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浮かれる二人
しおりを挟む王族が参加する夜会は大して多くはない。
王族が参加するとなれば主催が今後特別視されてしまう。それが贔屓ととられないよう、細心の注意を払って、王族は参加を決めている。国王と王妃は、貴族間のバランスを考え抜き、夜会の開催について許可を出していく。そしてその許可を出す際に、主催が招待する参加者たちへの王家への影響力を考え、王族の出席を決めたりしていた。そのために、王族の参加は限られている。
王族の婚約者と王命で定められてしまった『魔女』ことアストリットも、王族とされており、夜会に出席することは国王に慎重に決められて、滅多なことではその姿を見ることは決して多くはない。
『・・・あなたともっと一緒に居られたら良いと思う・・・』
『・・・はい、リナレス様、私ももっとお会いできたらと思います・・・』
傍で聞いていると相当にばかばかしく思えた。
見下ろすと、肩を引き寄せる男と身を任せる少女の姿が見える。もし、これを見ているのが人だったら、気味の悪さに身体が無意識に動いてしまっただろう。
『・・・あなたと一緒になれたら良いのに・・・』
『・・・あの魔女のせいで、リナレス様は望まぬ婚姻を迫られて・・・。お可哀そう』
・・・何を言うか。わたくしとて頭の回転が足りない名ばかりの王族など、願い下げだわよ。他国に逃げられないようにと縛る婚約なのに、婚約を願ったとか思われていたとしたら、気持ち悪くて仕方ないわ。
アストリットの罵倒は、当然ながら下のベンチに座る二人には届かない。そもそもカラスに人の言葉を話せる声帯はないのだから、人の言葉を聞けても言葉を話せなかった。
ちょんちょんと小さく飛んでカラスが、より声が聞きやすい場所に移動する。
『・・・リナレス様・・・』
『・・・ノエリア嬢・・・』
硬く抱き合う二人の姿がカラスの目に映る。カラスは身を乗り出すようにしながら、下を覗き込んでいたようだ。
・・・言わなくても合わせてくれるとはいい子だわ、コジマは。
アストリットがコジマと名付けたカラスの使い魔はうるさくしないので、昼間の監視に使える。夜はフクロウのアデリナが暗視の力を持っているので、夜の場合の監視ではアデリナに頼んでいる。
カラスもフクロウも、二羽ともお願いをしても嫌がらないため、アストリットは重宝している。ちなみに義姉のリーゼにつけた銀色の猫エルマも、リーゼがどこに行くときにも連れて行くので、護衛の一人として家族に認識されている。
事実、アストリットの力を秘密裏に利用しようとした貴族の手の者が、家族を盾にアストリットを従わせようとして、庭に居たリーゼを拉致して役立てようと忍び込んできたときがあった。その時は傍らにいたエルマが侵入者に飛び掛かり、顔に爪を立て、その爪が目に入り拉致を出来なくしたときがあった。
エルマの怒りの鳴き声に気づいた実兄であるヒルデブレヒトが護衛と共に駆け付け、襲撃者を捕らえ、さらには拉致後に運ぶ為の馬車と共に居た御者、そして領地内で手引きした不心得者を摘発した。
拉致を防いだエルマは、実兄のヒルデブレヒトに好物の鳥の肉を与えられ、腹一杯食べたそうだ。満腹になったエルマがだらりとだらしなくソファで寝そべっていた時、エルマと感覚をつないだアストリットに、エルマの満足した意が流れてきて、思わずアストリットが『どれだけ食べたのかしら。満足できた?』と尋ねてしまった。それに反応したか、エルマがにゃと返したことで、エルマを抱き上げようとした義姉のリーゼが訳が分からずに、エルマの顔を覗き込むということがあったりした。
義姉のリーゼはこの猫のエルマがアストリットとつながっていることを知っており、それもあってリーゼはどこに行くのにもエルマを連れていくようにしている。アストリットとつながったエルマが居れば、ベルゲングリューン家の者に何かがあっても即、アストリットに事件について伝わるだろうし、そのようにしてベルゲングリューン家に敵対したとアストリットに認められれば当事者は相当の恐怖を味わうことになるだろう。
気が付けば、いつの間にか二人は離れており、悲壮な表情を浮かべながら、王弟リナレスは言い募る。
『・・・ああ、あの魔女など居なけなればよいのに。いつも、いつも、そう思っているんだ』
『王弟であるリナレス様よりも魔女の方が偉いのですか?・・・リナレス様の方が偉いと私は思います』
一瞬コジマが頭を傾げたのか、画像が揺れる。
カラスでも意味を理解できない会話など、そうそうお目にかかれないものであることは確かなのだが、本当にコジマが会話を理解していたかというと、真相はわからない。コジマは知恵があり、時折画を見てアストリットが傷つくと考えるのか、わざと視界を画角から外したりすることがままある。アストリットはコジマに意思を投射する。
・・・コジマ、しっかり二人の様子を見せなさい。
すると、カラスから意外な反応がある。
・・・ミタクナイ・・・。・・・バカナヤツラ・・・ダカラ・・・。
アストリットは暫く硬直してから、ため息をついた。
・・・あなたが嫌でも、見てくれないとあのおバカ二人の不義理の内容を確認できないのよねえ。
・・・ワカッタヨ・・・。
その間にも茶番は続いていた。
『リナレス様が命じれば、魔女など息の根を止めることができるはずです!』
・・・ふう、コジマがバカと形容する意味がよく分かります言葉ですわね・・・。
アストリットは心の中でため息をつきながら、思わず呟いた。
『・・・無理だよ・・・。あいつは傲慢で謙遜することなど出来ないんだ!兄上でさえ、あいつの顔色を窺うほどなんだよ』
『リナレス様のお兄様が魔女のご機嫌取りをされるのですか!』
『ああ、そうなんだ!あいつの正体は悪魔なんだ!』
・・・あはは・・・。まあ、悪魔というのは召喚もできますし、そう言われても仕方ないかと思いますが・・・。
『悪魔!・・・でもそんな存在をリナレス様の妻とするのは間違いなのではありませんか!』
『そうなんだ!私がどれだけ頼んでも盗賊討伐に付き合ってもくれないし、何より兄上に勝手に命令したと言いつけたりしたんだ!酷い奴なんだ!』
『酷い!・・・リナレス様・・・お可哀そう・・・』
・・・わたくしは国王の王命でこの国に縛られたのですが、そのことなど理解もしていないのでしょう。・・・家族に危害を加えられないように釘を刺しながら動かなければならないこと、わかってくれとは言いません。実のところ、わたくしにも意思はあるのですよ。・・・誰が好き好んで何も考えていない男と一緒になりたいと思うものですか、バカにしないでほしいものです。
ぶちぶちと頭の中で文句を言っていると、コジマが同情した意思が流れてくる。
・・・アルジ・・・キニシナイ・・・。
『だが、私は兄上に、ノエリア嬢を紹介するつもりだ!そして・・・』
『リナレス様!』
女が男の手を取った。
『嬉しい・・・。リナレス様、あなたのお兄様に紹介してもらえれば、私と一緒になってもらえるんですね』
『ああ、そうしよう・・・、兄上にノエリア嬢のことを伝えて、あいつとの婚約を破棄するつもりだ!』
『ああ、リナレス様!』
アストリットは眩暈がしそうになった。さっさと行動してほしいと思うが、あのお頭では国王に直談判しても無理だろう。魔女との婚約を破棄して、あの伯爵令嬢と婚約しなおしても大丈夫だというだけの利点を、あの王弟が提示できるのか、甚だ疑わしい。
魔女を国に置いておくのは家族を国から離れなくする、ないしは国の王族と一緒にして国の重鎮とする。両方とも今回の国王がとった方法だった。多分他にもアストリットを国に縛り付けようと色々画策していることだろう。
アストリットが国王の次の手を考えながらコジマの前で繰り広げられる茶番を見ていると、声が響いてきた。
『・・・でんか・・・』
聞き覚えのある声だった。王弟の侍従であるエメリコ・モランテの声のようだ。
『ああ、エメリコだ。・・・ノエリア嬢、名残惜しいが、今はまだあなたとの仲を他の者に知られたくないから、私は行かなければならない・・・。気をつけて帰ってくれ。・・・またこの城の庭園で会おう。・・・きっと手紙を出す。それに日にちを書くから、またその日に会おう・・・。きっとだ』
『ええ、わかりました・・・。お手紙待っております・・・。きっと、きっと・・・』
なぜか目に涙をためた女が、立ち上がった男に手を差し伸べる。
『ああ、きっとだ・・・』
『・・・でんか・・・』
男がまた聞こえ始めた侍従の声に向け、急ぎ足で去っていく。
その後ろ姿を見送ってから、女は差し出したままの手を引込め、悲壮な表情を引っ込め、ニコリと笑みを浮かべた後、生き生きとした表情で立ち上がった。
女は男とは相反する方向へと歩き出し、あっという間にその場から消えた。
アストリットは、あんな人目に付きそうな場所でよくやるなとため息をついてから、その場にとどまったままでいるコジマに思念を送った。
・・・ご苦労様でしたわね、もう巣に戻ってもよろしいですわよ。
・・・アルジ・・・モウモドルヨ・・・。
アストリットはカラスが羽搏き始めるのを察知し、感覚の共有をやめる。
ふと、婚約の破棄の後押しをするのは、このままでは出来そうにないなと思った。
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