万近くの敵兵を動けなくした?魔女と言われたのだろう?その力を見せてみよ」
 アストリットが、その言葉に一瞬で表情を失くし、無理なことをいうガキ、いや男、いや人だなと伺候を何度も変更した。このバカの腰を使えなくしようか・・・。
 アストリットが表情を失くしたことに気が付いた父親であるゲーブハルト・ベルゲングリューン子爵が慌てて首を振る。ただ、同じようにアストリットの無表情に気が付いたヒルデブレヒト・ベルゲングリューンは、可笑しそうに目を細めて妹を見ているだけだった。囃しているわけでも止めさせようとしているわけでもない。ただ単に興味深そうに妹を見ていた。
 「・・・リット、その考えは危険だから止めなさい」
 「危険?どういうことだ?」
 父親であるベルゲングリューン子爵の言葉に反応した国王が片方の眉をあげてアストリットを見やる。
 アストリットが、一度息を吐き、そのまま口を開く。
 「・・・見せよと言われるので、陛下の腰を痛くして差し上げれば、お判りいただけるかと思いましたが、父の言葉で止められたので、行うことは止めておきましょう」
 「・・・ほほう・・・」
 アストリットの言葉に、国王が興味深そうに見てくるが、アストリットは口をつぐんだままそのまま立っていた。実際に、この国の最高権利者は目の前の国王だ。自発的に行動することは、国王の気分で不敬と言われてしまうことがある。そのためにアストリットはただただ黙っていた。
 「・・・それで、他に何ができるのだ?」
 一瞬、アストリットは虚を突かれて目を見張って国王を見た。兄がアストリットを見て、吹き出しそうになっている。一瞬でもアストリットの驚く姿を見られたことが珍しく、兄は驚くと同時に妹の貴重な表情に笑いを堪え切れないほどになった。これは貴重だ、妹の驚いた表情など滅多に見られないからな。
 「・・・そうですね、」
 アストリットは、しばし考えた後、ちらりと窓の外へ目を走らせる。
 「?・・・何か外にあるのか?」
 国王が訝し気にちらっと窓に視線を走らせる。
 「窓を開けてもよろしいでしょうか?」
 「・・・構わんぞ」
 国王が素直に同意してくれたことにアストリットは内心で感謝するが、多分これは魔女としての技をただ単に見たいだけなのだろう。
 アストリットが窓を開けようと進むと、部屋の警備をしている近衛騎士が付き添うように隣に立ち、窓も開けてくれた。
 「・・・恐れ入ります」
 アストリットが軽く微笑むと、騎士はニコリと笑った。
 「どういたしまして」
 アストリットはそのまま、窓の外に目をやる。
 外に居るギャーギャーと啼く黒い影を確認して、意識を集中させると、今まで啼いていたカラスがぱたりと動きをやめた。羽を広げ、強く羽搏くと、飛び上がって、アストリットのいる窓目掛け飛んできた。窓枠につかまり、頭を窓に差し込むと、そのまま中に入ってくる。そしてそのままアストリットの肩に飛び乗った。頭をアストリットの髪に擦りつける。
 「・・・いい子ね」
 アストリットが声をかけると、低く啼いた。
 くるりと振り返ると、兄以外が目を見張ってアストリットを見つめている。父の恐れを含んだ目に地味に気が滅入った。

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