魔女の一撃

花朝 はな

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銀髪の男、その後

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 銀髪の男は、お祭り騒ぎの中庭から静かな人気のない廊下を通り抜けて、ハビエル王国の王城の門にまでたどり着いていた。通用門から外に出ながら証拠を残さないように、懐からばら撒かれた招待状を掴み出し、堀へと投げ捨てる。
 王城を背に、王都の通りを歩み、裏路地に止められた馬車に歩み寄る。扉が開き、中から壮年の男が現れ、地に立って銀髪の男に礼をする。
 「ご苦労」
 銀髪の男が短く言い、壮年の男には目もくれずに馬車に乗り込み、どさりとシートに腰を降ろした。壮年の男が乗り込み、対面に座ると馬車が動き始める。
 「・・・どうでしたか?」
 壮年の男に問われた銀髪の男は、相好を崩す。
 「・・・面白いな。うん、面白い。理性的なところが良い。実力は未知数だが、まあ、それは仕方ないな。一万近くの兵を行動不能にした力は見たかったな。・・・本当に腰が痛んで立てぬのなら、武器も使えぬのだろう。これが使えるのは良いな」
 「・・・少しばかりちゃちな力ではありませんか?」
 壮年の男の言葉に、銀髪の男は笑いを収め、壮年の男を見返す。
 「・・・数千の兵がその場に倒れて何もできない。戦うこともできない。逃げることもできない。兵の絶望はいかばかりだろうな。・・・そなたにわかるか?」
 銀髪の男に問われた壮年の男は、暫く黙り込んだ。
 「・・・剣が使えなくなるのは、剣士としては厳しいですな」
 「厳しいだけか?絶望とかしないのか?地に倒れ伏し、剣を振るえぬのだぞ?立ち上がって敵に抗することもできぬ、そのような世界に身を置き、どうやって戦う?・・・その気持ちを教えよ」
 畳みかけられる質問に、壮年の男はじっと自分の手を見つめた。
 「・・・」
 「・・・どうなのだ?説明せよ」
 せっかちなのか、銀髪の男は答えを急かす。
 「・・・武人としては、死んだも同然でしょう。立って戦えないのであれば、絶望するしか他ない」
 「そうであろうな」
 呟いた後、馬車の窓から外を見ながらしばし沈思に沈む。
 「・・・」
 壮年の男は黙ったまま、銀髪の男の言葉を静かに待った。
 やがて銀髪の男が、視線を外から戻して前を向いた。
 「・・・よし、あの娘、手に入れよう」
 壮年の男が表情を動かした。眉を顰め、銀髪の男を見やった。
 「・・・まさか。・・・敵対する可能性もあるというのに、正気ですか」
 壮年の男の言葉に、銀髪の男は楽しそうに答える。
 「良いであろう?彼女なら、父上も折れてくれるであろう」
 その能天気な言葉に壮年の男はため息をつく。
 「・・・」
 「・・・さて、どうすればよいかな・・・」
 壮年の男は、楽しそうな銀髪の男を見やり、何度もため息をつきながら、首を振る。
 「・・・皇弟殿下を守る家です。離れたりすることなどありませんでしょう」
 そのつぶやきに、銀髪の男がばっと振り返る。
 「元、だ。元皇弟だ。間違うな、不敬になるぞ」
 先ほどまでの楽しそうな様子ではなくなり、怒りの表情になっている。
 「・・・失礼いたしました」
 言葉少なに壮年の男が謝るが、銀髪の男はもう自分の考えに没頭してしまったらしい。
 「・・・そうか、離れないのであれば、全部まとめれば良い。能力としては中々なのだろう?あの十八家は」
 その呟きが、さらに自分の考えに没頭させていくように思えた。途中の質問の様な言葉は、どうやら答えを期待していない問いだったらしい。呟きはさらに続いていた。
 「文官として雇うのが正解か・・・。部門は考慮するのが必要になるのではないか・・・」
 銀髪の男は額に指を当ててさらに考えに没頭した。
 壮年の男は、こうなると何を言っても反応が無くなることを知っていたので、肩を竦めて御者台の後ろの板を叩く。小窓がさっと開けられた。
 「・・・ドレスラー男爵家に行ってくれ」
 「かしこまりました」
 返答があり、馬車が向きを変える。速度が上がり、並足から遅めの駆け足に変わった。
 馬車が揺れ、銀髪の男が夢から覚めたように、顔を上げた。
 「もう行くのか」
 「・・・もう少し、ここを巡るつもりですか?」
 その言葉に、銀髪の男が笑顔で答える。
 「それも良いな」
 「何を仰いますか。これ以上ここに居ることを見られたら不味いことをご存じでしょうに」
 「・・・見られたらであろう?見られなければ良いのだ」
 壮年の男が、呆れてまじまじと見ながら返事をした。
 「・・・毎回馬車のときには外をご覧になるというのに、どうすれば見られなくなるというのですか?」
 その言葉に、銀髪の男は快活に返す。
 「人は、馬車の中の人物に興味がなければ、見ようとはしないものだ。堂々としておれば見ようとしても見られぬ」
 さらに呆れてしばし黙り込む。
 「・・・楽観的過ぎるでしょう。・・・とにかく、もう長くは居られません。残念なことですが」
 馬車はそんな二人を乗せ、王都の道を走り続けた。

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