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バカにしないでもらえますか
しおりを挟むアストリットも結局は学校には行けなくなり、王城で暮らすことになってしまった。
与えられた王城の部屋は、大きくてなおかつ華麗すぎ、アストリットはいつもこの部屋で寝ることに辟易しており、お付きの侍女が暮らすための小部屋に避難して眠っていた。
この与えられた部屋のなか、小部屋に続く扉の脇には一本の木が立てられて、左目が右目に比べて少し小さい一羽のフクロウがその止まり木にとまっていた。このフクロウは、昼はいつも眠っていたが、夜になると目を覚まし、一晩中目を光らせているため、アストリットの世話を命じられた王城の侍女は、暗がりのフクロウの目が光り輝くことにいつもびくついていた。
よからぬ思いをもった侍女が、アストリットを王城から排しようとして、貴族子息を引き入れ、襲わせようとしたときは、そのフクロウに飛び掛かられ、子息は片目に爪を立てられ片眼は失明することになり、侍女は頬に爪を立てられて大けがをし、王国から追放されるという事件があった。その侍女は王弟に気があり、アストリットの存在を疎ましく思っていたため、子息に襲わせようとしたとわかっている。アストリットを襲おうとした子息の家は、一族全員が国外追放の目にあった。そのことから、フクロウはアストリットを守る存在と周知され、積極的に構おうとする者はいなくなった。
与えられた部屋は、魔女の力を試すときや薬を作る実験をするには都合がよかったのだが、時折来なくても良いのも関わらず、やってくる王弟が鬱陶しかった。国王が命じたため行かされていると察せられたのだが、王弟が嫌いなアストリットにとって、ただただ迷惑なだけだった。
部屋にやってくる王弟は、なぜか相変わらず考え違いをしており、アストリットが自分に嫁ぐには身分違いだとなじってくる。ただ、国王の認識は反対で、王弟がアストリットの配属者となるというものだった。もちろん、今は王弟は王族扱いだが、アストリットと婚姻後は臣下となる。能力に疑問が多い王弟に対し、一度は弟として遇しようとしていたが、最近は王族としての義務を果たすこともできない王弟を見限っていつか処分するかとまで考えていた。ただ、国王はまだ王弟に対し、前王の血を分けた存在だから、何とか更生させようと毎回王弟をたしなめ、叱り、時には近衛騎士団に行かせて稽古で扱いて、性根を正すと称した罰を与えることもあった。
この罰に関して言えば、剣術に関しては王弟はからきしダメで、あまりにも剣の扱いが下手過ぎ、そして真面目に取り組んでいる姿勢が見えないと、近衛騎士団の団長が怒りで、国王に直談判し、もう二度と来させるなと丁寧な言葉で半ば脅すようにして、王弟に対する稽古はなしとなった。王国の王族としては、恥ずかしいことだったが、王弟の頭の中の認識は、王族は守られる存在であり、剣を使って身を守ることはしないというものだったので、剣も扱えないと後ろ指をさされても平然としていた。ただ王弟は勘違いをしており、剣を扱えなくても問題ないとされていたのは、国王と王太子のみで、それ以外の男は皆、剣を扱えるように毎日稽古をしている。ちなみに扱えなくても良いと言われていても、国王と王太子は稽古は欠かさないので、王族の中で剣を使えないのは、王弟だけだったのだが。
このように王族という名前だけにしがみつき、義務を果たしていないと見える王弟を、アストリットは他の者に見せたことはないが、内心では顔を見たくもないと嫌っていたし、実のところ、アストリットは、ある日を境に王弟の姿を見なくなることを予見で見ていた。多分、アストリットがいつか消え去ると思っていた王弟に歩み寄らなかった理由は、その予見にあったのだと思われる。
アストリットが王弟であるリナレス・ハビエルを傍に来させなくする事を考え始めた切っ掛けがあるのだが、これはその時の話になる。
「リナレス殿下が、お呼びになっておられます」
アストリットがハビエル王国王妃にもてなされて、王城のサロンでお茶会に参加していると、いつもの侍従がわざわざサロンにまでやってきた。侍従は王妃に礼をしてから、断りを入れて、アストリットに近寄った。
アストリットは心配そうにこちらを見ているオフェリア・ハビエル王妃に会釈した後、近寄ってきた侍従の言上を聞くために、身体を少しだけ傾けた。そして言われたのが先ほどの言葉だった。
「・・・はあ・・・」
アストリットはため息をついた。
「申し訳ございません」
侍従に罪はないのだが、思わず優しい言葉でではあるが、叱責する。
「申し訳ありませんではありません。わたくしは今王妃殿下が主人になっておられるお茶会に参加しております。そのわたくしを呼びつけるなど、主人をされておられる王妃殿下に無礼を働いていることを、なぜわからないのですか」
アストリットの言葉に、侍従はしばし黙った後、再度頭を下げた。
「・・・申し訳ございません・・・」
融通の利かない侍従の態度に、怒りがこみあげてきていたアストリットが、思わず声を荒げる。アストリットが今聞きたい言葉は、申し訳ないではなく、あらためて話すだ。
「・・・あなたに言っているわけではありません。ですが、あなたに言います、身の程をわきまえろ、ということです。今の私の気持ちは、本当にその言葉が一番似合います。身の程をわきまえろ、あなたの主人にそう伝えなさい」
アストリットの言葉に、お茶会に参加している周囲の貴族夫人たちが息を呑む。
「ま、魔女殿、お怒りはわかりますが、もう少し・・・」
アストリットの怒りに慌てた王妃が、口を挟む。
「・・・わたくしは、あのような無で王族の意識もない男の人と国王の命で婚約させられましたが、本心を言えば、あのような男に何も魅力を感じておりません。反対に見るのにも耐えない醜いモノには、近寄っていただきたくないのです。・・・わたくしの傍に、擦り寄っていただきたくありません」
気持ち悪さを前面に出し、顔を顰めながらそう言い募ると、王妃が顔色を変えて明らかに身体を引いた。
「そ、そうでしたのね・・・。わかりました」
王妃は途中で言葉を切り、王弟付きの侍従に向けて振り返る。
「・・・そなた、名は?」
「・・・私はエメリコ・モランテ、モランテ男爵家の者です・・・」
戸惑いがちな表情ではあるが、恭しく王妃に向けて一礼をした。その点は下級貴族とはいえ、王族の侍従になるだけはあると言える。
「わかりました、エメリコ・モランテ、そなたに命じます。魔女殿は王妃であるわたくし、オフェリア・ハビエルのお茶会にお招きしたお客様ですので、リナレス殿下の呼び出しには応えられぬと、申し伝えなさい。・・・もう一つ付け加えなさい。王国の最重要人物である魔女アストリット・ベルゲングリューン侯爵令嬢を末席の王弟が呼びつけるなど、言語道断です。用あらば、そちらが足を運ぶべきです。・・・そう申し伝えなさい」
「は、はい」
あまりにも強い王妃の言葉に、周囲の貴族夫人たちが唖然としている。
侍従が辞去しても周りの夫人は口を開かない。顔を見合わせて、王妃をはばかって口を開くことはなかった。
王妃はそのような雰囲気に眉を顰めたまま一度大きくため息をついてから、笑顔に切り替えて周りに言った。
「申し訳なかったわね、みなさん。切りも良いので、このあたりでお開きとしましょう」
王妃の言葉に皆は、硬い表情のまま、立ち上がった。
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