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国王の野望
しおりを挟む王城で噂が立ち始めていた。
王城で一番多いのは使用人たち、次いで役人たちだが、その彼らが庭の端で用もないのに親し気に笑い合う王弟と令嬢の姿を目にするようになった。
そのために、使用人たちは廊下で行き合うと、影に退き、固まってはひそひそ声で話す。
『・・・見たの?あの二人』
『・・・見たくはなかったけどね・・・』
『・・・はああ・・・、陛下はご存じなのかしらね?』
『・・・ご存じないんじゃないかしら・・・』
『・・・お伝えしたほうが・・・』
『・・・いえ、止めておいたほうが良いわよ。とばっちりを受けたくなかったら、ね・・・』
『ええ?そうなの?』
『・・・どうしてかわからないんだけど、魔女様は二人のこと、知っているみたい』
『・・・ふーん・・・?』
『・・・そうよねえ・・・。知っていて放置しているらしいわ』
『?・・・どうしてかしら?』
『・・・ここだけの話だけどねえ、魔女様はあの傲慢なリナレス様に愛想を尽かてるらしいの』
『・・・ああ、何か聞いたことがあるわ。・・・あのおバカなリナレス様は魔女様にあれこれ指図するらしいわよ、なんでも軍隊の遠征で手柄を立てられるようにしろとかなんとかで』
『・・・無理よねえ、稽古で未だに剣を持っておれないのにねえ・・・』
『・・・私が将軍だったら、即首にするわね、そんな兵士』
『うん。・・・私も多分そうだわね。足引っ張るだけだものねえ』
『・・・あーあ、いいのは顔だけだものねえ・・・。剣もダメ、頭もダメ、忍耐もないじゃねえ・・・、貴族でも無理だわねえ』
アストリットの王城での侍女であるイレーネ・バイルシュミットは、使用人たちのひそひそ話を耳にし、密かにため息をついた。
今も、使用人たちの言葉をアストリットに頼まれて王妃のお茶の相手への参加打診の返答を返しに行ってきたばかりだった。侍女として主筋に当たるアストリットを貶める言葉があれば、進み出て止めさせるつもりでいたが、幸いなことに使用人たちから、そう言う言葉は出ていなかった。しかしながら、イレーネは使用人たちの噂話を聞くと、どうしても眉に皴が寄ってしまう。それは聞くに堪えないことが話されることもあるからだったが、何よりも一番そのうわさ話を面白がって聞くのはアストリットだからだった。
聞いていて楽しいからと、その使用人たちの間の噂話を決して止めるなと、アストリットはイレーネをはじめとするアストリット付きの侍女やメイドたちにやんわりとくぎを刺している。
アストリットが王城の中を歩いているときに当事者としてアストリットのことを話している現場に行き合うこともあったが、噂話を止めるよう話こともなく、陰のところにひっそりと立って、楽しそうに会話を聞くのみだった。イレーネはアストリットに一度国王に王弟の行状を伝えない理由を尋ねたことがあるが、真面目に答えたのかはわからないのだが、ただ都合が良いからと言っただけだった。浮気相手のノエリア・グアハルド伯爵令嬢に夢中になった王弟が絡まなくなって、アストリット自身とアストリットの周辺は平穏を取り戻した。
アストリットが平穏になったのとは反対に、ハビエル王国自体では唐突に国王が徴兵制度を発表した。最近のベルメール帝国の大陸西岸制圧を端にしたことによるドルイユ王国のハビエル王国への侵攻、そしてヴァリラ連邦軍のハビエル王国への侵入と周辺の国による侵攻と、ハビエル王国への周辺国からの侵略志向が顕著となったことにより、国防の必要に迫られて実行された。
ただし唐突に発表された徴兵制度は国民には不評だった。確実に戦へと向かう徴兵に、国民は良い感情を持つことはない。どちらかというとハビエル王国は農業国であり、他国への侵攻侵略を考える国ではなかった。しかし、その侵略をしないという意志は庶民のみの意志であり、国王貴族の意志ではなかった。
ハビエル王国国王は他の王国の国王と同じように、もし機会があれば領土を拡げたいという意思をもっていた。今まではそのような機会がなかっただけだった。今、ハビエル王国国王はアストリットの魔女顕現にて、征服という夢を実現する機会を得た。
国王は魔女の力を試し、魔女の力は国を守ることにも、侵攻することにも使うことができると、確証を得た。こうして国王は魔女の力を中心に据えた侵略を考え始めた。その手始めとして始めたのが多方面の侵攻を支えるために徴兵による兵士の増加だった。
このような意思を示した国王には、国民皆逆らえなかった。そのため嫌々ながら二十代前半の庶民は兵役に就くことになり、彼らは国境の警備に振り分けられて、国境の監視のために建てられた砦の警備につくことが多かった。
新兵たちが国境に配備されたのと反対に、熟練兵たちは国の中央に呼びも出され、国の練兵場での激しい練兵を繰り返すことになった。侵攻を目的とした攻撃を想定し、何度も何度も動きを繰り返す。兵士たちは真剣な表情で、己の役割を理解し果たすことを目的として練度を上げて行った。
そしてある日アストリットは国王から呼び出された。
「・・・魔女殿」
国王の執務室に案内されて中に入ると、国王ルシアノ・ハビエルが執務机に座っていたが、アストリットを見やってから妙に慎重な表情で立ち上がってアストリットを迎えた。
アストリットは執務机の前まで進んでから一礼する。
「お呼びということでまかり越しましたが、何かございましたか?」
アストリットの言葉に、国王は視線を隣りに立つ新しく軍務大臣となったダリオ・ハビエル公爵を見て、公爵が頷くのを見返してから、一度咳払いをした。
「・・・ヴァリラを攻撃するつもりだ」
アストリットは一瞬息を止める。ついに侵略に向かうかと少々やるせない思いにとらわれる。これは多分にアストリットが関係していると思われる。アストリットが魔女として顕現しなければ、この国は今でも防衛を優先していたはずだ。アストリットの存在が、侵略時の役割の一つを担うことになってしまった。
・・・ついに侵略をすると言い出したか・・・。
アストリットはベルゲングリューン家の領地にリーゼとグレーテルを先に行ってもらい、母と兄の手に委ねられたことで、安堵だけはできていた。
「・・・どう思う?」
アストリットは、不安そうな表情でアストリットを見つめている、新たに任命された軍務大臣ダリオ・ハビエル公爵が突如出した声を聴き、思わず公爵を見返した。この場の最高権力者である国王の許しを得ることなく声をかけるなど貴族としてあるまじき行為だった。
「・・・ダリオ、そなたが勝手に口をきいたことで、魔女殿が驚愕しているぞ。・・・まずは私の許しを得てから、話せ」
「げぼっ」
ため息とともに国王がそう話すと、公爵が喉に物が詰まったような声を出した。
「し、失礼しました」
「・・・ダリオ、今のそなたは軍務大臣だ。確かに王弟であるが、臣下だ。魔女殿は、勝手に話し始めるなと、言っているようだぞ」
「・・・か、かしこまりました、陛下」
国王がそう窘めると、公爵が赤面して頷いた。
「・・・発言してもよろしいですか?」
内輪の話になりそうな雰囲気をアストリットが途中で切る。
「・・・ああ、よかろう」
国王が無表情に戻り、頷いた。
「・・・侵略することにつきまして、わたくしは意見を持ちません・・・。わたくしの意見は採用されないのでしょうし」
「・・・」
国王が最初は苦笑したが、やがて諦めたようにゆるゆると首を振る。
「・・・そんなことはないぞ。・・・魔女殿は、この国一番の強者だ。その言葉は傾聴に値するし、魔女殿の意思を無視して決定はできない」
「・・・兄上・・・」
悲壮な表情の公爵が心配そうに声をかけた。
国王はそんな自分の弟に少々疲れたように一度頷き、そして口を開いた。その声に疲れが滲んだ。
「・・・ああ、気にするな、公爵。・・・魔女殿は私を尊重してくれている。反対はしないと言ってくれているのだろう?」
アストリットは表情を隠し、一度頷いた。アストリットが国王の言葉に反発しているわけではないことを、この王弟には理解して欲しいと思っている。この新しい軍務大臣の国王への盲目的な信頼は、国王の意見に反対するものへの激しい敵意となってしまい、王族という国王の好意が重なればこの国の政策の方向を決めてしまうだろう。国王の関心が他国へ向くという事は、アストリットにとっては好都合なのだが、この場合、この王弟の敵意が自分たち亡命貴族に向くことは立場を悪くするため、避けたい。
「・・・異論はございません。国軍の総司令官がお決めになったことに反対はできません」
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