怨刃=ENNJINN=

詠野ごりら

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二章

幕末7

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       品川宿


 晋作一行は、当時江戸の端であった品川宿にたどり着いたのは、十月の末であり、薄ら寒い空気を海風がかき回すように吹き荒れていた。

 晋作等は、品川宿に入るなり、同士の長州藩士井上馨と合流。
 そこへ江戸にいる長州の過激浪士が次々と駆けつけ、井上の部屋は、さながら長州の秘密結社の様相になった。

「高杉さん・・・」
 会合が始まるなり、井上馨が苦い顔で晋作の目の前まで正座の姿勢のまますり寄ってきた。

「なんじゃ、聞多気味の悪い!」
 晋作は井上の行動に気圧され、半歩後ずさった。
 ちなみに「聞多」とは長州藩主毛利敬親から貰った通り名で、長州の仲間は皆「馨」とは呼ばず、井上聞多と呼ぶ。

「気味の悪いのは、部屋の隅にいるあの男ですよぉ、あの男・・・もしや私だけに見える怨霊ではござりますないなぁ・・・あれは高杉さんが連れてきたのですか」
 井上は露骨に嫌なかおで、床の間の柱にもたれかかる蒼白い顔で、目つきだけがギラギラとした枯れ枝のような伊助に視線をやり、そのまま嫌な表情を晋作にむけた。

「ハッハッハッ!気にするな聞多、あれは僕が京で雇い入れた用心棒だ」

 高杉の明るい返しにも、井上の怪訝な目つきは変わらない。

「ですがねぇ・・・これから見せる図面を我々が持っていると知れたら、命はないのですぞ!おかしな者を入れて、口外されては困るのです・・・あの男本当に信用できるのでしょうね」

 晋作は井上の言葉を半分にしか聞かず、図面が手に入った事を知っただけで、目を丸くさせ井上の胸ぐらを掴んできた。

「誠か!もっもっ聞多でかしたぞ!イギリス公使館の設計図面!手に入れられたのだな!でかした!聞多」

「高杉さん!声が大きい!」
 アワアワと狼狽える井上の横で、俊輔も晋作を落ち着かせようと言葉を続けた。

「高杉さん、落ち着いて!壁に耳あり障子に目ありですぞ!」
「わかったわかった!ホレホレ!聞多!はよう図面を見せんか!ホレ」

 すると、その場に集まった全ての者が息を吞む中、畳の上に大きな建物の建築図面が広げられた。

 そこには当時では最先端の技術で建築されるであろう、大きな洋館の様子が精巧に書き取られていた。

 晋作はまじまじと眺めると、ニヤリと笑い。

「いやいやぁ・・・これは実に立派な・・・燃やしがいがあるというものよ」
 そういうと、晋作は少年のようにはしゃぎカラカラと笑った。


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