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国王と接見その2
しおりを挟むアストリットは窓から離れ、そのまま王の座す椅子の前に戻る。カラスは歩くアストリットの肩で大人しく止まっていたが、国王の前に戻ると、首を伸ばし国王を身を乗り出すようにして見た。
「・・・カラスを呼んだか」
国王はカラスを見てから、アストリットに視線を戻す。
「人並みに賢いと言われる鳥ですが、人に馴れることは滅多にありませんから」
アストリットが目を伏せながら一礼をすると、カラスは肩の上で器用にバランスを取った。
「・・・まあ、よかろう・・・力を見せよという無理強いに答えてもくれたことだしな」
国王は含み笑いをしながら、アストリットを見る。
「魔女殿、話がある」
「・・・父の陞爵の件ですか?」
静かにアストリットが口を開くと、国王は目を瞬かせた。
「・・・知っていたか」
「わたくしには予見というものがあります」
国王は身を乗り出す。
「知っているなら話は早かろうな。魔女殿の家族の面倒はこの国が見よう。決して悪いようにはせぬ。だから、このハビエル王国に仕えてほしい」
「・・・国に仕えて、わたくしに利点はございますか?・・・わたくしに国のあちこちに出向いて、戦をしろと?」
嫌そうなアストリットの言葉に国王は苦笑する。
「・・・その様子では、国を守るために必要だと言っても聞かぬだろうな」
「・・・家族と友人、そして姫様のためなら行くのも考えますが、たかが父の爵位ぐらいでは行きたいとは思いません、お断りをしたいところです・・・」
アストリットの言葉に同調するようにカラスが控えめに、だが脅すように啼く。
「・・・嫌な鳥だな、だがそなたの言うことを理解しているようだ」
「・・・わたくしに助力してくれるつもりのようです」
アストリットの言葉に大きく息を吐き、王は即座に再度の申しをする。どうやらアストリットはまず断るだろうと予想していたようだった。
「良かろう、では父の爵位を侯爵に上げ、さらに領地もやろう。どうだ?これなら家族も友人も、何者のことを言っているのかは知らぬが、その姫とやらも守れるであろう?まあ、これには条件が一つあるのだが」
予見で見ていた事でもあり、王の申し出にアストリットはくすりと思わず笑ってしまった。
「だめか?」
アストリットの笑いは、王に、再度の王の申し出を断るのだろうと思われたようだ。不機嫌そうな表情になる。
アストリットの隣の父が小声でささやいてくる。
「こ、これ以上、王の申し出に難色を示すな」
「いやいや、小心者の父上の言うことは気にするな。・・・だが、あまり欲をかくと周りに迷惑をかけることがある事だけはわかるよな?」
兄は面白がっているらしい。
「・・・ダメではありません。領地に戴ける場所はわたくしが願ってもよろしいのですか?」
アストリットは二人の言葉を否定することはせず、王の言うことを認めようとする。
「よし、魔女殿は、わが王族として遇しようと思っている。それでだ」
一気に言葉にした王は、一瞬ニヤリとし、そのまま言葉をつづけた。
「わが弟のリナレスの婚約者とし、王家の婚約者に与えられる化粧料を、給与として毎月支払うこととする。よいな」
「・・・」
「・・・な、なんと・・・」
「・・・そういうことか・・・」
父と兄が口々に呟く。
アストリットはこの件については予見でも見ていなかった。婚約者は確かに居なかったが、それはアカデミア・カルデイロでの卒業時に受けられる留学申請をするためだった。婚約などしていては留学時にそれが足枷になる。アストリットはこのハビエル王国の男に興味を持っておらず、婚姻など考えられもせず、将来は留学した先で好きな研究三昧をしようと考えていたのだった。婚約などしてそまえば、この国に縛られてしまう。課外授業に行ったのも留学のためだった。
どれだけ、国のために働かせようというのよ!
アストリットは、腹が立って来たが、国王の視線に思い止まった。
国王ルシアノ・ハビエルは、一度父を横目で見た後、さらに兄に視線を移す。そのあと、顎をしゃくるようにしながら、アストリットを見る。
断れば、家族や友人たちに危害を加えるかもしれない。あの目の動きはそうするつもりのようだ。だが、ここで国王を弑したとしても、家族と友人たちに危害が及ぶのなら今は受けるしかないか。どうせ、王弟などに興味はないし、素っ気ない態度で接すれば、あっちから婚約破棄とかしてくれるかもしれない。まあ、破棄は希望的観測だが。
アストリットは、無表情のまま、一礼をして口を開く。
「・・・謹んで陛下のお言葉をお受けいたします。本心では嫌なのですが、今回は国王陛下の命に従いましょう」
ただ、気にそぐわないことだけは伝えておかなければ、ね。
「・・・嫌、か。・・・顔は良いぞ、我が弟は、な。弟を見れば気も変わるかもしれん」
探るようにアストリットを見た後、王はニヤリとする。
「・・・魔女殿、そなたも顔のいい男は好きであろう?」
「・・・性格によります」
にべもないアストリットの言葉に王は苦笑する。
「・・・その言葉を弟に聞かせたいものだ、あいつ、何というか」
「・・・」
アストリットが承諾したことで、父ゲーブハルト・ベルゲングリューン、兄ヒルデブレヒト・ベルゲングリューンは小さく息をついた。元々言い出したら人の意見を聞き入れない娘ではあったが、国王に楯突くことはしないだろうと感じていた。とはいえ、今の娘は魔女だ。誰も娘に強引に物を聞かせることはできない。
「・・・そうだ、もう一つしてもらいたいことがある」
明らかに安堵した様子の国王が、椅子に深くもたれ掛りながら言い出した。
「・・・まだありますか・・・」
嫌そうな表情のアストリットが呟くと、慌てた父が、袖を引く。
「もうやめておきなさい」
「・・・不敬という言葉を、魔女殿は知らんのか?」
からかうような表所になった国王が言う。
「・・・失礼を致しました」
「まあ、よかろう。大した願いではない」
「?」
国王は訝しげなアストリットの顔をニヤニヤしながら眺める。
「侵攻軍を撃退した魔女殿の功績を称え、王都のパレードに出てもらいたい」
途端にアストリットの眉が寄せられた。
「・・・なぜそんなことまで・・・」
「隣のドルイユ王国の進入を退けた英雄殿の凱旋だ、国民皆に知らしめなければな。国の行事として魔女殿を皆で祝わなければ」
ニヤニヤ笑いの国王に嫌気がさしたが、アストリットは黙った。どうやら国民にまで知らしめておき、アストリットが国を捨てないようにさせるつもりなのだろう。
姑息だ。
アストリットはそう思ったが、どうせどれだけの兵を差し向けられても、アストリットの力に敵うわけはない。嫌なことだが、リーゼとグレーテルの家の者を密かに移動させて、保護するまで時間はかかりそうだ。また亡命をさせるのは申し訳ないことだが、この王がわたくしを国のモノにしたいための駆け引きとして巻き込んだ家の全員を守らなければ、とアストリットは考えていた。巻き込んだことを後悔させるから。
アストリットが観衆の歓声に次第にげんなりしながらパレードを続け、あと少しで王城に着くというところまでたどり着いたころ、妙に強い視線を感じた。パレード中に民衆から視線を投げかけられる事はよくあったのだが、その時はその視線が気になった。その視線の持ち主を探そうと周囲を見回そうとしたとき、視界が狭まる感じがした。
通り過ぎるパレードを誰かの目で見ていた。視線はパレードの先頭に立つ若い女性に向けられていた。ああ、これはわたくしですね。しかし、これは誰の目だろうか・・・。
そう考えたとき、ふいに誰かの声が耳に届く。
『・・・魔女か・・・危険だな・・・何とかして、ベルメール帝国に引き入れられないか・・・』
・・・はあ、ベルメール帝国の関係者か・・・嫌な予感がしますわね・・・。
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