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隣国の侵攻~三度
しおりを挟むドルイユ王国の将軍ジャン・ブーリエンヌはドルイユ王国国王に叱責され続けた日々を思い出して、ようやく屈辱が雪げると思った。
大将軍から最下位の平将軍に下げられて、元に戻りたければ屈辱を雪げと言われていた。そのため必死の思いで国境から半日のところまで、杖を突きながらようやくたどり着いていた。
「・・・屈辱は晴らす・・・」
後ろにはあの時の侵攻に参加していた兵が座り込んだり、杖を突いて立ち尽くしていたりとしながら、控えていた。
ぎっくり腰でつかまった後、王国に身代金を払い戻されたのだが、王国の恥として罵られ、辛苦を舐めたのが、後ろの兵士たちだった。『ぎっくり腰程度で動けなくなったなど、軟過ぎだろう』とか言われ、兵たちを見下し、蔑む視線に耐え、動けるようになるまでに大抵一か月かけて、復帰していた。
将軍も同じようにぎっくり腰で捕らえられ、高い身代金を払って戻されたのだが、そのあとはどん底まで落とされた。かろうじて将軍位には残ったが、役立たずと陰口を叩かれ、役目も与えられなくなった。妻と子はそのまま、妻の実家に戻った。さらに年老いた両親は小さな家に移り、隠れるようにひっそりと暮らすようになった。
侵攻に参加した者は皆がハビエル王国の魔女を憎み、雪辱する機会を探していた。しかしながら、先に侵攻を始めて国境を越え、侵略を始めたのはドルイユ王国が先という事実には全員が目を瞑っていた。なんとも身勝手な話であるが、先に始めた戦で負けたからという理由で、相手国を憎むのはお門違いと言える。ただ、相手国を恨むのは、それは結局あまりにも鮮やかで、なおかつ無様な負け方をしたからだろう。捕らえられた高級士官の中の一部には武人らしく堂々と戦えとか言うものも居たらしい。アストリットが聞いたら、どの口が言うのやらと、さぞ言うことだろう。
今回、何とか国王に謁見し、ハビエル王国の侵攻を上程する。
将軍位にとどまっているとはいえ、国王の信頼を失くした者に、よく国王が会ってくれたと思う。寛大な国王に、将軍は感謝した。
三度目の侵攻を上程する将軍に、国王は無表情で告げた。
『・・・できるわけはなかろう。魔女にぎっくり腰にさせられて、戦えぬのだろう?それに三度目の侵攻時にまた、魔女が来て動けなくなったらどうするつもりだ?もう金は出さんぞ』
苦々し気なその口調に、将軍は首を垂れたまま、言葉をつなぐ。
『比較的に軽い状況の兵をあのソテロの砦へ派遣します』
『そんなことしてもまた同じ事になるのだろう?違うか?』
国王の目が蔑む様に見てくるのを、一度顔を上げるが、再度首を垂れ、さらに言上した。
『しかし、狙いは隣の領地です』
『隣の領地だと?』
喰いついたと将軍は思った。興味を示したことで、将軍は国王が釣れたと感じた。
『・・・隣は領地としては広くありません。国境は山がちで、軍が展開するのに不向きだと言われておりますが、この地を抑えれば、後は山がちの丘陵地がハビエル王国の平坦な地が続きます。この地を占領し、橋頭保を構え、ハビエル王国へ食い込みます』
一気に策を言上する。
『ふーーーむ・・・』
国王は唸りながらしばし考えた。
『前回遠征した時の兵で、隣の領地を落とします。九千の兵なら、男爵領の領軍を壊滅させられるでしょう』
『・・・』
どうやら国王は相当迷っているようだ。死に場所を求める将軍はここぞとばかりに声に力を込める。
『仕掛けはもう一つあります。
伯爵領との境に兵を配置します。その兵は、動く必要はありません。ただ境付近で行動してもらえれば良いのです。警戒で伯爵軍は動けないでしょう』
『・・・』
まだ国王は迷っているようだ。だが、それは心が傾き始めている証拠。
『さらに男爵領の隣は王領です。領地を守るのみの兵がいるのみで、救援に動かないはずです』
『・・・伯爵領との境には、どれほどの兵を置けばよい?』
『境は越えませんので、千もあれば十分かと思います。男爵領を落とした後、その兵を移動させて駐留してもらい、そのあとは王領を目標として侵攻していけばよろしいかと』
将軍は、しばし瞑目した。
・・・最後の奉公だな。攻撃力の落ちた俺では、まず生き残れまい。
ふと、妻と自分の子、そして年老いた両親の姿を思い出した。最後に勇敢に戦い死んだと誇ってもらいたかった。
屈辱にまみれ、蔑まれたが、ついてきてくれた後ろに控える兵士たちも同じ思いでいることだろう。
よたよたと身体の向きを変えて、後ろを向いた将軍は声を張り上げた。
「・・・良いか!これから我々は目の前の土地を占領する!・・・激しい抵抗があるだろう!・・・だが本調子ではないと言え、我々と敵の数とでは、二十倍の差があるはずだ!・・・戦えば決して負けぬ死兵となれ!・・・そして我々は勝つ!」
将軍は腰の剣を引き抜いて、高く差し上げようとした。予想外の腰の痛みに顔を顰めながらも、何とか剣を差し上げる。きらりと陽の光を映して輝く。
言葉とその動作に、兵は痛む腰を庇いながら、よたよたと手をあげて歓声を上げた。
将軍がその歓声に満足げに頷くと、襲ってきた腰の痛みによたよたしながら、身体の向きを変え、もう一度剣を高く上げた。また痛みが襲ってきたが、何とか堪え、剣を振り下ろす。
「行くぞ!」
よろよろと前に進む。
「おおっ!」
答えた兵たちがよたよたと進む。
傍から見ておれば、よたよた、のろのろ進む行進を、なんの茶番だと思うかもしれないが、当人たちにとっては真剣だった。
兵たちは、見下され、蔑まれていた日々をようやく終わらせることができると意気込み、士気だけは高く前に進む。腰の調子の良いものは、少しは早めに歩けるが、ほとんどの者は腰の痛みに顔を顰め、へろへろと前に進んでいく。なんとも締まらない行進だった・・・。
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