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しおりを挟むヒンデミット伯爵家の一人娘のリーゼが領地に行くのには少々難があった。ヒルデブレヒトが領地に行くと知って、リーゼは一緒に行くと心に決めてたのだが、案の定一緒について行くことを反対された。
穏やかな話し合いのはずだったがそれが言い合いに発展し、家から出るのであれば、婚約を解消させると父親が言った時点で、譲ろうとしない娘が今までしたことがない激高をして、父親の存在を否定し、それに父親が反応し、頬を打ったことで喧嘩別れになってしまった。
リーゼは部屋に戻ると、頬を腫らしたリーゼを見て絶句した、自分を大事に思っているリーゼ付きの侍女を説得し、高価な宝石と高額硬貨を持ち出してその足で家出した。あまり離れていないベルゲングリューン家まで侍女と共に歩き、顔見知りであるベルゲングリューン家の侍従の判断でそのまま迎い入れられた。
屋敷に居たアストリットの母、エルメントルート・ベルゲングリューンは仰天し、最初は何とか説得して返そうとしたが、リーゼの言う話を聞いて、一緒に行く方が良いと認めた。業務の引継ぎで城に行っていた父親のゲーブハルト・ベルゲングリューンが城から下がってきて、事実を知り、無駄だと知りながらも一応説得を試みたが、案の定リーゼが聞き入れることはなく、結局、ベルゲングリューン家に住むことになった。ヒンデミット家には即ベルゲングリューン家の侍従が走り、ベルゲングリューン家で保護しているから安心してほしい旨を伝えており、侍従の言上を聞いたヒンデミット家の父であるケヴィン・ヒンデミットは、娘に手を上げたことに反省をしたうえで、娘が親元を去るということに寂寥感で涙したと言われるが、その姿を見たものはヒンデミット家の侍従筆頭しかいない。
こうして数日前からベルゲングリューン家の屋敷に、リーゼはヒンデミット家の侍女と共に暮らすことになったのだが、アストリットは下手をすれば拉致などの事件になっていたかもしれず、リーゼが本当に兄と一緒になってくれることに嬉しいと思うとともに、一人で家出した事件になりかねないとことに対して、恐怖した。
もうこのころには、アストリットは国防に利するためと言う名目で王城に部屋を与えられ、ほぼ強引に住まわせられており、家出の話は盲点だと臍をかむことになってしまった。また、兄であるヒルデブレヒト・ベルゲングリューンは、領地の受け取りのために先発しており、近日の内に戻ってくることはないと思われた。このため、リーゼを守る者はグレーテルとベルゲングリューン家の護衛隊のみということになるが、連絡を受けた兄ヒルデブレヒトが途中まで迎えに来ると伝えて来ていたので、絶対そうなるだろうと思う。
アストリットはリーゼがこれから事件に巻き込まれないようにするために暫く考えた。
この時、自分が対策を考えなくても良いということに、アストリット本人は気が付いていない。リーゼ本人が周りを注意すればよく、さらにはリーゼはこれからも一人で外出することはないため、危険はほぼない。
しかし恋人たちのように盲目となっているアストリットは、考え込んだ末にリーゼの行動を何かに報告させればよいと思いついた。一人頷いたアストリットは、王城の門から外に出ようとしたが、アストリットを王城の外に出してはならないと王命を受けている門兵から死刑にされるので国王の許しを受けて下さいと懇願されてしまった。城内に引き返し、謁見の順番を捻じ曲げて国王に謁見し、国王に直談判して、渋る国王から王都内ならとの許可を何とか引き出した。そして城壁の外に出るための条件に加えられた、身辺の警護をしている目立つ近衛騎士隊を引き連れて、王都に繰り出すことになった。
王都に出かけたときは国王を脅したアストリットだったが、今日は魔女としての力でアストリットの存在を認識させなくして、猫を抱えたまま堂々と外に出てきた。王都の道をてくてく歩き、ベルゲングリューン家にたどり着いた。門番が立っていたが、門番はアストリットを認識できず、アストリットはふんわりと笑った。門番の意識を軽く押すと、門番の目がぼんやりと宙に向く。門扉を動かして中に体を滑り込ませ、後ろ手に門扉を閉める。その音に門番がびくっとしたが、振り向いてもそこには誰もない。門番が振り向いたときには、もうすでにアストリットは玄関に向かっており、アストリットの姿があると理解して見なければ到底見れないために、いると認識していない門番にアストリットは見えずに、ただ首を傾げるだけだった。
玄関から屋敷内に入ったアストリットは、誰に見とがめられることもなく、一匹の猫を抱えたまま、屋敷に用意されたリーゼの部屋に近付いた。
ドアをコンコンコンとノックする。部屋の中から返答がして、かちゃりとドアが開く。
リーゼが立っているアストリットに気が付き、ニコリと笑う。
「リット、どうしました?」
アストリットもニコリと笑って、両手で抱えていた猫をリーゼに差し出す。
「姫様、この猫を連れて行ってください」
「あら、可愛い猫ちゃんですね」
そう言いながらリーゼはアストリットから即受け取って抱き抱えた。
「お名前は決まっておりますの?」
「エルマです」
銀色の毛色に黒の縞模様の猫はちらりとアストリットにその瞳を向けたが、すぐに瞳をリーゼに移してリーゼの腕の中から見上げている。
「そう、エルマね。・・・エルマ、わたくしはリーゼです。これからよろしくお願いします」
アストリットが手を伸ばし、猫の頭をそっと撫で、猫が見返してくると、優しく言った。
「エルマ、姫様をよろしくね。危ない目などには合わせちゃ駄目よ」
「にゃあああん」
猫は、アストリットの言葉に反応したかのように鳴き声を上げた。
「・・・仲良しなのに、リットは離れても良いの?」
「大丈夫ですよ、エルマには何度も言い聞かせました。エルマもわかってくれています」
「・・・人みたいですね」
「・・・姫様にお願いしたいことがあります」
「なあに?」
「・・・どこに行くのにもエルマを連れて行ってください。危険だと思ったらエルマに話してください。そうすれば、義姉様は必ず助かります」
アストリットの言葉に、リーゼは頷く。
「わかりました」
新しい領地に出発する日、五台もの馬車が王都の屋敷に横付けされていた。
それを見ているのは門の外に集まったやじ馬の群集と、離れたところに止められた何台かの馬車と、木々に止まっているカラス数羽だった。
一代目の馬車には、父親のゲーブハルト・ベルゲングリューンと母親のエルメントルート・ベルゲングリューンが侍従と共に乗る。二台目に、兄のヒルデブレヒト・ベルゲングリューンの婚約者のリーゼ・ヒンデミット伯爵令嬢が、猫を抱えて侍女と共に乗りこむ。残りの三台は使用人たちが、持ち込む荷物と共に乗り込んでいた。鞭が宙を打ち、馬車が走り出す。門扉が、馬車が走り出すと同時に開き、走り過ぎると、すぐに閉じられる。門扉が開くときに、ベルゲングリューン家の騎士隊が道に展開していたが、馬車の前後について走り出す。こうしてベルゲングリューンの屋敷は、子爵の屋敷という役目を降り、王都の別邸としての役目につくことになった。
アストリットはその光景を上から、ぼんやりと覗いていた。
「・・・行ってしまった・・・か」
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