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第7章
その4
しおりを挟む周りを前田藩士や今泉が雇った傭兵たちで囲まれていた。そして、その一番前には例の学者風の男、『片山良斎』がいた。大騒ぎの真っただ中でも金糸銀糸の入った着物を纏っていたが、腰には二刀を携えている。隼はゆっくりと穴から這い出てきた。
「それはこっちのセリフだよ。こいつはなにか教えてもらおうか。どうしてこの茶室の地下に、大事そうに入れてあるのか」
要が答えるより前に、隼は三味線を面前に掲げ、片山を睨みつけた。
「貴様は……確か、篠宮隼とかいったか……」
自然と柄に手をかける。その後ろにいた武士たちもそれに倣えとばかりに柄を握った。要も同様に構えをとる。
「賊と同等となれば、斬って捨てるまで。覚悟はいいかな」
「どうかな。私はおまえより、今泉殿の面を拝みたいけどな。この始末をどうされるつもりか」
隼はあくまで挑発の形をとり、まだ柄には手を付けなかった。自分の腹のあたりに、いつでも飛び込めるよう身構える紫音の気配を感じている。見慣れない黒装束だったが、全く隙のないその構えに絶大な信頼感を覚える。
「重いな、この三味線。こんなに重い三味線、初めてだ。なぜか、貴様は知ってるだろ」
「それがどうした。貴殿たちがここで死ねば終わりだ。それから、殿は江戸にはおらぬ。残念だったな」
本当にここにいなくて、常陸にいるのであれば残念だ。だが、おまえたちの罪は免れない。隼が応じるのを待たず、紫音が口を開いた。
「残念はおまえたちのほうだよ。ここで死ぬのは、おまえらだからねっ!」
言い終わると同時に、耳をつんざく笛の音が響き渡った。ついに証拠をつかんだのだ。合図の笛だった。そしてその笛の音は、伝達のように次々と音を繋げる。紫音とともに忍び込んでいた連中が合図をつなげていったのだろう。
「何やってる! さっさと切り捨てろっ」
悪役が叫ぶ決まり文句が吐かれると、藩士達が三人になだれ込んだ。
「ふんっ!」
切りかかる刃を三味線で受ける隼。斬り捨てられた胴から白っぽい粉末が音を立てて流れ落ちた。
「殺せっ! 早く!」
良斎は慌てて部屋から出ようとする。袂で口元を抑えているのを見るに、隠していた粉末がばれたことより、まかれたことに慌てているのは明白だ。
――――やはり、この粉はヤバイ。
隼は要、紫音と目を合わせ、良斎を追うように部屋を出た。当然それを追って藩士、傭兵たちも外へと走る。三人はそれぞれ見事な太刀裁きで前方を切り開き、後方を退ける。そのうち紫音の仲間だろう黒装束の男たちも加わり、あちこちで乱戦が繰り広げられた。
「くそ、良斎はどこだっ」
目当ての背中を探す隼。屋敷はさらに襖や戸を蹴破る音、人の叫び声で騒然とする。向かってくる敵の流れを割き、再び庭園に出たところで目の前が突然明るくなった。
「我らは老中矢代宗右衛門様直下、大目付、坂上政永様の命を受け参上した。前田藩今泉邸にお上に反する動きあり。吟味するゆえ神妙にしろ。抵抗する者は斬るっ!」
光の源はあまたの提灯だった。陣笠に立派な羽織袴を装着した若い男を筆頭に、鉢巻をし、戦装束の家臣たちが一団となって後ろに控えていた。
「ああ、やっと来た」
隣でつぶやいたのは紫音だ。要も隼もさすがにほっと安堵の息を漏らした。だが悪党は往生際が悪いもの。そうと聞いて大人しくしているわけがない。ここでまた乱闘になったのは言うまでもなかった。
「ハヤさん、馬だよ」
敵を打ち払いながら良斎を探す隼に紫音が叫ぶ。
「よし、急ぐぞ!」
良斎は前田藩の人間ではない。藩にも藩士にも未練はないだろう。ここはとっとと梅津藩に逃げ帰るのがああいう連中の性。
二人が馬小屋のある裏に走ると、果たして走り去ろうとする良斎の姿があった。
「行かせるかっ!」
紫音が何かを投げた。それは馬の目前で大きな音を立てて爆ぜた。
――ヒヒーン!――
馬は驚いて前足を上げのけぞり暴れだす。
「うわああっ」
あえなく良斎は落馬した。
「動くな。おまえでは私に勝てない」
咄嗟に刀を抜こうとしたが、眼前に隼の剣先がすっと伸びる。不格好なまま、良斎は手を止め大きく身を崩した。
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