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第4章
その3
しおりを挟む隼が佳乃の残した遺書に気付いたのは、涙も枯れ果てた夕刻だった。それまで、どうしてだか、そんなものがあると思い当たらなかった。佳乃が自死した事実を受け入れがたかったからだろうか。
だが、その遺書も隼を納得させるには程遠かった。毎日共に膳を囲み、毎夜共に枕を並べてきたのに、妻のことを何も知らなかった。何も気付けなかった。隼の胸に降りるのは疑問と後悔ばかり。『何故、なぜ、なぜ』、そればかりが隼の胸を支配した。
激流のように日々が過ぎ、気付けば初七日も滞りなく済んでいた。白い布に包まれた小さな箱になってしまった妻を眺め、それでもまだ佳乃を失ったことが実感として湧いてこない。今にもその襖を開け、『どうされました? お疲れのようですが』なんて声がかかりそうだ。
要は葬儀にも法要にも当然のことながら参列したが、隼と会話どころか視線を合わせることもなかった。隼には、まだ要に対するわだかまりが強く残っていた。それは、佳乃が遺した遺書に理由があった。
――――要様には何の関わりもございません。
その一文が、むしろ『関わりがある』と言っているようで、その疑いを拭いきれなかった。
隼が不在の七日間に、城内の勢力は一変した。旗振り役の隼と真の中心人物である橘藤十郎が戦線離脱したのだ。次男派が盛り返すのは自明の理だった。
大勢は決し、次男の尚次が藩主となることは時間の問題。隼は嫡男の守親が平穏に暮らす道筋だけは作ろうと奔走し、義父の強い願いでもあったそれはどうにか叶うこととなった。
――――敗北か……。
敗北感そのものに、隼はなんの感傷もなかった。だが、なにか引っ掛かった。佳乃が自死したのは間違いがない。遺書も彼女が死を選ぶ理由は分からずとも、佳乃がしたためたものだ。
けれど、このお家騒動のさなかに嫡男派の首領二人が身動きできなくなった。これは偶然なのだろうか。妙な噂と佳乃の様子がおかしかったのも無関係だろうか。
考えれば考えるほど、何かの企みに嵌った気がしてくる。佳乃の死が、自分の責任じゃないと思いたいだけかもしれないが、それでも……。
次男派の首領、今泉家老に阻まれ、隼は前進してもまた引き戻される憂き目にあっていた。こうなったらと尚次殿に直談判して、立ちはだかる壁を取っ払おうとした。あの実直な若者が前田藩の未来を考えないはずはない。だが、その直前に悲報がもたらされたのだ。
――――何かある……。
佳乃の死から十日が経とうする頃、ようやく隼の頭は回るようになっていた。城では既に、隼は腫れものに触るような具合で居場所もない。稽古を付ける相手もいなかった。自分の留守の間に、尚次の名において、別の流派の指南役が任命されていた。
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